【12話】ミレアが幸せになるには


 シルクットの街に来て、ラルフの家で働くようになってから一か月。

 相も変わらず充実した幸せな毎日を、ミレアは送っていた。

 

「今日の夕食も非常に美味しそうだ」


 仕事から帰宅したラルフが、テーブルに並べられた夕食を見て嬉しそうな顔をした。

 食事を出す度、彼はいつも褒め言葉を言ってくれる。

 

 作り手のミレアとしては、毎日作り甲斐があるというものだ。

 

「心なしかいつもより量が多いな」

「最近豊作だからということで、ソーヤさんがサービスしてくれたんです」

「そうか、ソーヤさん運が良いのか。実は俺も、ミレアと出会ったあとくらいから、かなりツイていてな。今日なんて、とても希少な鉱石を発見したんだ。君は俺にとっての幸運の女神なのかもしれないな」


 フッと笑ったラルフに、ミレアは瞳を大きく見開いた。

 

「……私のスキルを見破った人はあなたが初めてです。流石はラルフ様ですね」


 周囲にいる人間の運気を大幅に上昇させる。

 ミレアの意識とは関係なく常時発動しており、いっさい魔力は使わない。

 

 それがミレアの持つ、特殊なスキルだ。

 

 いくらでも悪用方法が思いつく、このスキル。

 エルドール家の人間を始め、他人にこのことがバレたら、ロクでもないでもことをさせられる気がした。

 

 だからミレアは、スキルのことを誰にも話してこなかった。


 そのため、エルドール家の人間も元婚約者のリグレルも、スキルのことに最後まで気がつくことはなかった。

 それなのにラルフは、出会って一か月で気がついてしまった。やはり、ずば抜けて優秀な人間だ。

 

 しかし、見破った当の本人は驚いた顔をしていた。

 

「スキルとは何のことだ? 俺はただ、冗談で言っただけだぞ」

「え、冗談だったのですか!?」

 

 普段はまったく冗談を言わないので、つい本気にしてしまった。

 何という早とちりをしてしまったのだろうか。

 

 ごまかそうか、と一瞬考えるも、ミレアは首を横に振る。

 

(他の人には絶対に話したくない。でも、ラルフ様になら……)


 スキルのことを知ったところで、ロクでもないことは絶対にしない。

 ラルフがそういう人間だということを、ミレアは知っている。

 

「今から話すことは、他言無用でお願いします」


 自身の持つスキルについて、ミレアは淡々と話していく。

 秘密の話、第二弾だ。

 

 話のあいだ、ラルフはずっと驚いた表情をしていた。

 

「そんなスキルが実在したとはな……」


 ラルフが驚くのも無理はない。

 

 ミレアのスキルは世にも珍しい、超絶レアスキル。

 これまで前例は、一件たりとも報告されていない。

 

「素晴らしい力を持っているな」

「客観的に見ればそうですよね。でも私、この力に感謝したことは一度だってないんです」


 ミレアの顔が俯く。


 このスキル、運気が上昇するのは周りの人間だけだ。

 そこにミレア自身は含まれない。

 

 ミレアのスキルによってエルドール家の事業は成功し、とても裕福になった。

 しかし家族に虐げられ続けたミレアが、その恩恵を感じることはなかった。

 

 自分のおかえげで周りは幸せになっていくのに、当の自分はいつまでも不幸のまま。

 そんな理不尽な対比に、随分と苦しめられてきた。


「すまない」


 謝罪してきたラルフは、唇を固く結び思いつめた顔をしていた。

 

(話せばそういう反応をするのは、簡単に予想できたのに……。私ったら、なんてことをしてしまったのかしら)


 特に考えのない軽率な発言が、ラルフを傷つけてしまった。

 

「私こそ申し訳ありません」

 

 深く頭を下げるミレア。

 

 二人の謝罪が生んだのは、気まずい沈黙だった。

 重い空気のまま、少しばかりの時間が流れる。


 それを終わらせたのは、ラルフの呟きだった。

 

「しかしそれでは、ミレアが幸せになれないではないか」


 その呟きが、ミレアの心にスッと入ってきた。

 

 スキルのことを話しても、ラルフはラルフだった。

 思った通りだ。

 

 それがどうしようもなく嬉しくて、思わず涙が出そうになってしまう。

 

(ラルフ様と出会って、どれだけ私が救われてきたことか)

 

 だからミレアは、こう返す。

 

「私はもう十分幸せですよ」


 風にかき消されるくらい、小さな声で呟く。

 きっとラルフには聞こえていないだろう。

 

 今はまだ、正面から大きな声で伝える勇気がない。

 でもいつか、ちゃんと伝えられる日が来ればいいと思う。

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