【11話】脈打つ心音


 翌日、午後。

 

 ミレアとラルフは、街はずれにある山を訪れていた。

 

「このキノコは食べられるそうです! しかもかなり美味しいらしいですよ!」

「毒々しいを超えて、もはや邪悪な見た目をしているが……不思議なものだな」


 まずはミレアが、食べられるものかどうかをソーヤに貰った本でじっくりと確認。

 問題なければそれをラルフが採り、持ってきた布袋に入れる。

 

 そういう流れで、二人は野草やキノコを採っていく。

 

「お、これは食べられそうだな。どうだミレア?」


 ラルフが発見したのは、傘の広がった白色のキノコだった。

 今まで採ってきたキノコよりも毒々しさはなく、非常にシンプルな見た目をしている。ラルフのもくろみ通り安全そうだ。


「ありました。えーと、なになに……」


 パラパラと本をめくるミレアは、該当ページを発見。

 瞬間、「あ!」と大きな声を上げる。

 

「待ってください! それは毒キノコです!」


”毒を持つキノコ。見た目に騙されてはいけない”


 該当ページには、そんな注意書きが記載されていた。

 

「……む、そうか」


 少し悔しそうにするラルフ。

 毒キノコを見分けられなかったのがショックだったのだろうか。

 

(ラルフ様でも間違えることはあるのね)


 これまで完璧な姿しか見てこなかっただけに、失敗したのが少し意外に思えた。

 

 ラルフには悪いが、知らない一面を知れてミレアは少し嬉しかった。

 思わず顔に出てしまう。


「急にどうした?」

「いえ、なんでもございません!」


 ぶんぶんと手を振って、慌ててごまかす。

 作業に戻りましょう、と声をかけ、この話題を強引に終わらせた。

 

 

 数時間後、持ってきた布袋はパンパンに膨らんでいた。

 袋の中には、たくさんのキノコや野草が入っている。

 

 これだけあれば成果としては十分。

 ソーヤへのお土産もたくさん渡せるだろう。

 

「いっぱい採れましたし、そろそろ帰りましょう」


 下山するため、歩き出そうとした時だった。

 

 地面から生えている木の根に、足を引っかけてしまったミレア。

 体のバランスを崩し、地面へ倒れ込みそうになってしまう。


「ミレア!」


 ラルフの叫びが聞こえる。


 次の瞬間感じたのは、固くて冷たい地面ではなく、柔らくて温かい感触だった。

 

 尋常でない速さでミレアの前方へ動いたラルフが、倒れる前に受け止めてくれたのだ。

 両腕で体を抱きしめられているような体勢になっている。

 

「……あ、ありがとうございます」


 うまく声が出ない。

 驚いているのもあるが、緊張している方が大きい。

 

 ミレアの頭は今、逞しいラルフの胸の中にすっぽりと埋まっている。

 

 ドクン、ドクン、ドクン。

 ラルフの胸へぴったりと着いた耳に、彼の心音が流れてくる。

 

 ドクドクドク!!

 顔を真っ赤にしたミレアの心臓が、うるさいくらいの爆音で脈打つ。

 今にも爆発してしまいそうだ。

 

(ダメ、恥ずかしすぎるわ!)

 

 恥ずかしさで死んでしまいそうになったミレアは、ラルフからバッと体を離す。

 

「ご迷惑をおかけしてすみません!」

「謝る必要はない。それより、怪我はしていないか?」

「はい! この通り、問題なく歩け――ッ!」


 歩いてみせようとしたミレアの足首に、刺すような鋭い痛みが走る。

 木の根に引っかけた時、ひねってしまったみたいだ。

 

「歩くのは難しそうだな」


 ラルフがひょいとミレアを背負う。

 

 突然のことに、ミレアの思考は一瞬停止。

 けれども、すぐに我に返る。

 

「あ、あああの! これはいったい!」

「見ての通りおぶっている。その足で無理に歩けば、怪我がひどくなってしまう。嫌だと言っても絶対に降ろさないぞ」


 有無を言わさない言葉は、いつもより少し厳しいように思える。

 けれどそこには、ラルフの思いやりがいっぱい詰まっていた。

 

 心が落ち着く。

 先ほどまであんなにも動揺していたのが嘘みたいだ。

 

「私、重くないですか?」

「心地いい重さだ。ずっと背負っていたくなる」


 はにかんだ笑みを浮かべるミレア。

 ラルフの背中におでこをつけて、「私もここにずっといたいです」と、聞こえないくらいに小さく呟いた。

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