其之拾伍話 嫗めぐみと彦一郎 

 もう! なによ!何なのよ! 私にもこれがどういう事か教えてよ!」


 舞美は地団駄を踏みながら叫んだ。


 (おおぉ、すまん。この娘はな彦一郎の女房じゃ)


 虎五郎からの応えを聞いた舞美は一瞬考え込み、眼を丸くして聞き返した。


「!? はっ!? 今なんて言った!?」


 (だからぁ嫗は、彦一郎の嫁じゃって)

 

「はぁぁぁ⁉ 私……私彦一郎の奥さんを破邪の矢で射ようとしていたの⁉」


 ド肝を抜かれた舞美。自分が破邪の矢で射ろうとしていた相手が彦一郎の連れ合いという事を知り、恐ろしく思うと同時に、贖罪の念が湧き上がってきた。


「彦一郎さん……本当にごめんなさい……」


(詫びなくてもよい。お主が知り得ぬ事だった故の出来事。それに千里の術は強力じゃ。いつもならばあのぐらいの力技など、どうと言う事はないのじゃが……今回はちと、危なかったかの)


(最初の術で手加減していたからな。千里は少々油断しておったのかもしれん。舞美の力がこれ程のものとは思っていなかったのだろうよ)


(えっ⁈ あれで手加減してたの? 私あの技を防ぐのに精一杯だったんですけど…… しかも羅神に手伝ってもらったし……)


(嫗めぐみ、本当の名は千里、嫗千里之守。地元では代々続く由緒正しき神社の娘でな。


 宮司(みやつかさ)の父と母を持ち、その一人娘の千里もまた宮司となった。しかもその神力は、生まれながらに強く、一説には父をも凌ぐと言われておった。


 儂等、宮司と神守り、民を守り、多くの悪霊と対峙してはこれを祓い、二人幾度となく力を合わせ、多くの困難を乗り越えてきた。


 そうしているうちに儂と千里は互いに心惹かれ合う恋仲になり……やがて自然の成り行きで夫婦となった。


 暫くは、幸せな日々が続いた……しかしそれは、本当に短い間だった……。儂は……儂の命は、五珠の一つとなり、その力尽きるまで神守りの業に就く事を決意した。


 儂は、千里の悲しむ顔を見たくはなかった。だから何も言わずに千里の前から姿を消したのじゃ)


 俯き語る彦一郎、神守りの業を全うできず、追放されたばかりか、宮司や志が同じなはずの神守りからも追われる罪人のようになってしまった。


 追手の中には、嫗めぐみももいたのだろうか? そう思うと彦一郎の無念さは、計り知れないだろうと舞美は、思った。


(そう言えば……纏う前『やっと見つけた』と言ってた。あれは、『五珠』の事ではなく彦一郎の事だったんだ……)


「千里……さんは、悪霊達のように『五珠の力』を奪う事が目的なの?」


(どうだかな、彦一郎、お前女房にも追われておったのか?)


(それは、分からんが千里の父に追われていたのは確かじゃ。千里の父君は、強力な神力の持ち主じゃった。その時は九代目と逃げるだけで精一杯だったから、その中に千里がいたかどうかは定かでない)


 ここで今更ではあるがオジイ達がある事に気が付いた。


 高い霊力を持った宮司といえども不老不死ではない。幾百年前の時代に生きていた千里が何故、今ここにいるのか。


 オジイ達は、議論を交わした。


(やはり此奴は、千里のふりをした悪霊に違いない!)


(しかし先ほどの術は、確かに悪霊を祓う浄い力を感じたぞ)


(己の御魂を召喚し変幻するとは……聞いたことがないのぉ、此奴相当な術師じゃ)


(彦一郎、お主はどう考えている?)


 虎五郎の問いかけに彦一郎は、無言で頷き語った。


(皆が不安に思うのも仕方がない。しかしこの娘は、間違いなく千里じゃ。儂を恨んで化けて出てきたのか……なんとも不憫な……)


 そう言いながら目頭を押さえる彦一郎。


(化けて出できたなんて、そんな事ある訳ないじゃん(笑)な〜に言ってんだかこのお爺さん達!)

 

 舞美が鼻で笑いながらそう思っていると


「そうではございません……彦様……」


 嫗がゆっくりと目を開きながら言った。


「嫗さん! 気が付いたぁ! よかったぁ!」


 舞美は目を開けた嫗めぐみを見て、安堵の声を上げ、起き上がろうとする彼女に駆け寄り、背中を支えた。


「ありがとう舞美……すごいわね『五珠』を、もうあんなに使いこなしてるなんて……予想外でした。私が貴方の力を試す必要はありませんでした。さすが東城家の末裔です……」


 嫗めぐみは、手を貸してくれている舞美の目を見つめ、微笑みながら語りかけた。


 そしてこれまでの事を……語り始めた。

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