其之捌話 彷徨う獣魂

 呪木との戦いから一ヶ月が過ぎた。あの事故で負った怪我もすっかり善くなり、学校にも行けるようになった。


 ようやく普通の生活に戻れた舞美だったが『面倒くさい能力』が身についてしまったおかげで、本当に面倒な事になっていた。


 どういう風に面倒かと言うと……。


「うわっ、ヤバいっ! 今日もいる!」


 舞美が言う『いる』というのは……例えば、ほらそこの電柱の後ろ。普通の人には見えないが……顔中血だらけの中年男性が舞美を見つめ、気味の悪い笑みを浮かべている。


 そのお地蔵さんの横には、体操座りをして、ブツブツ独り言を呟いている顔色の悪い青年が居る。


 オジイ達が『面倒くさい能力』と言っていたのは、普通の人には見えない、この世の方達ではない者が見えるようになってしまった事だった。

 しかも見えるだけではなく、自分達が見える舞美を面白がってついて来たり、曲がり角で脅かしたりするのだった。


 見え始めた最初の頃は、怖くて泣きながら逃げ回っていた舞美だったが、慣れというのは怖いもので、今では何とも思わなくなったばかりか……。


『あっち行けっ!祓うぞ!』


 と脅しのような口調で追い払うようになっていた。


 御魂達もさすがに祓われてはたまらんと、舞美にちょっかいを出す事はなくなった。


 しかしこの御魂達とは別に舞美を悩ませている奴らがいた。

 

 それはそこらに浮遊している『悪霊もどき』だった。


 オジイから教えてもらったが『悪霊もどき』とは、其処らにふわふわ浮いている紫色に燃える人魂のような力の弱い霊魂の事だ。


 こいつ等は舞美が近づいていくと、その強い霊力に引き寄せられるように、ものすごい速さで突っ込んで来る。突っ込んできた悪霊もどきは、舞美に触れた瞬間『パチンッ』とはじけ、泡のように消えてなくなる。


 しかし、その当たった瞬間がものすごく痛いのだ。例えるなら同じ年頃の男子がドッチボールを至近距離から全力で投げ、まともに当った位の衝撃を受ける。だからと言っていちいち纏って祓うのも面倒なので、仕方なく悪霊もどきが浮遊している道は、避けて通ったり、見つかる前に走って逃げるようにしていた。


「はあぁぁぁ……もう逃げ回るの疲れちゃった……あいつ等のせいで家に帰るのにわざわざ遠回りしなくちゃいけないし。いっその事この町ごと赤珠の力で焼き払っちゃおうかな(笑)」


笑いながら冗談で言ったつもりだったが……。


「こら! 舞美!」


 大きな声で東城彦一郎が戒められた。


「ははっごめんなさい、冗談です……」


 舞美が『しまった』と言う感じで俯いて謝る。


「冗談でも言っていい事ではないぞ!」


 多分、彦一郎は本気で怒っていた様子だったが余りにもクドクドしつこく言ってくるので


「はいはいはい、御免なさいねっ!」


 彦一郎に背を向けながら軽く返事を返し『ペロッ』と舌を出した。


 そのような日々が続いていたある日の下校時の事、家まであと少しという所で何かに気付いた舞美。それは、自宅の一本手前の道の曲がり角に差し掛かった時、その曲がり角の隅で白いボールの様な物が、右に左にコロコロ転がっているのが見えた。そしてそれが道角から、舞美のいる方へ勢いよく転がってきた。


「なに、あれ?」


 そう思いながら不思議そうに転がってくるそれをよく見ると、何匹もの悪霊もどきが何匹も固まってボールのように丸くなっていた物だった。

 

 「うわっ気持ち悪い!」


 舞美は、思わずそう叫びながら来た道を引き返そうとした時、転がってくるボールの中から何かうめき声が微かに聞こえてきた、その声が段々近づいてくる。


 (えっ何この声? 猫……いや犬……子犬の声だ! 子犬があのボールの中にいる! 悪霊もどきに食べられてる!)


「緑纏! 浄化の鞭!」

 

 瞬く間に緑珠を纏った舞美は、浄化の鞭で転がりながら近づいてくる悪霊もどきが蠢くボールをしばいた。


「あっちいけ! あっちいけ! シッシッ!」


 悪霊もどきは鞭による浄化の力で祓われ、泡のように消えていった。そして祓った塊の中心には弱々しく白色に輝く球が残った。


「あれ? 犬じゃなかったんだ! よかったぁ……」


 そう思いつつその弱々しく光る球を見た。


「何かの御魂? 弱々しい……今にも消えそうな……」


 舞美は、呟きながらその魂を両手で優しく、包み込むようにして顔の前まで持ち上げた。するとその御魂からは微かに鼓動が感じられるほど弱々しかったがほのかに温かく、何となく生への信念が感じられた。


 そこで舞美は以前、瀕死の御魂を五珠の力で治癒した事を思い出し、その白く光る御魂を両手にのせ、胸の前に差し出し呟いた。


「白珠……彦一郎……お願い……」


 すると五珠の腕輪が光り輝き、弱々しかった御魂の光が『ポポォ』っと輝きを取り戻した。そして舞美の頭上にふわふわっと舞上がり、舞美の頭上で回りながらピョンピョン飛び跳ねて見せた。それはまるで、喜びを表現しているかのようだった。


 そしてその白く輝く御魂を見て、又二郎が語リ始めた。


「ほほう、これは珍しい! こ奴は獣魂じゃ。久しぶりにみたのぉ……」


「獣魂?」


「獣魂、すなわち獣の魂じゃ。獣は、命尽きると御魂は現世に残らず、跡形もなくこの世から消えてしまうのじゃ。しかし、ごく稀に現世に残る事がある。こ奴に悪氣は感じられんからおそらく余程、現世に未練が残っていたのだろう……」


「そっかぁ……お前、この世になにか未練があるのかぁ……」


 舞美はその輝く獣魂を愛おしく見つめながら優しく語り掛けた。


「お前は自由だよ……どこにでも好きな所にお行き……」


 舞美は、そう言いながらその獣魂をゆっくり、空に放った。しかしその獣魂は、一旦は空に舞い上がるものの、すぐに舞美の元に戻り、傍に付き離れようとしなかった。そして舞美が歩き出すとふわふわと漂いながら後を憑いてきた。


「悪氣はないとオジイは言っていたけど……憑(着)いて来るよぉ……困ったなぁ……」


 正体が分からない獣魂に懐かれてしまった舞美は、頭をかきながらそう呟いた。

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