其之拾㭭話 舞美の初恋
毎夜の稽古の成果が出始めた舞美。何度も、何度も何度も気を失いながら、何とか羅神を纏う事が出来るようになったのが一番の成果だろう。
そして『神氣の息』も意識をせず、行えるようになった。しかしここで調子に乗ってしまったら嫗めぐみから『まだまだ未熟で貧弱です……』と再び半殺しの目に合いそうなので冷静に兜の尾を絞めたところだ。
【稽古の成果……その代償】
舞美は、その稽古の成果と引き換えに、大変な事態に陥ってしまっていた。それは毎夜の毎夜の稽古のせいか授業中は、毎時間睡魔との戦いである。教師の声は子守に聞こえ、休み時間は机に伏せて爆睡である。その為、成績が全く思わしくない無くなっていた。それはテストの結果に顕著に表れており、試験の度に成績がジェットコースター並に急降下しているのである。
そしてあまりの成績の悪さに、とうとう母親が大激怒。部活は休部が言い渡され、それと同時に夜の塾通いが始まった。因みに嫗は、成績優秀で常に上位(首位)を保っている。
一人愚痴をこぼす舞美。
「あ〜あ。この私が塾通いだなんて! 信じらんない! オジイ達も羅神もめぐみさんと一緒に邪鬼を探索してるのに、私だけ仲間外れだなんて! あ~あ、やってらんない!」
元は自分の勉強不足が原因なのに、まさに逆ギレ状態であった。
【塾で出会った男の子】
まず塾を探すのに苦労した。家の近くにも塾が何件かあったが、いずれの塾もちょっと舞美の成績で通えるレベル(高い)ではなかった。そしてやっと舞美が通えるレベルの塾が見つかった。そこは舞美の住む街からちょっと遠いところにあって、一番近い駅から三駅目を下車した駅の傍にあった。
塾の時間は学校が終わってからの夕方六時から九時までの月、水、金と隔週日曜日の週四日。母親は土日以外毎日通って欲しかったが舞美が『それだけは勘弁してください!』と泣いて哀願したので最悪の事態は回避できた。
この塾は制服での通学が決まっていて、舞美が通っている高校の校区からちょっと離れているせいか、知らない学校の制服が多く勿論、知り合いは一人もいなかった。
とにかく、次のテストで成績を上げないと毎日、塾通いになってしまうので必死だった。
そして塾に通いだして三日目の金曜日の事である。
始業前、いつもの席につき教科書を見ていると、ふと視界に誰かが入って来た。何気に顔を上げるとそこに立っていたのは、身の丈百七十センチ位、小顔で色白、目が細くサラサラの短髪で、ぱっと見た感じは、結構いけてる爽やかな男子だった。
その男子は舞美と目が合うと、にっこりとほほ笑んで挨拶をしてきた。
「こんにちは」
透き通った優しい声だった。
「あっ、こ、こんにちは」
突然の事だったので慌てた口調で挨拶を返した舞美。ちょっと好感が持てると感じたが、挨拶に続けて口にした台詞が引っかかった。
「ねぇ君、その制服どこの高校? 可愛い制服だね!」
『初対面の女の子にその質問はない!』と思いつつ、ちょっとムカついた。舞美はこう見えて馴れ馴れしい人はちょっと苦手だった。
そしてその男の子は、多分舞美の教科書に書いてあった名前を見たのだろうか
「へぇ東城……東城舞美さんかぁ。僕は神谷涼介です、よろしく!」
勝手に名前を見られて勝手に自己紹介をされた。
「あっああ、と、東城……舞美です。よ、よろしく……お願いします……」
舞美は、警戒心があからさまに分かるほど、目をそらし、よそよそしく挨拶を返した。
その日の会話は挨拶だけで終わったが、次の月曜日の塾の日、駅の改札を出ようとしていると後ろから大きな声で名前を呼ばれた。
「舞美さぁん!」
いきなり大きな声で後ろから名前を呼ばれたので『ビクッ』っと驚いてしまう舞美。ゆっくり振り向くと金曜日に馴れ馴れしく声を掛けてきた男子、名前は神谷涼介が満面の笑顔で手を大きく振りながら舞美の元へ走ってきた。
「ハァハァ……こんにちは! 舞美さんもこの電車だったんだ! 僕もこれに乗ってたんだよ。一番後ろの車両だったから……舞美さんを見かけたんで走って追いかけてきちゃった!」
呼吸を整えながら笑顔で話しかけてくる涼介に、黙っている訳にもいかず舞美が聞き返した。
「へぇ~どの駅から乗ってたんですか?」
と興味なさそうに聞く舞美。
「林原駅! 高校が林原駅のすぐ近くなんだ」
「ふぅぅん…………え、えっ? 林原駅の近くにある高校ってもしかしたら……成城高校⁉」
「そうだよ! よく知ってるねっ!」
「えっえぇぇっ⁉」
舞美は声を出して驚いた。何故なら成城高校とは、県下でも超トップクラスの進学校で、医者や弁護士を志ざす生徒が多く集まる高校だった。
卒業生は殆ど国立の難関大学に進学すると言うぐらいの超エリート校である。舞美は、バスケの試合で何度か成城高校に行った事があった。
舞美にとって、まるで雲の上の存在のような高校の子が何故、私と同じ塾に、しかも同じクラスにいるの? と不思議に思い聞き返した。ちなみに舞美のクラスは六段階あるクラスの、下から三番目のレベルである(あまり良くないクラスと言う事)
「なな、なんで成城に通ってる人が私と同じレベルのクラスにいるのよ⁉」
すると神谷涼介は、屈託のない笑顔でこう答えた。
「僕、大きな声では言えないけど数学がちょっと苦手でね。入学してからずっと八十点位しか取れてないんだハハッ……それで全教科を基礎中の基礎からやり直そうと思って……大きな声では言えないけど入塾試験ではわざと手を抜いたんだ……内緒だよ!」
「ふ〜ん、そうなんだぁ」
そう冷静に返事をしつつも
(は、は、八十点!? 私に当て付けぇ!? 八十点なら全然いいんですけど! しかも私は今、その基礎中の基礎で苦労してるんですけどねっ!)
と舞美は心の中で呟き、動揺を隠した。
「舞美さん、帰る方向が一緒ならさ……そのぉ……あのぉ……一緒に帰りませんか?」
『この人、ちょっと強引……悪気はなさそうだけど……』
「別に、いいですよ」
そう言って軽く返事を返した舞美。
「えっ? 本当に⁈ 一緒に帰ってもいいの⁈ やったぁ!」
感情を抑えず大喜びをする神谷涼介。そしてあまり悪い気はしなかった舞美。断る理由もなかったのでその日から、塾の帰りは舞美が降りる駅まで、一緒に帰る事になった。
塾に通う日、彼が早く駅に着いた日には、改札口付近で舞美を待つようになり、その逆の舞美が涼介を待つ日もあった。
なんにせよ、あんなに憂鬱だった塾が今では『毎日でも行きたい!』そう思えるようになっていた。
それは、涼介に会えるからだろか。とにかくこの塾に通い始めて、舞美の成績も徐々に上がってきたので動機は不純だが舞美にとっては、いい傾向だった。
そして神谷涼介は、とても優しい男の子だった。部活動は、中学校までバスケットボール部に所属していた。舞美も休部をしているが小学校からバスケットボールをやっているので話が合った。しかし涼介は高校になってすぐ、練習中に足を痛めてしまいバスケを諦めざるを得なかった。それとアニメ好きという事でも舞美と話が合った(涼介に魔法少女の趣味はなかったが……)
塾が終わり帰りの電車の中でバスケやアニメの話だけではなく、学校での出来事や自分の友達の事も気兼ねなく話せる、そんな仲になっていった。
そして……舞美の中で……いつの間にか神谷涼介は、自分にとって、特別な存在になっていた。
ある日の学校での事、トイレで鏡を見ながらリップクリームを塗っていると、親友の夏美が後ろからドサッと覆いかぶさってきた。夏美は、鏡越しに舞美を見てニヤニヤしながら問いただした。
「舞美いぃ! なになにぃ?! いい匂いのリップなんて塗っちゃって! 最近ちょっと可愛くなっちゃったんじゃないの⁉ ひょっとして彼氏でもできたかぁ⁉」
夏美のその問いかけに顔を赤らめて俯く舞美。まさか自分が言った事が図星だったと気づいた夏美は驚き更に詳しく話を聞こうとした。
「えっ⁉ 彼氏⁉ まじっ⁉ 出来たの彼氏⁉ ほんとなの⁉ ほんとのほんとに⁉ イヤッホー‼ やったねっ! 舞美! ででででっどんな人なの彼氏⁉」
「ち、違うよ! 彼氏じゃない! ただの友達だよっ! 同じ塾に通っている人……」
顔を赤らめ、俯いたまま答える舞美。
「でも好きなんでしょ?」
「う~ん、好きとか……そんなんじゃない……と思うけどぉ……でも、やっぱり好きなのかなぁ……。自分でもよくわかんないよ……」
「はっきりしなさいよ舞美! 好きなら好きって言っちゃいなよ! それでいいじゃん!」
今まで異性に対してこんな感情を持ったことがなかった舞美。手に持ったリップを見つめながら涼介の事を思った。
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