其之拾陸話 嫗めぐみの無念

「どこから話せばいいのか……彦様達が、六代目当主様と何処かへ逃れ、行方がわからなくなってすぐの事でございます。


 我等が住む都より遠く東の方角の地に、途方もなく強大で凶悪な力を持った者が何の前触れもなく忽然と現れました。


 現れたのは残虐非道……最悪で凶悪な力を持つ者、その正体は鬼……そして鬼の名は……蛇鬼。


 身の丈は十尺を超え、鋼の様な体に赤黒い肌。二本の大きな角を頭に生やし、蛇のような眼光と耳まで裂けた口。

 

 大木のような腕から繰り出されるその一撃は山をも砕く程の怪力。


 そして蛇鬼は……人も悪しき者も、時には鬼をも見境無しに喰らい、その魂を自らの糧にする極悪非道な者……。


 その蛇鬼が我らの住む都へ攻め入ってきた理由は『五珠の力』を奪う事。


 彦様方が行方知れずになられた後の事、当然我らの都に『五珠』はない。


 しかしこの悪しき者を……このままにしてはおけぬと……私の父君が長となり宮司、僧侶、陰陽師、術師を束ね、鬼を迎え討つ事となりました。


 しかし蛇鬼の力は、我々の想像を遥かに上回る程の脅威でした。


 怪力だけではなく、怪しげで強力な妖術をも使い、しかも頭が切れずる賢い。


 力任せに襲ってくるその辺の鬼とは格が違いました……。


 そして……その圧倒的な惡の力に成す術なく……一人また一人と倒れていきました。そして…………私の父君…………母君も……。


 長亡き後、私が長となり、生き残った宮司方を束ね、立ち向かいました。


 そして長く苦しい闘いの後、邪鬼が油断した一瞬の隙を突き、ついに……彼奴を鬼封じの塚に封印する事ができたのでございます。


 しかし封印する直前、断末魔と共に己の化身を二つ……世に放ちました。一つは舞美……あなたが祓ってくれました」


「私が祓ったって……あの木のお化け、呪木の事?」


「そうです。その呪木の根が吸い取った魂気は、我々が知り得ぬ所、地下深くから、蛇鬼に送られ、その糧となっていたのです。


 そして……もう一つの化身は……どうしても見つけ出す事が出来ませんでした……」

 

 呪木が吸い取った魂氣を糧にし、長い年月をかけ悪しき力を取り戻した邪鬼は、封印を壊し再び現世に……私の目の前に現れたのです。


 復活した蛇鬼は、封じる前の力を完全に取り戻したわけではありません……しかし……私一人の力ではどうする事も出来ませんでした……。


 私を目の前にした蛇鬼は、火焔の息を吐き、辺りを火の海にすると、その火焔に紛れ何処かに消え去っておりました。


 あの強力な結界を破壊する程の恐るべき蛇鬼の力。私がもっと強力な結界を張れば良かったのですが……当時の私の力では……その封じの結界が精一杯だったのです」


 オジイ達は皆で顔を見合わせながら呟いた。

 

「あの若者が言っていた悪しき者の正体はこの蛇鬼の事だったのか……」


 その中で虎五郎が『はっ』と顔を上げ嫗めぐみに問いかけた。


「しかし解せん! 嫗めぐみとは? お主は何故に今ここに生身の身体でいるのだ?」


 その問いに嫗めぐみは俯き、胸に手を当てながら答えた。

 

「嫗めぐみとは現世で生きる仮の姿。この体は、私の物では御座いません。彦様方とは少々事情が違います……現世で体を必要とする嫗家では私、千里の魂を嫗家の娘が代々引き継いでおります」

 

「儂らと同じようにか? それは魂だけという事か? もしかしてそれは禁忌とされ、禁じられた我ら東城家の術、魂珠の術か?」

 

「はい、封印されたとはいえ邪悪で凶悪な蛇鬼が自らの……いや誰ぞやの所業で結界が壊されないとは限りません。

 

 そしてこの戦いを知り得た者が後世にこの事を伝え、この塚を永久に守って行く守り人が必要でした。しかし鬼との戦いで強力な結界を張ることが出来る宮司、術師は、私を残し殆ど倒れてしまい、この私も不老不死ではない……。


 そこで残された私達で、ありとあらゆる手段を用いて、ようやく辺境の土地に隠れ住む東城家6代目当主、東城六左衛門を探し出したのです。事情を聞いた六左衛門は、禁忌でしかも若い女子(おなご)の私にこの術を使う事を躊躇っておりました。


 しかし自分の居所と五人が眠る祠の場所を内密にする事を条件に術を受ける事となりました。それから私達は塚に結界を張りその後、六左衛門の術で魂珠となりて嫗家先祖代々幾百年、この鬼封じの塚を見守ってまいりました。


 でも、結局私が未熟なばかりに……蛇鬼を……皆が命を賭して封じた蛇鬼を……逃がしてしまいました……」


 嫗めぐみは、そう言いながら俯き、か細い声で自分を責める様な言葉を発した。そして顔を上げ今にも涙が零れそうな目で舞美達を見つめながら訴えた。


「彦様方! そして舞美! 蘇った蛇鬼を討つため、私に……私にお力をお貸し願えぬでしょうか?」


 嫗の言葉に、又二郎が舞美に語り掛けた。


「あの若者が言っていたのはこの事だったのか……。東からくる邪悪な者……それは蛇鬼。そして幾百年後とはまさに今。それを打ち祓う『清い力』の持ち主。それこそが舞美、お主の事。お主が蛇鬼を倒す唯一の者かもしれぬ!」


 それを聞いた舞美は嫗に応えた。


「わかった! 嫗さん私も力になる! 羅神もいるし一緒に蛇鬼をやっつけよう!」


「ありがとう……舞美……」


 いままで我慢していたのか自分の役目の説明を伝え終わると嫗は涙を流した。もらい泣きをしている舞美に彦一郎が威勢よく語った。


「舞美! 千里の術は天下一品じゃ! 術も得物も変幻自在、色々教えてもらえ!」

 

「はい! 嫗さんご指導、宜しくお願い致します!」

 

 嫗はにこりと微笑みながら返す。

 

「はい、こちらこそよろしくお願いします。それから……私の事は、めぐみ……と呼んでくださいませ」

 

 と嫗は頬を赤らめて語った。


 何にせよ心強い味方がまた一人加わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る