TURN4 幽世歩きの行方

 顔の上半分は髑髏を模した仮面、下半分は漆黒のヴェールでそれぞれ隠し、甲冑の上から血飛沫で汚れた外套を着て、外套と繋がるフードを被って後頭部を覆い、そうして肌色の一切を隠し、エクスキューショナーズソードを杖代わりにして仁王立ちする巨体が印象的な自称天使。それが幽世かくりよ歩き。

 世界最強の暗殺者にして、史上最も多くの種族を虐殺した個人でもある。道行く女性を慰み者にした上で孕み袋にするタイプのゴブリンのコロニーをたった一人で根絶した上でその供給源である緑の月を一刀両断した『ゴブリンスレイヤー』としての逸話に隠れがちだが、素材収集依頼の片手間でインキュバスの王国を滅ぼしたりその過程で拾ったサキュバスたちを従業員にした風俗のオーナーをエイルル帝国でやっていたりと、エイルル帝国第66代皇帝ルルアルケ・ラース・エイルル直属の部下の中でも屈指の問題児と言えば、その強さと性格の難ぶりがよくわかることだろう。

 ルルアルケにスカウトされる前の歴史上で表沙汰になっている大規模な虐殺のうち、大抵単騎でそれらを実行するという悪逆無道の限りを尽くす天使なだけあって、ヴィラン支援機構・ブラックマインド設立当初からヴィランランキングのトップランカーとして君臨している。

 ルルアルケにスカウトされてからは時折虐殺に加担することを除けば敵対勢力の精鋭や要人の暗殺に従事してきた、エイルル帝国の暗部の象徴でもある。

 そんな幽世歩きだが、数年前の旧世代型魔法少女虐殺の際に現在の日本の国家元首である“影の女王”に天使としての権能を奪われて以来、行方不明になっている。全てのヴィランを支援すると豪語するブラックマインドですら足取りを掴めていないという。

 あくまでも表向きには、だが。




 ヴィランランク9位、識別名ライカ・フワというヴィランがいる。ブラックマインド設立当初から存在する古参ヴィランにして、ブラックマインドの創設者でもある。その高いランクは創設者特権と政治的事情によるものが大きく、内部でも僻み妬みが生じている。

 それでも一桁ランカーなだけあって居並ぶヴィランたちが下剋上を狙う度に瀕死になる程度に返り討ちにされる事態が起こる強さは持っていた。

 赤紫のウルフカット、右眉から右頬にかけて走る縦一文字の傷跡を隠せない眼帯に左側頭部のデフォルメされた骸骨のアクセサリー、紫を差し色としたゴシックロリータが特徴の、少女とも少年ともとれる女が現れたら機嫌を損ねないように気をつけろ。命が惜しければ……そんな噂が生じるほど、ライカは強く危険な女だった。

 そんな彼女を見て誰も考えが及ばないだろう、幽世歩きの人間としての姿がライカ・フワだと。

 そもそも本物のライカ・フワは今から200年前に火星へ単独テラフォーミングを果たして以来消息不明の人間種であり、寿命で死んでいて当然の存在。幽世歩きはその名前とかつて彼女が開発した機構……ブラックマインドを拝借しているに過ぎない。創設者権限で色々と弄くり回して今の立場を作り出した、それだけのこと。

 ヒーロー支援機構としてのホワイトマインドを創設し、同じく政治的事情と創設者特権でランク9位に座している本物のライカ・フワの妹にはギリギリ気付かれていないが、いずれ露見するだろうと幽世歩きは予想している。気付かれたとしても精々『姉ではない』ことが関の山だろうから。

 そんなこと今気にしてどうする、と幽世歩きもといライカは思考を修正する。

 関西地方を拠点とするヒーロー四人組を、前述のことをぼんやり考えながら刃渡り三尺三寸の大太刀で切り刻んでしまったので、ヒーローたちの亡骸の切創がガタついてしまった。残念なことにライカは無類の男嫌いなので、この後ネクロマンサーたちが再利用する際に苦労することよりも、ヒーローたちを無惨に殺せる方が重要だった。

 そこへ、ライカの持つ携帯端末からブラックマインドの通信が入った。

『ヴィランランク9位、識別名ライカ・フワ。こちらはヴィラン支援機構・ブラックマインドです。独断で下位ランカーへ斡旋する依頼をこなさないよう要請したはずですが』

「ネガ・ライトの拠点は東京でしょ。まさか関西まで行かせて追加で四人捕まえろって言うのかい?」

『識別名ライカ・フワ。貴方は捕獲対象を殺害しました』

「ヴィランランカーにはネクロマンサー系統のジョブを修めた連中がいるよね? 操縦はその子たちに任せればよくない? まさかアーシルみたいな底の浅いネクロマンサーばかりなわけないよね?」

『貴方が創設者であろうとなかろうと、我々ブラックマインドは全てのヴィランを支援します。その区別は内部の秩序を乱さない範囲で等しいものでなければなりません』

「ならアーシルのせいでブラックマインド内部で心象が悪くなっているネクロマンサーたちのケアをすべきじゃあないかな。僕はそこまで考えていないけど、捕獲対象が死体になっちゃったからには利用した方がいいと思うんだ。ちょっと状態悪いのは、まあごめんね」

 ブラックマインドからの苦言を減らず口で回避するライカに、あくまで支援機構というシステムの管理用人工知能でしかないブラックマインドも『頭痛が痛くなる』という感覚を味わうはめになった。

 ヒーローとはいえ状態の悪い死体を、それも生前のスペックで動かそうとするとなるならばかなり上位の技能を要求される。ブラックマインドの要請で動かせるネクロマンサーたちに酷なことを要求するのだから、ライカには『余計なことをされた』と考えても文句は言われないだろう。仮に今回斬殺されたヒーローたちをライカが生け捕りにしてくれれば、彼らを再教育センター送りにして洗脳のプロセスを踏むだけで済んだのだから、ブラックマインドの立場を知る者からは憐れみや同情を誘えることだろう。

 ブラックマインドは知るよしもないが、目の前にいるのは創設者の名前とランクを名義借りしたトップランカー幽世歩きであり、彼女は飼い主であるルルアルケの手を焼かせているのと同じ温度感でブラックマインドを困らせていた。問題児はどこまで行こうとも問題児なのであった。




 エイルル帝国の首都ラースにある帝城の玉座の間にて、身長140センチという背丈で玉座に座るというサイズ感のちぐはぐなルルアルケが報告を受けていた。

 報告者はライカ・フワ……を名乗る幽世歩き。内容はヴィランランク9位、識別名ライカ・フワとして得たブラックマインドの内部情報である。

 具体的には、近日中に関東地方で活動するヒーロー四名と関西地方で活動するヒーローたちの死体四体を、それぞれの活動地域での無差別攻撃に動員する作戦。これを聞かされてルルアルケは頭を抱えた。

「……そなたの情報が正しければヒーロー八名が二手に別れて民間人を襲撃すると? で、そのために動員する手駒のうち半分をそなたが殺して捕らえたと?」

「そういうことになりますねえ」

 へらへらとした態度でけらけらせせら笑いながらライカが肯定すると、ルルアルケは怒鳴った。

「うぬはさあ! 朕の配下だよなあ!? ブラックマインドの悪業に加担して得た内部情報を事後報告形式で伝達してくるな! ブラックマインドでトップランカーのうぬが“影の女王”に『刻死天使の権能』を奪われて弱体化したからホワイトマインドへの支援に舵取りしたのに、ホワイトマインドへの損害を与え続けて! ヒーロー一人育てるのにいくらかかると思っている? それを四人も殺した! 何だ? 私情か? 私怨か? どれでもいい、生け捕りにすればホワイトマインドで洗脳解除という手筈をとれば済むはずだったのが! うぬは殺した! 未だ数少ない我が国のヒーローたちが恐怖し、臣民は血税をドブに捨てられる! それを理解した上で、生け捕りの選択肢を捨てたのか!?」

「忘れたのかい、陛下。今の僕はライカ・フワの名義を借りた、政治的事情と創設者特権でヴィランランク9位にいるだけの女。幽世歩き……つまり最上位天使系異形種としての力を十全に発揮できない。障子紙を破るよりも容易くできた神殺しすら不可能なのが今の僕だ。生け捕りにするのは殺すよりも難しく、力量が必要なこと。そもそもの力量の無さを身体能力と常時発動型技能で補ってきた僕に、そんなこと要求する方が酷じゃあないかい?」

「できるはずだろうが! 何世紀も生きてきたワイズマンより長生きだと言うなら、それが可能なだけの経験があるはずだろうが! 無理だとは言わせないぞ!」

「ずいぶんと僕に肩入れしてくれますねえ、陛下。でも、今の僕は陛下の嫁に勝てません。生け捕りの類だって陛下の嫁の方が上手くやれる。それが事実なんです」

「ああもう……! フワ・インダストリーズでも飼い犬やり始めたかと思えばあっちこっちで被害を出しおって……! 我が国の郊外にいたネクロマンサーのヴィランだってフワ・インダストリーズの手勢の者だろう!? アレのせいで陸路の物流に支障が出たというのに、放置していたな?」

「ブラックマインドに出撃するな代わりの子を指名しろって言われちゃいましてねえ」

「件のヴィランが残したアンデッドの残骸処理を帝国軍に任せたのもブラックマインドだったな? ふざけているのか?」

「う〜ん……ブラックマインドのシステム管理用人工知能はあくまで僕に今の名義を貸してくれた娘の製作であって、僕が作ったわけじゃあないからなあ……どういう思考しているかまではわからないかな……」

 呪いにより10歳で肉体的成長の止まったルルアルケは、精神的には成熟している方である。だが、たかが10歳の少女が皇帝として国家運営するのは精神的負担があまりにも過大だ。そこに来て方々でトラブルを引き起こす配下の幽世歩きの問題児ぶりが更なる負担をかけ、ルルアルケの癇癪に近い怒りは止まらず加速した。

 それだけのことを、ライカ・フワとして幽世歩きはしでかした。

「いい加減にしろ! 少しでも考える頭があれば思いつくようなことを何故考えようともしない!? うぬはそこまで付和雷同な生き物だったか!? それとも、朕の事情なぞ取るに足らないような信条でもあるのか!?」

 ぜえはあと息を切らせて再三怒鳴るルルアルケを憐れんだライカは、渋々と語り出す。

「ここだけの話だけど……“影の女王”から僕の権能を取り戻すために方々に火を点けて回っているところなんだ。権能さえ取り戻せば、エイルル帝国はヒーローランク1位と2位、ヴィランランク1位が国家の中枢にいることになる。旧世代型魔法少女狩り自体フワ・インダストリーズが正式にエイルル帝国に支社を置くための依頼だったのに、それのせいで僕は“影の女王”に権能を奪われた。現在進行形でそのツケを支払わせているところだから、今は我慢して欲しいかな」

「…………旧世代型魔法少女とはなんだ? フワ・インダストリーズがそなたに狩らせる理由がわからん」

「年端も行かない少女を兵器にする非人道的な魔法的技術の産物だよ。フワ・インダストリーズは初期の魔法少女の問題点を解消した自社開発の新世代型魔法少女システムを普及させるために、世界中で悪役と名高い幽世歩きに旧世代型を狩らせた。その虐殺の過程で“影の女王”に遅れをとってね……」

「権能を奪われた経緯はとっくの昔に聞いたわ。それで? 朕がこれまでのそなたの問題行動に目をつぶれば、我が国はヒーローランカーとヴィランランカーのトップを掌握し、フワ・インダストリーズと表立って正式に提携できるようになるのだな?」

「それはもちろん」

 ライカの口角が三日月めいて歪んだ。それはまるで、悪魔のような笑みだった。

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