第4話 変態、脇の匂いを嗅ぐ

 俺が異世界人と聞いて、考え事をしていた女王様が口を開く。



「我が国、ユベントリー王国で初の異世界人の転移者が現れたか…」


「はい。王国の長い歴史上、一度たりとも転移者が現れたという記録はございません」



 アリアルーナが同意する。


 女王様は険しい顔つきになり俺に問う。



「転移して来た異世界人は特殊な能力を持つ者も少なく無いと聞く。もしやツバサ、あなたも何かしらの特殊な能力を持ち、その能力を使って私の傷を治したのか?」


「はい。俺は特殊なスキルを神様から付与してもらいました。女王様を治したのもスキルの力だという事に間違いありません」


「そうか…ツバサ、大儀であった」


「有難き幸せにございます」



 女王様の言葉を聞き、俺は思わずお礼の言葉を言い、深々と頭を下げてしまった。意識したわけでは無く、女王様の言葉や雰囲気で、自然に平伏してしまったのだ。



(これが一国を納める女王が放つオーラというものか!!)



 俺は自分が持ちえないオーラや威厳というものを目の当たりにして感動した。一方で、普通に生きていては絶対に喋る事も、ましてや触れる事も出来ないであろう女性が目の前にいる事に興奮していた。



「ツバサ、そなたは私の命の恩人…何かお礼をせねばなるまい。何か望みの物は無いのか?」



 女王様は微笑を浮かべ俺に言う。



(お礼か…。異世界に来たばかりで何も分からないからな。本音を言えば、ぜひアリアルーナさんの…)



 俺はアリアルーナに視線を送る。



「女王陛下、ツバサ殿には何でも一つだけ願いを叶えるという約束をしています。その条件で治療魔法をかけてもらいました」


「そうか…私の命を救ったのだ。莫大な報奨金や領地、何でもよいぞ。ふふふっ、何ならこのアリアルーナでもくれてやろうか」



 女王様はそう言って、アリアルーナさんの方を見て『ニヤリッ』と笑った。


 そう言われたアリアルーナさんは一切、表情を変えず



「ツバサ殿が私をお望みなら、喜んでこの身を差し出しましょう。ですが、陛下の命と私の体では全く釣り合いが取れませんが…」



 と言った。


 その瞬間、俺の体に衝撃が走った!!



(本当に、この美しい女騎士さんを俺の女に!!。…いやいや、さすがに恩を体で返せとは…紳士な俺には言えない…。しかし、惜しい…こんなチャンス滅多にない)



 俺の心は、良心と欲望のはざまで揺れ動いていた。



「あの…騎士様。若い女性が冗談でもそのような事を言われては…。俺が本気にしたらどうするのですか」


「構いません。むしろ、莫大な報奨金や領地を渡すよりも、私の体で済むのであれば、国にとっては好都合です」



 そうアリアルーナさんが言い切った。


 そして俺の中で、何かが壊れたような気がした。



(欲しい…絶対に欲しい!!アリアルーナさんの脇の匂い!!)



 もう欲望が止められない。


 

「で、では遠慮なく…。騎士様の脇を頂きたく思います」


『……………』



 意味が分からず固まる二人。


 時間が止まる。



「意味が良く分からぬ。もう一度、申してみよ」



 女王様が眉をひそめて言う。



「はい。騎士様の脇の匂いを頂きたく思います!!」


「な、な、何を言っているのだ!?わ、私の脇の匂いが欲しいだと!?」



 予想外の要求に動揺を隠せないアリアルーナさん。目が泳いでいる。



「…少し待て。それはアリアの体が目的という事と思ってよいのだな」



 女王様が身を乗り出して、まるで『いたずらっ子』の様な顔をして聞き返してきた。何だか興味津々のご様子。



「いえ。騎士様、いえ…アリア様の体には一切触りません。ただ、脇の匂いを嗅がせて頂ければと思います」


「わ、脇の匂いを!?…ふっ、ふふっ、うふふふっ!!これは面白い!!許す。アリアの脇の匂い、心ゆくまで嗅ぐがよい!!」


「じょ、女王陛下!?」


「私の命を救った褒美が、アリアの脇の匂いとは!!ふふふっ、あなたの臭い脇の匂いで良いと言っているのです。ふふふっ、うふふふっ!!面白い、本当に面白い異世界人ですね」



 何気に毒舌な女王様。そして凄く楽しそう。



「うぅぅぅっ…しかし…私は…脇の匂いを嗅がれるなど…考えても無く」



 指を擦り合わせ『ゴニョゴニョ』と言葉にならない言葉を話すアリアルーナさん。


 

(体を許す事と、脇の匂いだけを嗅がれる事、後者の方がマシと思うのだが…。よく分からん)


 さらに女王様は言う。



「ツバサの言い分を聞くという事は、この国の為でもある。間近で見たであろう。ツバサの能力を…。死が目前に迫った私を救った力を」


「は、はい。今でも信じられぬ力でした。しかも、私達が束で戦っても苦戦した猛獣三頭を…計三発で仕留めました」


「そうか…あの猛獣を…。国王として、ツバサと良好な関係を作る事は国益と考えます」



 女王様は一度、目を閉じ考える。


 そして目を見開き言う。



「第一騎士団長のアリアルーナよ。約定に従い、ツバサに脇の匂いを嗅がせなさい!!」



 アリアルーナさんは女王様の言葉を聞くと、片膝をつき頭を下げながら言う。



「女王陛下の仰せのままに」



 そしてアリアルーナさんは俺の方を向き、頭を上げて言う。



「本当に私の脇の匂いで良いなら、私は我慢して脇の匂いをあなたに嗅がせましょう。しかし、私の体では無く、脇の匂いだけを求められるとは…複雑な気分です。ただし、この事はくれぐれも内密にお願いいたします」



 頭を上げたアリアルーナさんは、透き通るような青い瞳で、真っ直ぐ俺を見つめた。とても今から脇の匂いを嗅がれる女性とは思えない…凛とした顔つきであった。



「無論です。他言はしません。アリア様、では…今から」


「い、今から!?」


 

 アリアルーナさんはまさか、今から脇の匂いを嗅がれるとは思ってもみなかった様で、思わず手で脇を押さえる。



「よろしい。私が見届けましょう」



 女王様も興味津々で勧めてくる。



「しかし、戦闘で汗をかき、ムレムレで…。そ、それに、今日はムダ毛処理も…して…無い」


「…クッ…ククッ…」



 女王様は『お笑い番組』でも見ている感覚なのだろうか?笑いを堪えるのに必死の様だ。



「アリア様、俺はあなたの様な美しい女性を見た事が無い。俺は紳士だ。治療の代償としてあなたの体を求める事はしない。ただ、ただ少しだけ、ムレムレの脇の匂いを嗅がせてほしい」 



 俺は素直な感情をアリアルーナさんに伝える。



「し、紳士…くくくっ…紳士って、うふふふっ」



 女王様は笑いを必死で堪えておられる…が、アリアルーナさんはとても複雑な目で俺を見ているのだった。



「アリア様、さあ早く」



 俺がアリアルーナさんを促すと、仕方が無いという顔をして、防具を外し、上着のボタンも外していった。


 そして…さらし姿のアリアルーナさんが恥じらいながら言う。



「早く匂いを嗅いで終わらせなさい」


「…両腕を上にあげて頂かないと」



 俺の注文に目を閉じ応えるアリアルーナさん。両腕を頭の後ろで組み、両脇が露になった。プラチナブロンドの脇毛が申し訳なさそうに『チョロチョロ』と生えている。



「すうぅぅぅぅぅぅ~~~~~!!」



 これ以上は入らないというくらい、鼻から肺に空気を送り込んだ。



「おぉぉぉ~~~!!たまらん!!」



 思わず本音が出てしまった。


 アリアルーナさんは恥ずかしさからか、それとも怒りからなのか、体が小刻みに震えている。


 俺は何度も何度も、繰り返し匂いを堪能する。



「そ、それでどうなのですか?アリアの脇の匂いは」


「陛下!?」



 アリアルーナさんが思わず抗議の声を上げるも、女王様は素知らぬ顔。



「そうですね。少しツーンとした匂いがしますが、臭くはありません。何というか…雌が雄を誘う匂いと言いますか…。その様な匂いがしますね」


「ほほ~う。アリアは嫌そうな顔をして、あなたを誘っているのですか!?」



 アリアルーナさんの顔は真っ赤になってしまった。


 そして…



「もう、いいでしょう!!」



 と言い、腕を下ろし脇を隠してしまった。



(あぁ…残念、無念。しかし、これ以上を要求するのは紳士の俺としては出来ないな。何事も八分目が大切なのだ)



 俺はアリアルーナさんの脇の匂いに未練がありながらも、十分に満足をしたのであった。






【アリアルーナ視点】


(わ、脇の匂いですか!?)



 私はツバサ殿の要求に困惑してしまいました。



(私の体では無く、脇の匂い…脇の匂いだけ…)



 女として喜んでいいのか、悲しんでいいのか…複雑な心境のまま彼の言葉を聞いている。



(でも、私は体臭がほとんど無い。手入れをしてから匂いを嗅がせたら無臭のはず…案外、こんな要求で済むのならお得なのかも…)



 そう思うも、私の目論見はすぐに崩れてしまうのでした。


 ツバサ殿が今すぐに匂いを嗅ぎたいと…。



(えっ!?えぇぇぇ~。ダメ、ダメ、ダメよ!!さっきの戦闘で汗をかいて蒸れているし…。そ、それに、任務が忙しすぎてムダ毛の処理もできていないのよ)



 女性として、この状態の匂いを嗅がれる事は容認できない…が、陛下も興味津々のご様子。本当に意地が悪い。


 仕方が無く戦闘服を脱ぎ、さらしの状態に…。


 そして今…私は『俺は紳士だ』と、訳の分からない事を言っているツバサ殿の前で両腕を上げる。



(ツバサ殿が私好みの美少年であった事だけが、せめてもの救いだわ)



 こんな事を考えながら、私は蒸れた脇の匂いを嗅がれてしまうのでした。

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