其之漆話 舞美の怒り
そう感じていた瞬間!『ブオォン!』と大きな音を立てながら何かが飛んできた!
「舞美ぃ!!」
オジイの叫び声が聞こえる。しかし舞美は振り向くより先に劔を垂直に立て、身を守る盾にし、はじき返した。
『ガキィィィン!』
金属同士が激しくぶつかり合う音が響く。
「舞美! あれは呪木じゃ!」
「呪木⁉」
聞き返した次の瞬間、再び暗闇の奥から『ブンブンブンブン!!』と風を切る悍ましい大きな音と共に、無数の何かが舞美を目掛けて放たれてきた。
それは、遠く離れた鎮守の守にある呪木本体から伸びている蔦の鞭だった。
無数の鞭が舞美を執拗に攻撃して来る。これでは、呪木本体がある鎮守の守に近づけない。
(どうする!?)
舞美は、激しい攻撃を防ぎながら考える……そして剱を両手で持ち直し称えた。
「深緑の破魔弓!」
剱を細い深緑色の弓に変化させ、背中に矢包を纏った。
舞美の考えは、近付けない呪木を遠方から弓矢で射る事だった。
鞭を交わし、一旦後方へ下がった舞美は、病院の最上階へ舞い降り、そこから呪木の一番太い幹の部分に狙いを定め鋭い一矢を放った。
無数の鞭の間をかいくぐり、矢は真直ぐに幹に向かった!
『シュルルルッッッッ!』
『パンッ!!』
しかし矢は、幹に当たる寸前、乾いた音を立て、何故か粉々に弾けてしまった。
「今当たったよね!!? なんでぇ!? なんで矢が弾けたの!? くっそぉぉぉ…それなら!」
舞美は悔しがりながらも、再度矢を装填し唱える。
「分身乱れ打ちぃぃぃぃ‼」
すると舞美の体がユラユラと揺らぎ始め、弓を構えた舞美が一人、また一人と左右交互に現れた。
そして幾十人にまで増えた舞美の分身が、一斉に呪木目掛けて矢を放った。
『シュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュッ!!』
「いっけぇぇぇぇぇっ‼‼」
当たることを確信した舞美、しかし結果は同じだった。
『パンッパンッパンッパンッパンッパンッパンッパンッ!!』
呪木の幹に当たる寸前、すべての矢が同じように弾かれつつ、砕け散ってしまった。
ここで源三郎が叫ぶ!
「結界じゃ舞美! この呪木は、生意気にも自らの周りに結界を張っている!」
彦一郎も叫ぶ!
「さすれば弓での攻撃は、無意味だ! 懐に潜り込むしか手立てはないぞ!」
舞美は自分の作戦が甘かったことに腹を立て、言葉を荒げた。
「そんなの分かってるわよ!! 黙ってて!」
更に激しく呪木の鞭が、舞美を襲ってくる。
其の攻撃をかわしながら、舞美は、ある事に気付いた。
それは、御霊達の歩き方が皆、片方の足を引きずっていた事だ。
その引きずっている足の、足首を見ると何かが……何かが巻き付いている。
其れは、地面から生え出ている細い木の根だ、それが御魂の足に巻き付いている。
呪木は、離れた場所から自身の木の根を地下を通してここまで生え伸ばし、浮かばれない御魂達を病院に縛りつけ、更にこの根から御魂の魂氣を吸い取り、己の養分にしていたのだった。
御魂達は、成仏することも出来ず、縛られている限りここで魂氣を吸い取られ……そして最後には、苦しみながら魂が枯れ果ててしまうのだった。
「蔦に気をつけなされ! 其れに捕まれば御魂のように力を喰われますぞ!」
衰えることなく何本もの無数の蔦が容赦なく四方八方から攻撃してくる。鎮守の守に近づくどころか避ける事だけで精いっぱいの舞美。
その時、頭の中に虎五郎の荒ぶる声が聞こえてきた!
(舞美、儂を纏え!)
舞美は考える間もなく神氣の息を始め拍を打つ。
「赤纏(せきてん)!」
瞬時に焔の千早を身に纏う!
焔の纏は、疾風の如く惡を焔殺する纏。同時に呪木が放つ蔦の動きが容易く避けられるようになった。
しかし実際は、蔦の動きが遅くなった訳ではなく、舞美自身が赤珠の力により、自らの動ける速度が格段に上がった為であった。
(いける! 蔦の動きがさっきよりも全然見える!)そう思った舞美は蔦を斬り裂きながら呪木の懐に入り込んだ。
そしてついに結界を斬り裂き、劔を幹に突き立てた!!
『バキバキバキッッッ!!』
『ヴッヴオオァ゙ヴォォアワッ!』
呪木が野太い叫び声を上げた!
そして太い幹の部分がバックリと割れ、そこからどす黒い煙のようなものが立ち昇った。その煙が次第に人、いや、獣のように異様で巨大な悪霊に変わっていった。
「呪木の本体が出て来たぞっ、舞美!」
「これが呪木の本当の姿……くっっ!」
邪悪な氣を纏い、辺り一面に醜悪な瘴気を撒き散らす、醜悪な者、呪木。
その姿を目の当たりにした舞美は、心の奥底から怒りの感情を抑える事が出来なかった。わなわなと肩が震え、剱を持つ手に力が入る!
「人の魂を……安らかに眠るはずだった御魂を……縛って苦しい思いを……虐げるなんて……呪木!! 絶対にっ、絶対にっ!! お前を許さない!」
『五珠』が舞美の怒りを増長し、纏全体が神々しい光りを放つ!
「おおおおぉぉりゃあああああっ!!」
気合とともに舞美の劔が、真っ赤な焔に包まれ、一太刀振り上げれば、火焔の中から巨大な竜が現れ、二太刀振り上げれば、その竜が無数の火焔竜になり舞美を守るように取り囲む。
その巨大な舞美の力に、焦りを感じたのか、呪木は、数えきれない程の無数の鞭で四方八方から舞美を一斉に攻撃した。
舞美は、その攻撃に動じる事無く、釼先をゆっくり下ろし一旦下段の構えを取った。
そして再びゆっくりと釼先を頭上高く掲げると火焔の竜が舞美を囲んでいた火焔の竜が激しく焔の渦を巻き始め、一瞬にして呪木の鞭を焼き尽くした。
その直後、舞美は劔を顔の横に構え、雄たけびを上げながら、呪木の一番太い幹の部分に突っ込んでいく!
「火焔竜極斬!! やあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
『グサッ‼ バキッバキッバキッ‼』
鈍い音を立てる呪木! 舞美は、火焔の劔を呪木の懐に突き立てた!
更に幹を抉る様に突き立てる舞美! 劔が幹深く、深く入っていく。
『バキバキバキバキバキバキバキバキッッ!』
「グギヤァァァゴギャアァァァァッ!」
劔を突き立てたと同時に、真っ赤な火焔の竜が呪木に絡みつく! 包まれた呪木の悲鳴が上がる!
さらに追い打ちをかけるように、火焔の竜が逃げ惑うどす黒い悪霊にも絡みつき、燃やし尽くす。
舞美は、一度剱を抜き、止めを刺すがごとく、幹を切りつけた!
「えやあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
『ザバッズバッッッッ!!』
燃えさかる呪木の、一際太い幹の部分が真っ二つになり、一際高く火焔が燃え上がった!
「グギヤッギャヤァァァァァァァァァァァァァ…………」
呪木は更に大きな断末魔をあげながら真っ赤な炎に焼き尽くされ、跡形もなく消えた。
同時に辺りには静寂が訪れた。
空を見つめ、佇む舞美……。
東の空が紫色に染まり始める……夜明けが近い。
すると空を見上げ、佇む舞美の周りに『ポッ、ポッ、ポッ』と蛍のような優しい光が幾つも……幾つも現れ始める、それは舞美の周りを暫く漂った後、ゆっくり空へと昇っていった。
その光の正体は、呪木に囚われていた御魂達の光だった。
皆呪縛から解放され……思い抱く処へ帰ってゆくのだろう。
その昇り行く御魂達から舞美へ向けて……沢山の感謝の言葉が聞こえてきた。
(ありがとう……)
(舞美……ありがとう……)
(舞美さん……ありがとうございました……)
(舞美ねぇちゃん……ありがとう……)
(舞美さん……ありがとう……)
御魂達が、明方の空に昇っていくのを見ていると……何故か涙が溢れて止まらなかった……。
そして空に向かい静かに呟いた……。
「さようなら……御魂達……安らかに……」
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