其之拾漆話 地獄の掛り稽古

「舞美……遅いです……」


『バババッバシッバシッ!』


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 痛ぁぁぁぁぁぁぃぃぃぃ!」


 そう、毎夜行われる嫗との掛り稽古が原因である。普段おっとりしている嫗であったがこの時ばかりは人が変わったように容赦なく舞美を攻め立てて……と言うか痛ぶっていた(これが嫗めぐみの本性かもしれないが)。


「舞美……もう一度……先程の得物を……できるだけ早く纏うのです」


(やばい、このままだと死ぬ、本当に死んじゃう!)


「はいっ! 茨のむ……」

 

「だから……遅いですよ、舞美。『氷華の鞭』……」


 ピシ!ピシッピシ‼ピシッ!ピシピシッピシッ‼ピシッピシッ!ピシッピシピシッ‼ピシ!ピシッピシピシッ‼ピシピシッ!ピシピシッピシピシッ‼ピシピシッ!


 嫗の術でつくられた氷の華から伸びる蔓の鞭が纏の上から容赦なく打ちつける。舞美も必死に鞭で迎え撃つが嫗が操る無数に繰り出される鞭の速さについていけない。


「きゃぁぁぁぁぁぁ! 痛ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいぃぃ!」


「貧弱……貧弱……貧弱……」


 無表情だがまさに舞美を痛ぶって楽しんでいるように見える……いや確実に楽しんでいる。


 次に嫗は『シャン』『シャン』と神楽鈴を打ち鳴らしながら華麗に舞い始めた。


「次、参ります……」『シャン!』


「氷刃舞……」


 右手に持つ神楽鈴を頭上に掲げクルッと手首を一回転させる。すると嫗の周りに冷たい空氣が集まりやがてそれが渦になりその中の水蒸気が氷塊となる。そしてその渦の中で氷塊が互いにぶつかり、粉々に砕け、一つ一つの砕けた欠けらが鋭い氷の刃となった。これは、先日舞美を苦しめた術だ。


「舞美……行きますよ……」


 そう呟き『シャンッ!』と舞美めがけて神楽鈴を振りかざすと同時に無数の氷の刃が舞美めがけて放たれた!


「一度見た技は、私には通用しないぃぃ!」

 

 何処かで聞いた事のある台詞を叫びながら、向かって来る無数の刃にカッと目を見開き、そして咄嗟に手を合わせ何かを唱える。


 すると舞美の纏が一瞬で焔に包まれ、それと同時に合わせた手を素早く前に突き出し目の前に激しく燃え盛る炎の壁を作り出した。氷の刃は、この炎の壁にすべて飲み込まれ一瞬で蒸発した。そして、もうふらふらだった舞美に嫗が語りかけた。


「最後……よかったです舞美……その感覚を忘れないでください……。今日はここまでにしましょう……おやすみなさい……」


 そう言い残しふわっと舞い上がり帰っていった。舞美は力尽きたのか、空中で脱力し落ちていく。それを羅神が背中で受け止め、そのまま帰路に着いた。


(ハードだ……もう体がもたない……。私が死んだら彦一郎責任取ってよね……)


(大丈夫じゃ、死にはせんよ! 千里のやつ死なん程度に手加減しておるからなぁハッハッハッハッ!)


(あれで……手加減? マジですか……)


 どうやら嫗めぐみは、全然本気ではないらしい。そして彦一郎が舞美と嫗との違いを指南した。


(舞美よ、千里との違いは纏う速さと『神氣の息』の使い方じゃ。お主にはまだ無駄な動きが多い。『神氣の息』が無意識にできるようになれば術の出が格段に早くなる。それと防御と攻めを同時に行うのじゃ)


(ワッハッハ! 因みに本気になった嫗の速さは、こんなものではないぞ!)


 と何処か面白そうに話す虎五郎に舞美は怒って言い放つ。


「その情報は要らない! 皆が思っているほど私、器用じゃない!」


 このように毎晩地獄のような稽古が繰り広げられていたのだった。



 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢  



 次の稽古の夜、嫗が掛り稽古の説明を始めた。


「舞美、相手の技をただ受けるだけでは駄目。その技を受け流しつつ自分も技を繰り出すのです。技を受けるだけでは、どうしても隙が生まれてしまいます。そこを攻められてはいけません……」


 先日、彦一郎が語った『防御と攻め』の事である。一通り説明が終わると嫗が『神氣の息』を始め、舞美もそれに続く。


 嫗は月を背に術の言の葉を唱え始める、するといつもより強力な凍てつく吹雪が嫗を包み込み、神楽鈴の音に合わせ何かを形作っていく。そして氷霧の中から現れたのは月の光に妖しく輝く氷で出来た大きな華の蕾。昨日の華の数倍の大きさだった。


「舞美、あなたのよろしくないところ……それは遅い……全てにおいて遅いという事……それと『神氣の息』です……。息が十分ではない為、術が不十分になるのです。それができなければ攻守一体も出来ません。今日も昨日と同じならば…………本当に半殺しにしちゃいますよ……」


 そこで彦一郎が忠告する。


(舞美……どうやら今日の千里は本気らしいぞ。心して掛かれよ!)


「いざ……参ります……」


 嫗はそう言うや神楽鈴を打ち鳴らすと氷の蕾が大きく開き太い茨の触手が八本飛び出し舞美を取り囲んだ。妖しくひかる触手の先端は、竜の頭になっていて口からチロチロと炎が出ていた。


「ち、ちょっと……冗談でしょ……氷の竜? しかも八頭も!」


 氷の竜が首を擡げ舞美を睨む。恐怖で体が動かない舞美にオジイ達が叫ぶ!


(こらぁー! ぼぉーっとするな舞美! 構えんかぁ!)


そう激が飛舞美は『はっ』と我に返った。


「赤纏!」

「火焔の破魔弓!」

「先手必勝!」


 と言いつつ八頭ある竜の頭めがけて一瞬にして八本の火焔の矢を放った! しかし放ったと同時に嫗が忠告をした。


「舞美……この子達に火焔の類は効きませんよ……」


「えぇー! それ早く言ってぇ!」

 

 「見た目に惑わされてはいけません……竜の口から火焔が出ているという事は、見た目は氷でも火の属性を持つ術だと……早くに気づかねば痛い目に合いますよ……」


 竜達は、火焔の矢を大きな口を開けて吞み込み、その返しで、それぞれの口から激しい真っ赤な炎を吐きだした。


 八本の炎は交差し舞美の目の前で一本の巨大な火焔の塊となり舞美を襲った。逃げ場がない状況と思われたが、前回の稽古で繰り出した火焔の壁を作り出しこれを防いだ。


 しかしあまりにも火焔の威力が強く、すべてを防ぎきれず後方へ押し返された。そして防ぎきれなかった炎が舞美の身体に纏わりつき息が出来なくなったばかりか身動きも取れなくなってしまった。


(きゃぁぁぁ! ああ熱い! くくっ苦しいぃ! もうだめぇぇ死んじゃう!)


 舞美の意識が次第に遠のいていく。だが極限状態にまで追い詰められていく舞美の中で、なにかが覚醒する。そして無意識のうちに呼吸を整え精神を集中し『神氣の息』を始めていた。


「青……」「神青……」


 呟くように言の葉を発すると同時に、舞美の体を水の渦が包み込み纏わりついていた炎を一瞬で弾き飛ばした。それと同時に巨大な水の竜を作りだし、嫗を指し示しそれを放った。今の舞美の動き、それはまさに無意識のうちにとった攻守一体の動きだった。


 舞美の突然の覚醒にほんの一瞬、驚いた嫗だったがすぐに冷静さを取り戻し、迫る水竜を迎えうつ嫗。


「いい動きです、舞美……しかし……貧弱です。……爆焔壁……」


 嫗が作り出した竜の中で群を抜いて頭が大きい竜が炎の壁を作り水竜を一瞬で蒸発させた。しかし次の瞬間、蒸発した水煙の中から赤珠を纏った舞美が疾風のごとく現れた!


「焔の剱……」


 舞美は、灼熱の劔で八本の竜の頭を一瞬で切り落とし本体の華をも真っ二つに切り裂き焼き尽くした。焔の剱で切り裂かれた物は、すべて激しい炎に包まれ跡形もなく燃え尽きるのだ。そしてそのまま嫗の懐へ入り剱を振るう舞美!


(いかん! 舞美ぃ!)


 源三郎が警告したがもう剱を止める術を知らない舞美が振り抜く本気の太刀筋が嫗を切り裂いた。そして嫗の体が真っ二つになる!


 だが切ったのは、嫗に似せて作られた氷の人形だった。『はッ……』と我に返る舞美、気づいた時にはもう背後を取られていた。


(後ろじゃ! 舞美!)


 虎五郎の叫び声に反応し後ろを振り返ったが時すでに遅し。

 

「油断しては……いけませんよ……舞美」


 無防備の背後から嫗の強烈な回し蹴りを真面に食らった。その蹴りの威力は凄まじく、逆くの字になってふっ飛ばされる舞美。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 転げまわる舞美をよそに、嫗はすでに神楽鈴を振り上げ術の言の葉を倡えている……冷たい風が嫗の頭上に集まり渦をなす。そして風の渦は、更に大きくなり轟音響く竜巻へと変わる。しかも渦の中には無数の氷塊が紛れている。


「裂氷風……竜」


 嫗が神楽鈴を振りかざすと竜巻が大竜の姿に変化し舞美を睨む。


「舞美……お覚悟……」


 冷淡な眼差しで言い放ち神楽鈴を『シャンッ!』と打ち鳴らし舞美へ指し示す。


 大竜は、大口を開け疾風のごとく襲い掛かり『バクッ』と舞美を飲み込んだ! 竜の中は風の大渦。しかもその風は、体を引き千切られるような極冷の風、さらに無数の尖った氷塊が舞美の体を容赦なく痛めつける。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 三度舞美の悲鳴が響き渡る。そして嫗が舞美に語り掛ける。


「舞美……羅神をお借りします」


 続けて語り掛ける。


「クスクス……舞美、早くそこから出ないと……本当に死んでしまいますよ」


 嫗が珍しく優しい言葉をかけたが激しい風に巻かれている舞美に、嫗の声は聞こえてはいなかった。


「羅神……おいで……」


 嫗の呼びかけに遠くの大岩の上に横になっていた羅神が嫗に向かい飛び立った。嫗はこちらに向かって走ってくる羅神を神楽鈴で指し示し呟いた。


「雷……纏……」


 すると走ってくる羅神が一筋の光となり、神楽鈴と交わった。そしてそのまま神楽鈴を頭上に振りかざすと羅神と交わった神楽鈴は『バリッ……パチパチッ……バリッパチッ……』と火花を散らしながら乾いた音をたてる。


 その神楽鈴を打ち鳴らしながら華麗に舞う嫗、すると鈴の音とともに四方八方に火花が飛び散り上空に雷雲が渦を巻き始めた、そして神楽鈴を勢いよく振り下ろし唱える!


『シャンッ!』


 「神(しん)の鉄鎚」


『バジジジジィィィ! ドオォォォォン!』


 轟音とともに天空から強烈な雷(いかずち)が大竜を直撃する! その衝撃はすざましく巨大で激しく渦巻く風の塊に雷撃が交わった次の瞬間、凄まじい音と共に大竜巻を消し飛ばした!


 そして辺りに静寂な時が流れる。渦中にあった大量の氷塊が一瞬で蒸発したせいか広い範囲で靄か霧のようなものに包まれ視界が悪かった。


「舞美……」


 嫗が呟く、すると靄の中にうっすらと何かが見えてきた。緑色の塊、よく見るとこの緑の正体は、茨の鞭の塊だった。舞美は、体に鞭を何重にも巻いてあの身を切るような冷風と氷の塊から身を守り、雷撃は鞭が避雷針の役割をしていたのである。


「ぷっはぁぁぁ!」


 と茨の鞭を解き放ち中から勢いよく舞美が出てきた。さすがに羅神の強烈な雷(いかずち)の威力をすべて無力化することはできなかったらしくフラフラだった。そして羅神を指さし怒った口調で怒鳴りつけた。


「もう! 羅神の裏切り者! 本当に死ぬかと思ったんだから! 後で月に変わってお仕置きなんだからっ!」


(あの術から……無傷で逃れる事ができるなんて……この子……)


 そう呟く嫗めぐみ。どうやら嫗は舞美を本当に半殺しにする気だったらしい。何故ならこの時、嫗は表には出さなかったが無傷で現れた舞美を見て、内心激しく動揺していた。


「まだまだぁ! はあぁぁぁっ!」


 舞美は、自分に気合を入れ直し赤珠を纏い、灼熱の剱を手にした。嫗も自身の周りに無数の氷剣を作り出し迎え討つ用意をした。


 そこへ


 「やめんか! 馬鹿もん!」


「お、お主達、ちょっと待て!」

 

「今日のところはもう十分じゃ」


「二人とも、やりすぎだ!」


 二人を止めようとするオジイ達の声が錯綜した。


 オジイ達の言葉を聞き嫗は構えを解き、静かに左手を翳し左へ流れるように動かした。すると氷剣がすべて砂のように崩れて消え去った。


 そして右手に持つ神楽鈴を納め一礼をした。


「羅神を召喚するとは……嫗も大人げないぞ」


「それだけ舞美が嫗を本気にさせたと言うことかのぉ……」


「掛り稽古としては、舞美も大したものじゃ。嫗が放った渾身の術を上手く受け流すとは……」


 オジイ達も舞美の成長を驚いていた。そして嫗が舞美に向けて静かに口を開く。


「舞美。羅神を召喚できないのは……貴方が未熟だからです……。精進してください……」


 と言い残し月夜の空に飛び去って行った。


「強くなれないのは……私が未熟だから……かぁ……」


 舞美は、飛び去って行く嫗の後姿を見つめながらそっと……呟いた。

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