矢上・15

 笹木瑞穂は逮捕後、原宿警察署に勾留された。

 原宿警察署は捜査本部が設置されている渋谷警察署に近く、女性専用の留置施設も備えているためである。

 すでに瑞穂は被疑事実を全面的に認めている。笹木圭吾、笹木勇輔、笹木香織、久能早苗の4名の殺害。自宅への放火。オリベと呼ばれた女性の誘拐および監禁。さらに団地の住民に対し、矢上たちを殺害するよう教唆したこと。

 まだ余罪はあると見られているが、その一方、ある一点だけは黙秘を貫いている。

 犯行の動機である。

 なぜ彼女は家族を殺したのか。

 なぜ久能早苗として14年間、生きてきたのか。

 なぜ事件が起きたのかは解明されないまま、勾留期間はまもなく満期を迎えようとしている。


 ◇◆◇


 矢上は、原宿警察署の手洗い場にいた。

 丹念に手を洗ってから、鏡を見る。

 ネクタイ、髪、髭、目のたるみ、服のしわ。少しでも緩んだところがないかとよく目を凝らした。

 まだ手足は痛むが、比較的軽傷で済んだのは幸いだった。ギブスをはめた取調官など格好がつかない。

 これまで取調べを行う際は、いつも妻が身だしなみの確認をしてくれた。

 彼女がアイロンをかけてくれたシャツに身を包むと、どんな被疑者が相手でも勝負できる気がした。

 自分の刑事人生を支えてくれた妻の存在の大きさを改めて実感する。

 息を吐き、気を落ち着けてから、会議室に向かった。

 会議室には、真鶴の姿があった。

「お疲れさまです、真鶴係長」

「お疲れさまです、矢上主任」

 真鶴は顔も上げず、捜査資料に目を通している。いつもよりも身だしなみに隙がない。真鶴も勝負をかけに来ているのだとわかった。

「てっきり、捜査本部にいらっしゃるものだと思ってました。こちらにいて大丈夫なんですか?」

「理由をつけて抜け出しました。渋谷は騒がしいので」

「たしかに。マスコミが連日貼りついていますからね」 

 松濤事件の容疑者逮捕を受け、ニュースやワイドショーでは連日、事件の報道が続いていた。特に笹木瑞穂が潜伏していた団地は、女性の誘拐および監禁に関わったこともあり、被疑者である笹木瑞穂以上の注目を集めている。

 捜査本部には本庁の捜査員も多数詰めており、14年前に匹敵する規模の体制が敷かれているという。副署長の原田がマスコミ対策に追われているとも聞いている。

 笹木瑞穂の取調べには矢上があてられた。笹木瑞穂の逮捕の瞬間に居合わせたことに加え、犯行動機に関わるオリベ童子の捜査を専従的に行っていたためである。

 捜査本部にもオリベ童子の話は共有されている。しかし上層部を含め、ほとんどの捜査員は一種のカルト信仰と捉えているようだ。

 オリベ童子という言葉は、公表はされていないものの、カルトに染まった一家で起きた凶行、という見方でマスコミ報道はほぼ一貫している。

 矢上からすれば、それは的外れな見解である。だが、オリベ童子がなんなのかと問われれば、答えに窮する。

 その答えを知るために、挑んだ取調べでもあった。

 これまでの取り調べでも、それなりの収穫はあった。

 判明した事実として大きかったのは久能早苗と笹木瑞穂がどこで互いの面識を持ったか、という点である。

 瑞穂の自供によれば、犯行を起こす2年前、偶然、久能早苗のSNSのアカウントを見つけたらしい。

 久能早苗はドナーへの手紙に、カタクリの花のイラストを描いていた。この花のイラストをアカウントのアイコンにも用いていたのだ。

 笹木瑞穂はSNSを通じて、久能早苗と交流を重ねた。実際に何度か顔も合わせていたらしい。そして密かに採取した彼女の毛髪から、DNAが入れ替わっていることを知り、今回の犯行を画策したのだという。

 彼女の自供に基づき、捜査を行なった結果、まだ削除されていなかった久能早苗のSNSアカウントが発見された。証言どおり、アイコンにはカタクリの花のイラストが用いられており、瑞穂とメッセージのやりとりを行なう画面も確認された。

 残されたメッセージを見る限り、瑞穂と早苗は仲睦まじい友人として交流していたようだ。

 もうひとつ、ある余罪も判明している。

 峯岸の殺害教唆である。峯岸を殺害しようとした実行犯は、団地に在住する子どもだった。目撃者がいないタイミングを見計らって、歩道橋の階段から突き飛ばしたらしい。こちらも実行犯である少年の自供が取れたことで裏付けられた。

 峯岸の事故は、祟りではなかったのだ。

「先ほど萩原から連絡がありました。峯岸、意識が回復したそうですね」

「ええ。峯岸さんからの証言があれば、笹木瑞穂の余罪をさらに追求できます」

 と、答える真鶴の口調はどこか柔らかい。

 もっと素直に部下の無事を喜べばいいのに、と思いながら、矢上も内心で胸を撫でおろす。仲間の無事は素直に嬉しい。岡崎も入院しているが、回復の経過は良好であり、まもなく退院できる見通しだという。

 ちなみに瑞穂の逮捕の決め手を担っていたのも峯岸だったようだ。

 久能早苗になりすましていた笹木瑞穂の家庭ゴミを回収し、検体からDNAを採取したことで、久能早苗を名乗る人物と殺されたはずの笹木瑞穂のDNAと一致が確認された。これが物証となり、逮捕状を請求することができたらしい。

「保護されたオリベ……あの女性について、係長になにか連絡はきていますか?」

「いえ。容態は安定しないそうで、まだ聴取は難しそうです。発見時、衰弱していたので身体が保つかどうかも」

 団地から保護されたオリベは多摩市の総合病院に搬送された。

 ひどく衰弱しており、話を聞ける状態ではない。そもそも回復できるのかも見通しは立っていないという。

 彼女が何者なのかも、いまだにわからないままだ。

 しかしDNA鑑定により、彼女こそが笹木邸で発見された脛骨の主であることはわかっている。

 両足を切り取られ、笹木邸の地下、そして団地の給水塔に30年以上に渡り、幽閉されていた。

 瑞穂も誘拐と監禁の被疑事実は認めている一方、オリベの正体については黙秘を続けている。

 なぜオリベを監禁したのかも、なぜ家族を殺したのかも、話そうとしない。

「犯行は認めてるんだから、動機なんてどうでもいいじゃないですか」

 取り調べのたびに、瑞穂はそう言って笑ったが、事件捜査において、動機の解明は極めて重大である。

 量刑に関わることもそうだが、なにより事件の全貌を語れるのは犯人しかいないからだ。なぜ事件は起きたのか。答えは犯人しか知らない。

 事件が真の意味で解決するためには、犯人自身の視点、犯人が語る「物語」が必要なのだ。警察の仕事とは極論すれば、犯人の「物語」の裏付けをとること、といってもいい。

 その意味で松濤事件は未だ決着がついてない。

 できれば最後まで粘りたかった。だが勾留期間のタイムリミットは迫っている。

 それに笹木瑞穂を真の意味で理解できるのも、おそらく彼女しかいない。

「時間ですね。行きましょうか」

 真鶴は立ち上がり、会議室を出る。矢上も彼女の背中についていった。

 留置場に行くと、瑞穂は場内のベッドに腰かけていた。貸与されたスウェットを着込み、ろくに化粧もされていない顔をこちらに向けると「あら」と声を出す。

「久しぶりですね、警部さん。今日はあなたが取り調べを?」

「ええ、よろしくお願いします」

 真鶴たちは手錠をかけた瑞穂を連れ、3号取り調べ室に入る。真鶴は取り調べ担当の席に、矢上は隣にある補佐の席に座り、向いに瑞穂が座った。

 デスクを挟んで、真鶴と瑞穂は対峙する。

「だいぶお疲れのようですね。最近はよく眠れていますか?」

「当たり前じゃないですか。逮捕されて堂々としていられるほど、線が太い人間ではないですよ、私」

 瑞穂は自嘲気味に言った。真鶴は「そうですか」と頷きながら、

「オリベ童子のことを夢に見たりもしないんですか?」

 返す言葉で訊ねる。

 一瞬、瑞穂は押し黙ったが、はっと嘲るような笑みを浮かべた。

「なにを訊きたいかはわかっています。でも、話す気はないですよ」

「どうしてですか?」

「意味がないからです。オリベ童子の話なんてしたところで、誰も信じやしないでしょう」

「そうですね」

 真鶴はあっさりと瑞穂の言葉を首肯した。

「世間も、捜査本部も、オリベ童子をカルト信仰だと捉えています。カルトにはまった信者の凶行、という物語で、あなたの犯行を理解しようとしている」

「それでいいんじゃないですか? 間違いではないですし」

 あまり興味がなさそうに瑞穂は答える。

「それとも、オリベ童子なんて妄想話を真剣に訴えれば、精神鑑定に持ち込めて、責任能力の有無とやらで減刑に持ち込んだほうがいいですかね。べつにそれでもいいですよ。そちらが面倒くさいことになるでしょうけど」

「我々は構いません。法的な手続きに従うだけですから」

「その結果、私が無罪放免になったとしても?」

「はい」

 隣でメモを取りながら、この話はどこへ向かうのか、矢上は怪訝な気持ちになる。

 こちらの胸中などお構いなしに、真鶴は「しかし」と続けた。

「あなたがそんな手段を取るとは、私には思えません」

「なぜです?」

「あなたにとってオリベ童子は妄想でもカルトでもない。あなたが歩んだ人生そのもののはずです」

 真鶴は手を組み、瑞穂に真正面から相対する。

「あなたの人生を、なにも知らない他人に好き勝手に語らせたままでいいんですか? あなた自身の苦しみを語らなくていいんですか?」

 瑞穂の口元から笑みが消えた。そのまま真鶴から視線を逸らす。

「……私の話なんて誰も信じないでしょ」

「少なくとも私は信じます。ここにいる矢上警部補も」

 瑞穂からの返事はない。真鶴は「では、勝手に質問をさせてもらいますね」と切り出すと、問いかけを続けた。

「あなたは6歳の頃、交通事故に遭われていますね。意識不明の状態で生死を彷徨っていたが、やがて奇跡の回復を遂げた」

 瑞穂のプロフィールを頭に叩き込んでいるのだろう。メモも見ずに、まっすぐ被疑者の顔を見つめる。

「その頃ではないですか? あなたの父、田中圭吾がオリベと呼ばれる女性を連れ帰ったのは」

 瑞穂の顔に変化はない。

 田中は、笹木家に婿入りする前の圭吾の旧姓である。

 瑞穂が事故に遭った当時、田中圭吾は多摩市にある不動産業会社の支店で従業員として働いていたことが確認されている。

「瑞穂さんの回復を見て、あなたの父はオリベの加護を確信した。そしてあなたが退院してまもなく、笹木香織さんと再婚した。香織さんとは、それまでお会いしたことは?」

「いえ、まったく」

 初めて瑞穂は返事をした。

「退院してすぐ、引き合わされたんです。この人が新しいお母さんだよって」

「どこでお会いしたかは聞きましたか?」

「さあ。大方、どこかのパーティに潜り込んでうまく口説いたんじゃないですか?」

「大変でしたね。向こうには勇輔さんもいらっしゃったし」

「別に。よくあることですから」

「寂しくはなかったんですか?」

「昔のことなので。よく覚えてません」

「その頃からあなたと勇輔さんには、童子の姿が見えていたのですか?」

「……ご想像にお任せします」

「では見えなくなった時期についてはどうです?」

 瑞穂は俯いたまま、押し黙るが、目元には苛立ちが現れつつあった。

「笹木家が『ひだまりの家』の子どもたちを自宅に招き始めたのは、あなたと勇輔さんが思春期の年代になった頃です。その頃には、あなたたちは童子が見えなくなっていた。そうですよね?」

「わかりきってることを訊かないでよ」

 急に瑞穂は吐き捨てるような口調で答えた。

「そうよ。私が初めて生理を経験したら、童子は見えなくなった。勇輔も精通したとたん、童子が見えなくなったって言ってた。それがなに?」

「いえ、オリベ童子のルールを確認したかったのです。それは笹木家で行われていたことの理解にも繋がりますから」

 そこで真鶴は一拍置いてから、

「ここから先は、私の想像です。無理にお答えしなくてもいいです」

 急に瑞穂の顔が青ざめた。固く腕を組んだまま、二の腕を強く掴みだす。

 真鶴がなにを言おうとしているのかはわからない。

 しかし瑞穂の反応に、矢上は既視感を抱いていた。これまで事情聴取で出会ってきた性的暴力の被害者たちと、瑞穂の姿が重なる。

「真鶴係長。私は、しばらく席を外しましょうか。外で待機しても――」

「いい。そこにいて」

 口を挟んだのは、瑞穂だった。

「この女とふたりっきりになるほうが耐えられない」

 瑞穂の目には、はっきりとした敵意が浮かんでいた。真鶴を睨んでいる。矢上が取調べをしていたときには、見せたことのない表情だ。

 矢上は頷き、改めて補佐に徹する。これから不愉快な話が始まる。それは瑞穂の心のもっともやわらかい部分に触れる話だ。

 淡々とした口調で、真鶴は話し始める。

「笹木邸はオリベ童子を中心とした一種の共同体でした。あなた方にとって、オリベ童子が家を支配する権力そのものだった。そして、この権力を維持するには後継者を用意する必要があった」

「……だから、『ひだまりの家』から子どもたちを連れてきた。そう、言いたいんでしょう?」

「いえ、『ひだまりの家』の子どもたちはあくまで保険だったのではないかと思います。笹木圭吾は、外から後継者を連れてこようとは考えなかったはずです」

「どうして?」

「家の人間ではない第三者を信頼できなかったからです。第三者を関わらせたら、オリベ童子を奪われる。それを懸念していたのではないですか?」 

「当たり前でしょ。他人なんて信頼できるわけがない」

「おそらく、笹木圭吾はオリベ自身も信頼していなかったはずです。いつか自分の足で逃亡するのではないかと恐れていた」

 少し間を置いてから、

「だから、あの人の両足も切り落としたのでしょう」

 矢上は顔をあげた。

 気のせいだろうか。先ほど、真鶴の声音に怒りが混ざっていたように思えた。

 真鶴の横顔は変わらない。

 話を続ける。

「とにかく、笹木圭吾にとって、絶対的に信頼できる後継者の確保は急務だった。オリベ童子という権力を維持するには、自分たちにとって都合のいい子どもを用意する必要があった」

「そんな都合のいい子ども、どこから連れてくるの」

 答える瑞穂の口調に焦りがにじむ。さらに真鶴は畳みかけた。

「連れてくるんじゃない。つくるんです」

 余計な感情を挟まず、真鶴は言った。

「あなたは、笹木勇輔さんと子どもをつくるように強要された。生まれたこどもを笹木邸で育て、オリベに仕立てようとした。その生活に耐えきれなかったあなたは、笹木邸を出るため、オリベを連れて――」

「違うっ」

 瑞穂の鋭い叫びが部屋じゅうに響いた。

 頭を抱え、俯いている。爪の先が髪の奥まで食い込んでいた。

「耐えられなかったのは、そんなんじゃない。そんなことじゃないっ」

「では、なんですか?」

 真鶴は問いかけた。

「あなたは、なにが許せなくて、事件を起こしたのですか?」

 しばらく沈黙を続けていた。

 瑞穂は声にならない呻きをあげてから、天を仰いだ。体内に溜まった淀みを排出するかのように、大きく息を吐き出す。

 顔にはしわが浮かび、肌にもたるみが出始めている。年齢が刻まれてるにも関わらず、目の前の瑞穂は幼い娘のように見えた。

 事件を起こしたときから、あるいはそれよりもずっと前から、彼女の時計は止まっていたのかもしれない。

「ただ、やってみたかったのよ。檻のない世界での人生ってやつを」

 時折、瑞穂の口調はつっかえそうになっていた。まるで自分の感情を正しく伝わる言葉を手探りで探しているかのようだ。

「物心ついたときから、私のそばには童子がいた。父もオリベ童子に憑りつかれて、みんな、あの家から出られなくなってた。それでもいいって思ってた。弟にクソみたいなことされても全然平気だった。平気だったの」

「だけど、平気じゃなくなった」

 真鶴は言った。

「久能早苗さんのアカウントを見つけてしまったから」

「……なんでも見透かすじゃん」

 ほんっと気持ち悪い、とこぼしてから、瑞穂はおかしそうに笑った。笑いすぎて、涙をこぼしていた。

「早苗ちゃんはいい子だったよ。ご両親も亡くしたのに、写真家を目指して、自分が撮った写真をブログにあげて。私がメッセージを送ったら、とても喜んでくれた。実際に会ったら、すごく気が合って。いろんな悩みも、聞いたりして、こんなふうに生きられたらって――羨ましくなった」

 すっと瑞穂の顔から表情が消える。

 仮面を剝ぎ落した、虚ろな顔の女がそこにいた。

「だから、久能早苗さんとして生きようとしたんですね」

 真鶴の言葉に、瑞穂は頷こうとしない。

 矢上はずっと引っかかっていた。

 なぜ、笹木瑞穂は久能早苗の戸籍を捨てなかったのか。久能早苗からさらに戸籍を変えていれば、足取りを掴むことは難しかったはずなのに。

 それは瑞穂にとって、できない選択だった。

 久能早苗はただの身代わりではない。久能早苗に成り代わり、檻のない人生を生きることこそが、瑞穂の願いだった。犯行の動機だった。

 しかし、それが果たされたとはとても思えない。

 矢上は、笹木邸に想いを馳せた。団地に想いを馳せた。

 どちらもまったく違う場所なのに、囚人同士が監視し合う檻であるのに変わりはなかった。

 古い檻を捨てたはずの瑞穂は、結局、新しい檻を築くことしかできなかったのだ。

「檻でしか生きられない人間に、自由なんて見つけられるわけなかった。私は最後まで、オリベ童子から逃げることはできなかった」

 そう言ってから、瑞穂は真鶴の顔を見る。

 ふっと笑みをこぼした。

「どうしたんですか?」

「やっぱり、あなた、似ているよ。父が連れてきたときの、あのオリベの顔にそっくり」

 瑞穂はすべてを諦めたように天を仰いだ。

「14年間、ずっとあの団地で静かに暮らしていたのに、急にまわりが騒がしくなった。刑事まで来て、なにが起きてるのか、わからなかったけど、あの給水塔にあなたが来て、理由がわかった。私の檻を終わらせるのは、あなただってことが」

 そう言って、瑞穂は微笑む。

「だから、もう私の話はおしまい。話せることはなにもないよ」

 その宣言どおり、瑞穂はそれ以上、なにを訊ねても黙秘を続けた。

 念のため、もう一日、取り調べを行ってから、供述調書を取るということで、真鶴とも話をし、その日の取り調べは終了となった。

 瑞穂を留置場に送り、真鶴たちは原宿警察署を出ると、原宿の街は夕焼けに包まれいてた。署の玄関を出た直後、矢上の携帯電話に着信がくる。萩原からだった。

 連絡に応じた矢上は息を飲み、真鶴を見る。

 真鶴はこちらに背中を向けていた。

「係長。いま、萩原から連絡があったのですが」

「なんです?」

「オリベが……あの女性が心不全で亡くなられたそうです」

 真鶴は振り返らない。

 しばらく間を置いてから、「そうですか」と返事をした。

「捜査本部に戻りましょう。再逮捕がされれば、笹木瑞穂への取調べはこれからも続くはずです」

 矢上は訊きたいことがあった。

 真鶴とあのオリベの関係である。

 以前、一度だけ噂で聞いたことがある。真鶴紗代子はもともと養子であり、昔起きた事件で親を亡くしていると。

 オリベの若い頃に、真鶴はそっくりだったという。

 もしかすると、あのオリベの正体は――

 結局、矢上はその疑問を胸に秘めることにした。真鶴が語らない以上、今回の事件にはかかわりのないことなのだ。

 了解です、と矢上は返事をし、真鶴と共に捜査本部へ戻った。

 真鶴たちの取調べが終わったその日、笹木瑞穂に誘拐と監禁罪での逮捕状が発行された。これにより、笹木瑞穂の再逮捕は確実と思われたが、結局、再逮捕はなされず、そのまま不起訴処分となった。

 笹木瑞穂が、留置場内で突然死したためである。

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