其之拾話 この世への未練

 その夜、舞美は不思議な夢を見た。


 どこかの大きな川の河川敷……そして真っすぐに続く土手の一本道……。


 その道の真ん中にパジャマ姿で立っている舞美……。


 夕日が川面に写り、キラキラと輝いてとても綺麗だ。土手下のグランドでは、野球少年達が大きな声を出しながら練習をしている。


 一本道では、下校途中だろうか、自転車に乗った制服姿の学生や、ジョギングをしている人、塾のバックを持った小学生、ネギがはみ出た買い物袋を持った主婦、仕事帰りのOL、様々な人々が往来している。


 そして『きゃっきゃ』と小さな子どもの笑い声に振り返ると、一本道の向こうから親子が歩いてきていた。小さな子どもが犬のリードを持って歩いてくる。舞美はその親子をじっと見つめ、気付いた。


(あれは?……お父さんだ! 一緒に居るのは……私? ここは……なんか見覚えがある綺麗な夕日……そしてこの一本道……。そうだ、思い出した! 私が小さかった頃犬を飼ってたんだ。黒と白色で毛がフサフサした大きな犬。目の周りがパンダみたいに黒色だった犬……。名前は……ラッシ……ラッシーだ! お父さんが昔見ていたテレビに出てた『名犬ラッシー』から名前を付けたって言ってた! そしてここはお父さんとよくラッシーの散歩で通ってた河川敷の一本道。大きな川沿いの土手の一本道。川面に夕日がキラキラと写って、とても綺麗だったなぁ。)


 舞美は思い出した。頭がよくて食いしん坊でいつも舞美達、家族の傍に寄り添っていた愛犬、ラッシーの事を。


 そしてその親子の後ろをついて歩いていると、一本道の向こうからまぶしい光が広がり舞美は、思わず目をつぶる。そして……ゆっくり目を開けると、舞美は、自分の家の玄関の中に立っていた。


 そして眼前の光景は、幼い舞美が、力なく横たわるラッシーに縋り付き、泣きじゃくっていた。舞美の横では、困った表情の父親が舞美の頭を撫でながら慰めている。


『死んじゃイヤだぁぁぁ! ラッシー!』


(私泣いてる……)


 父親が静かに舞美の頭を撫でながら語り掛ける……。


『舞美、可愛そうだけどラッシーは……お星さまになったんだよ……』


 その言葉を聞いた舞美が、泣きながら父親を睨みつけて叫ぶ。


『嘘つきっ! まだお星さまになってないもん! まだあったかいもん! ラッシー起きて起きてよぉ!』


『舞美……』


 (そうだ……あの時……。ラッシーが病気で死んじゃった時……。本当は……本当は、お父さんが一番悲しかったはずなのに……。私が先に大泣きしてしまったんだ……)


 泣きじゃくる幼い舞美の後姿を見つめながら『ラッシ……』と呟いた。そしてゆっくりと目を開いた。


 舞美の目には涙が溢れていた。微睡の中、顔を横に傾けると、傍らに羅神が座り、舞美を見つめていた。


「今の夢……お前が見せてくれたの? 羅神……。お前はラッシーなの? お前の未練は私達を守れなかった事? 私達家族を守れなくなった事? だからここにいてくれた……ずっと私達の傍にいてくれてたの? ごめんね……今まで気付いてあげられなくて……早く気づいてあげられなくて……ごめんね……ラッシ……」


 舞美は、涙を流しながら羅神の頬を撫でた。羅神は舞美の涙をペロッと優しく舐めあげ頭を下げた。そして舞美は、微睡からそのまま再び……深い眠りについた。

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