【22話】ラルフと王宮へ


 パーティー開催の一週間前。

 

 ラルフの家の前に、一台の馬車が停まった。

 

「迎えが来たようだ。行こう、ミレア」

「はい」


 家を出たミレアとラルフは、馬車に乗る。

 

 この馬車の向かう先は、王都にある王宮だ。

 パーティーの日まで、まずはそこで数日過ごすことになっている。

 

 嫌な思い出しかない王都。

 そこに戻るというのは、少しだけ気分が重くなる。

 

(でも、今の私は一人じゃない)


 隣に座るラルフの顔を、じっと見上げる。

 

 彼と一緒なら、どんな場所に行こうと大丈夫だ。

 近くにいるだけで不安な気持ちをかき消してくれる、そんな安心感がある。

 

「ミレア」


 名前を呟いたラルフが、ミレアの手をギュッと握る。

 

 その大きくて温かい手を、ミレアもすぐに握り返した。

 どこまでも優しい温もりが、握った手から体全体に広がっていく。

 

 カタカタと揺れる車内で、手を握り合う二人。

 見つめ合って互いに微笑んだ。

 

******


 三日ほどして王宮に到着した。

 

 馬車を降りると、執事服を着た初老の男性が出迎えてくれた。

 

「ラルフ様、ミレア様、お待ちしておりました」


 ピシッと背をただした男性が、深々と頭を下げる。

 品を感じる、とても丁寧なお辞儀だ。

 

「執事のゼルだ。前に言っただろ? 俺の代わりに仕事をしてくれている執事がいるって。それが彼だ」

「超凄腕の有能執事さんですね!」


 ゼルの方を向いたミレアは、深く頭を下げる。

 

「初めまして。ミレアと申します」

「おぉ、なんと礼儀正しい」


 白い髭をさすったゼルが、ニコリと笑う。

 

「ラルフ様に聞いていた通りの素敵なお方ですね」

「私のことをご存知なのですか?」

「はい。仕事をお手伝いしている関係上、ラルフ様とは頻繁に連絡を交わしていますからね。ラルフ様、あなたのことをいつも楽しそうに報告してくれるんですよ」


 いったいどんなことを報告していたのだろうか。

 考えると、何だか恥ずかしい気持ちになってきた。

 

「その話は今じゃなくていいだろう。早く案内してくれ」


 恥ずかしそうに下を向いたラルフが先を急かす。

 

 ゼルは楽しそうに口元を上げてから、「かしこまりました」と頷いた。

 

 

 ゼルに後に続き、王宮に入っていくミレアとラルフ。

 数々の美術品や絵画が展示されている廊下を歩いていく。

 

(やっぱり王宮ってすごいわね)


 周囲の光景に圧倒されながら歩いていくミレア。

 外から王宮を眺めたことはあっても、中に入ったことは一度もなかった。

 

 エルドール家の内装とは、比べ物にならないくらい豪華だ。

 王家の威光のようなものを実感して、体が緊張してくる。

 

「ラルフ様、国王様より『王宮へ着いたら顔を出すように』と仰せつかっております」

「分かった。すぐに向かう」

「それから、ミレア様もご一緒に、と」


 ミレアの足が急ブレーキをかける。

 国王と面会にすることになるなんて、これっぽちも思ってもいなかった。

 

「どどど、どうして私が!」


 大きく動揺。

 言葉がうまく出てこない。

 

「ミレア様のことを知っているのは、私だけではありません。国王様もご存知なのです」


 身元不詳のミレアをパーティーのパートナーにするにあたり、国王の許可を求めてラルフは直談判しに行ったらしい。

 その際、ミレアの人となりを詳しく話したのだそうだ。

 

「正直申しますと、初め、国王様は良い顔をしていませんでした。ですが、ラルフ様の話を聞いていくうちに表情が和らいだのです。最後には、笑顔で許可をお出しになりました」

「……そんなことがあったのですね」


 初耳だった。

 何回か王都に戻っているという話は聞いていたが、まさか国王に直談判しているとは思わなかった。


「黙っていてすまない。ミレアに余計な気を遣わせたくなかったんだ」

「謝らないで下さい」


 ミレアは首を横に振る。

 

 国王に直談判してくれたこと、そのことを黙っていたこと。

 それらは全て、ミレアのためにしてくれたことだ。

 

 ミレアはそれが、たまらなく嬉しかった。

 

「いきなり父上に会うのは緊張するだろう。ミレアは辞退してくれていい。父上には、俺からうまく伝えておく」

「いえ、大丈夫です。緊張はしますけど、お会いしてみたい気持ちの方が強いですから」


 ラルフのパートナーとしてパーティーに参加できるのは、国王が許可してくれたおかげだ。

 国王に直接会って、ミレアはちゃんとお礼を言いたかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る