【10話】ラルフは心配性


 シルクットの街にミレアが来てから、数日が経った。

 

 先日、ラルフが街を案内してくれたおかげもあり、街の人とも少しずつ打ち解けられている。

 中でも、露店商のソーヤとは特にそうなっている。今では、食材を買う度に話をする仲になっていた。

 

 ポカポカとした太陽が、まんべんなく路上をを照らす午前中。

 夕食の食材を買いに来たミレアは、ソーヤと話をしていた。

 

「ミレアちゃんは、街はずれにある山へ行ったことはあるかい?」

「いえ、まだありません」

「それなら一度行ってみると良い。美味しいキノコや野草が、いっぱい採れるんだよ」


 それに加え、その山は危ないモンスターの出ない平穏な山だという。

 

 狼に突然襲われるような非常事態は起こらないだろう。


「いいですね!」


 以前森に入った時、自然に触れながらの散策がとても楽しかったのを覚えている。

 湖で狼にさえ出会わなければ、最高の体験だった。

 

 街はずれの山へ行けば、その時と同じように楽しい体験ができるかもしれない。

 

「そうだ、ミレアちゃんにこれをあげるよ」


 ソーヤに一冊の本を手渡される。

 

「これはいったいなんですか?」

「いいから、中を見てごらん」

 

 促されるまま、ペラペラとページをめくる。

 本の中には、野草やキノコの情報がたくさん載っていた。

 

「ごくまれに、毒を持っている危険なものもあるからね。本を見て、しっかり確認するんだよ」

「助かります。でも、私が貰ってしまってもよろしいのですか?」

「あぁ。ミレアちゃんの役に立てるなら私は本望さ」

「ありがとうございます! いっぱい採ってきて、ソーヤさんにもおすそ分けしますね!」


 笑顔でお礼を言うと、ソーヤはうんうんと頷いた。


「本当に良い子だねぇ。ラルフにはもったいないよ」

「もう……そういうことばっかり言うんですから。何度も言いますけど、私とラルフ様の間には何もありませんよ」


 ソーヤはいつもこうして、ラルフとの仲を茶化してくる。

 しかも、ものすごく生き生きと楽しそうにしているのだ。

 

「はいはい、そういうことにしておくよ。おっと、お客さんが大勢来ちまった。悪いけど、今日のお喋りはここまでにさせてもらうよ」

「本、ありがとうございました! またお伺いいたします!」


 ソーヤにペコリと頭を下げ、ミレアは去って行った。

 

 

 その日の夜。

 

 ラルフとの夕食の席で、ミレアが口を開いた。

 

「街はずれにある山を、ラルフ様はご存知でしょうか?」

「確か、キノコと草がいっぱい生えている山だったか。以前にソーヤがそんなことを言っていた気がする」

「実は今日、ソーヤさんからその山の話を聞いたんです。それで、話を聞いていたら、私も行きたくなってしまって……」


 はにかみながらミレアは笑う。


「ですので、明日の午後は山に行こうと思っているんです。必要な家事は午前中の内に必ず終わらせますので、行ってもよろしいでしょうか?」

「いちいち俺に許可を取らなくても良いぞ。ずっと家にいろ、なんていう契約はしていない。それに、ミレアのことは信用しているからな」


 ミレアの顔がパァっと輝く。

 絶大な信用を寄せている人から、『信用している』と言ってもらえるとは思わなかった。

 

「それと、山へは俺も行こう。一人では危ない。また狼にでも遭遇したら大変だ」

「ありがとうございます。ですが、それには及びません。ソーヤさんの話では、危険なモンスターのいない平穏な山みたいですし。だから私一人でも大丈夫です」


(ラルフ様とお出かけしたら楽しいだろうけど……)


 しかし、いつも頼ってばかりではなんだか申し訳ない。

 残念に思いつつも、ミレアは断った。

 

 だが、ラルフは頷かなかった。

 

「過信は禁物だ。もしもの場合がある。ミレアには悪いが、これだけは譲れない」


 力強い言葉には、断固とした意志があった。

 どんなに言ったところで、頑として譲らないだろう。

 

 それが嬉しくて、でもちょっとおかしくて、ミレアは小さく吹き出してしまう。

 

「どうしてそこで笑うんだ」

「申し訳ありません。なんでもありませんから」


 そう言いながら笑い続けるミレアを、ラルフは不思議そうに見ていた。

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