其之玖話 その名は羅神

「悪氣はないとオジイは言っていたけど……憑(着)いて来るよぉ……困ったなぁ……」


 正体が分からない獣魂に懐かれてしまった舞美は、頭をかきながらそう呟いた。


 舞美が再び、後ろを振り返り、憑いてくる白い獣魂を見ていると前にある電柱の陰から悪霊もどきが現れ、後ろを振り向いている舞美の顔面めがけて突進してきた。舞美は、それに気づくことが出来ない!


「舞美‼」


 突進してくる悪霊もどきに、いち早く気づいた虎五郎が名前を叫んだ! しかし舞美がその声に反応し振り返った時には、悪霊もどきが顔面に当たる寸前だった。


(やばい! 避けらんない!)


 舞美がそう思い目を閉じた瞬間、獣魂がヒュッと舞い上がったかと思うと大きな口を開け、突進してきた悪霊もどきをパクッと横から喰いつき、食べてしまった。


それを見た舞美は驚き、半笑いをしながら言い叫んだ。


「えっええぇっ⁉ 今食べた⁉ 悪霊もどきを……食べた⁉ こんなの食べれるのぉ⁉ オエェ‼」


 舞美が驚いて目を丸くしながら獣魂をよく見ると、その容姿は真っ白い子犬のように変わりつつあった。しかも獣魂は尻尾の様な物が生え、それを振りながら舞美にすり寄り、まさに『頭を撫でて』と言わんばかりだった。


 それを見た又二郎が語る。


「そう、獣魂は自分が主人と認めた者には忠実で、降りかかる災いを祓うと言われておる。舞美、お前を主人と認めたのであろう。懐かれたのであれば傍に置いておくがよい。必ずお前の役に立ってくれる」


 得体のしれないものとはいえ、懐いている獣魂を追い払うわけにもいかず、又二郎がそう言うのならばとその子を連れ帰る事にした舞美。


 そして舞美には、毎日の日課のように最後の試練が待ち受けていた。それは、祓っても祓っても……何度退治しても何故か、毎日この時間になると家の前には常に数匹の悪霊もどきが舞美を待ち伏せている事だった。今日も道角から家の方を覗き見る、すると三匹ほどの悪霊もどきが右へ左へ行ったり来たりしながらふわふわ浮いて、舞美の帰りを待ち撫せていた。


 昨日は一匹だったが集団でちょっかいを出して来られると、さすがに生身だと身が持たない。そして祓うには、いちいち纏わなければならないのでこれがまた面倒くさい。


「くっそぉ毎日々面倒くさいなぁ」


 と言いながちらっと獣魂を見る舞美。そして悪霊もどきの方を指さし、問いかける……。


「お前……あれ……食べる?」


 そう獣魂に尋ねるように問うと、子犬のような姿の獣魂が前かがみになり、尻尾を勢いよく振ったかと思うと、悪霊もどきへ向かって一目散に走り出した。


 そして漂う悪霊もどきが、突っ走って来る獣魂に気付く間もなく『パクッ!パクッ!パクッ!』目にもとまらぬ速さで、あっという間に食べてしまった。


 呆気に取られてしまっていた舞美に、子犬の様な姿の獣魂が駆け寄り、お座りをして尻尾を振っている。よく見ると子犬がさっきよりまた少し大きくなっている。その姿を見た舞美は思った。


(この子は、悪しきものを食べて浄化する事が出来るんだ。しかもそれを自分の栄養にしている……)


 舞美はしゃがんで子獣魂をぎゅっと抱きしめた後、頭とのど元を撫で、そして微笑みかけながら褒め言葉を掛けた。


「お前凄いな、あんなの食べるなんて腹壊さないの⁉ よし私がお前に名前を付けてあげる! そうだなぁ……さっき『悪霊もどき』を虫捕りみたいに捕まえていたからぁぁ……網(あみ)! そして神守りからの神!(しん)……それを合わせて……網神(もうしん)! ん~でも『網』じゃねぇ……カッコよくないなぁ……」


 舞美はスマホで漢字検索を始めた。子獣魂はお座りをしてじっと舞美を見つめている。

 

「もう、もう、他の読み方はぁ……あった! 『ら』だ! じゃあ『らしん』。ら、ら『らしん』の『ら』は、『羅』こっちの方がカッコいい! よし! 羅神! 名前は羅神よ! よろしくね羅神!」


 余程嬉しかったのか、子獣魂改め羅神は、舞美に飛びつき顔をまめ回した。


「よし家に入ろう、おいで羅神!」


 『ガチャッ』


舞美が玄関のドアを開け、羅神と家の中へ入る。


「ただいまぁ!」


「お帰りぃ! 舞美ぃ!」


 台所から母親の声が聞こえてくる。それと同時に少々太り気味の東城家、古株ネコ『チョコ』がドタドタドタと二階から降りてきた。


『ニヤァァァァァ……』


 ドスの効いた低い声を出しながら舞美に近づいてくるチョコ。どうやら舞美の後ろでお座りしている羅神に向かって身を低く構え、耳をたたみ、毛を逆立てて唸り始めた。どうやらチョコには羅神の姿が見えるらしい。


「ウウゥゥゥゥゥゥ……」


 羅神はその声に警戒し後退りをする。チョコの尻尾はアライグマのように大きく膨らみ毛が更に逆立つ。羅神は、チョコに興味があるのか後ろから顔を出し、ゆっくりとチョコに近づいていく……すると


「ウウウウゥゥゥゥゥ! シャァァァァァ! カッカッ! シャァァァァァ!」


 激しい威嚇声と目にもとまらぬ猫パンチが羅神に向けられ放たれた!


 その攻撃にびっくりした羅神は、くるんと小さく白い珠になり、舞美の背後に隠れた。そして母親がチョコの激しい威嚇の声にびっくりして台所から玄関に走り出て来た。


「チョコちゃんどうしたの?! そんな声出して、何かいたの‼」


 舞美もチョコの只ならぬ挙動にびっくりし、荷物を小脇に抱え急ぎ足で二階に上がりながら母親に向かって取り繕った。


「さ、さぁ、なんだろうねぇ……どうしたんだろ、チョコちゃん……ハハハ……」


 そして自分の部屋に入るとカバンをベッドに放り投げ、椅子に『ドカッ』っと座り天井を見上げながら大きく背伸びをする。


「今日も一日疲れたぁぁぁぁぁ!」


 すると何処からともなく白い珠の羅神が子犬の姿になり出てきた。そして部屋の中をクンクンと嗅ぎ回り始めそれを見た舞美が笑いながら注意する。


「こら、羅神! 女の子の部屋を嗅ぎ廻らない、失礼でしょ!(笑)」


 ここで舞美は、ふと気が付く。羅神の体に違和感を感じた。またさっきより体が大きくなっていたのだ。


「お前、またちょっと大きくなってない?」


 助けたときは、子犬の大きさだったのに今、目の前にいるその姿は、子犬の時の三倍ぐらいの大きさになっていた。


 部屋の中を一通り嗅ぎまわった羅神は、ドアの前に座り右足でトントントンと叩いた。どうやら部屋の外に出たい様子だった。


 するとドアのすぐ外から『ニヤァァァァ……』とネコの鳴き声が。どうやらチョコが部屋の外で待ち伏せをしてるようだ。


 その声を聴いた羅神は、ズリズリと後すざりをした後、再び小さく丸い珠になりシュンッと何処かに消えていった。やはり羅神は、ネコが苦手のようだ。

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