其之陸話 鎮守の守と囚われし御魂
前回までの『纏物語』……
「まず胸の前で合掌し七拍かけて鼻から息を吸い下丹田に氣を溜める。そして胸の前で素早く拍を打ち『纏(てん)』と称え溜った氣を一気に開放する、上手く「神氣の息」が出来ていればお主に変化が現れる。
「わかった! 合掌して鼻から息を吸って吐く! そして拍、手を叩くのね!」
舞美は、そう言いながら合掌し、目をつむり鼻からゆっくりと息を吸い「神氣の息」を始めた。一見するとなにも変わりがない舞美の姿、しかし舞美の身体から発する氣が徐々に高まっているのがオジイ達には見えていた。まさに神守の血筋 『清い力を持つ乙女』を目の当たりにした五人は驚きお互いの顔を見合わせた。
舞美は頷いて目をつむり合掌して『神氣の息』を始める。そしてゆっくりと手を広げ素早く拍を打つ!
『パンッ!』
そして唱えた!
「青纏(せいてん)!」
すると光と共に緋袴が鮮やかな青い花柄に一瞬で変化し、腰の銅剣は黒光りする弓矢と変化しした。
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どうにか『五珠の力』を纏う事が出来るようになった舞美。しかしまだ悪霊と対峙できる程の力はない。オジイ達は何かを急ぐ様に、昼夜を問わず代わるがわる指導を続けていた。
そして退院を明日に控えた日の早朝の事だった。
「舞美……起きろ。起きるのじゃ」
虎五郎の声に舞美が目を開けると、まだ外は真っ暗で何も見えない、早朝午前四時だった。
舞美がゆっくり起き上がると五人が並んでいた。
「どうしたのこんなに朝早く……」
そう舞美が聞くと虎五郎から話が始まった。
「舞美、時は来た……」
続けて彦一郎が語る。
「舞美……お主と我らが初めて会った日に儂が言ったことを覚えているか?」
舞美は、しばらく考えながら答える。
「えっと……確か『入院している間はこの病室のある五階から出てはならぬ』と言った……その事?」
「そうじゃ、その訳を今話そう。舞美、ちょっとこっちに来い」
そう言うと、窓際に舞美を呼び寄せた。
「ここからちょうど正面に見えるあの木が生い茂っている場所が見えるか……儂らは、あのような場所を『鎮守(ちんじゅ)の杜』と呼んでおる」
鎮守の守とは、本来、神社に付随して境内やその周辺に神殿や参道、拝所を囲むように維持されている森林の事である。しかしその鎮守の守は、街の真ん中にあって鬱蒼と木が茂っているだけで、神社どころか中に入る事さえできないただの木が覆い茂った『森』だった。地元の人達は、この森の事を街中の『榊森』と呼んでいた。
「その森をよく見るのだ」
そう言われた舞美は、暗がりの中、病室から正面に見えるであろう榊森に向けじっと目を凝らした。
「何も見えないんですけど……」
「舞美……この暗闇、人の目で見える訳なかろう……纏うのじゃ」
「早く言ってよ!」(恥ずかしいぃ!)
そう言って顔を赤らめる。
「纏!」
舞美は、はにかみながら、纏の言葉を称えた。
五珠を纏うと暗闇でも周りの状況がよく見える。
そして舞美は、正面に見える森をじっと目を凝らし見つめた。すると鬱蒼と茂る森の中に一際高い木が一本聳えているのが見えた。
「あの森の中にあんなに高い木があったかな?」
そう思っていると又二郎が説明を始めた。
「あの真ん中に一本高い木があるだろ? それは、悪霊が取り憑いたものだ。よく見るのだ舞美、あの大木から異質で只ならぬ邪気が漂っているのがお前の目にも見えるであろう?」
確かにあの大木から放たれる、只ならぬどす黒い氣が辺りを漂っているのが舞美の目にも見えていた。生身であの森に入ればその瘴気により一溜りもないだろう。
「お主が入院しているこの五階に結界を張ったのは、あ奴をここで見張っている儂等と、まだ力の弱いお主が見つからぬ様、気配を隠す為じゃった」
次は、源三郎が語る。
「舞美、先ずはあ奴を祓う!夜が明ける前に片を付けるぞ!」
「はい!」
舞美は意気揚々と返事を返した。
「では、今回は儂を纏っていただこうかのぉ舞美。見事あ奴を討ち取ってみせよ」
そう言いつつ東城孫四郎が歩み出た。舞美は『神氣の息』を始めながら大きく手を広げ、拍を打ち称えた。
『パンッ!!』
「緑纏!(りょくてん)」
舞美がまばゆい光に包まれ、一瞬にして黒い白衣と緑の緋袴を纏った。
そして腰にあった銅剣は、柄が細く鞘が太い劔に変化した。
舞美は窓を開け、病室のある5階から地上にゆっくり舞い降りた。久しぶりに感じる外の空気、顔を上げて大きく深呼吸をする。そして空に輝く星空を眺めながら呟く。
「私……生きてる……」
感慨深くそう思うと涙が溢れ出ようとした。しかし今涙を流すわけには行かない。
『よしっ!』と気合を入れ正面を向くと、いつの間にか、目の前に人が立っていた。 後ろ姿だがパジャマ姿で若い男性というのは分かった。
(いつの間に?……でもこんな朝早く何やってんだろ?)
そう思っているとその青年の首が真後ろに九十度、ぐるっと回りクタッと真横に倒れた。
(えっ?えぇぇぇっっ!?)
真横に倒れたその顔は、血だらけで『カッ!』と目を見開き、こっちを睨んでニヤッと笑った。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
恐怖の雄たけびを上げた舞美! その若者は首を真後ろを向けたままこっちにゆっくり歩み寄ってくる。
「うわわわわっ!? な何!?
なな何なの、何が見えてるの私!?」
よく見渡せば、降り立ったこの場所から見える駐車場やエントランスに同じような人、多分人だった者が沢山蠢いている。
ここで舞美は、源三郎から言われたことを思い出した。
〈今回の事故でおぬしの体はちょっと面倒くさいことになっている〉
(オジイが言っていたのは、この事かぁぁぁ……私が成仏できない御魂が見えるようになったって事?)
そう思いつつ近づいてくる血だらけの青年に慄き、後退りしていると頭の中に声が聞こえてきた。
(舞美、驚いたか?)
「驚いたどころじゃないわよ! なにこれ? ちょっとこれ怖すぎるんですけどっ!」
(なぁに心配ない、これは魔物ではない。ちよっと訳ありのただの縛られた御魂じゃ)
「訳ありの? 縛られた? 可哀想だけど……余りお会いしたくはないから、どうにかしてほしいぃ……」
泣きべそをかきながら懇願すると白珠の力を持つ彦一郎が語り掛けてきた。
(承知した、さすればその者に右手で触れてみよ……)
(この血だらけでこっちを睨みつけている青年に触るぅ? 逆に祟られるんじゃないの?)
そう思いつつ、勇気を出して近づいてくる血だらけの青年の肩に顔を背けながら触れた。
すると舞美の右手の腕輪が白く光り、その光が青年の体を包み込んだ。光に包み込まれた青年の青白く血だらけだった顔は、見る見る綺麗になり、虚ろだった表情が穏やかに変わっていった。
青年は空を見上げ目をつむり何かを呟き、つま先から少しづつ光の泡になり空に昇りながら消えていった。
そしてその青年に触れた瞬間、舞美の頭の中に青年の記憶がまるで映画のように流れ込んできた。
それは、青年の目線で流れる生前の記憶だった。
『手に紙袋を持っている……中身は……沢山の赤ちゃんの服とガラガラおもちゃ』
『横断歩道……信号は青に変わる……渡った先の向こう側に病院が見える、レディースクリニック? 奥さんが入院している病院だ』
『早足になる』
『ドン!』
大きな音とともに目の前が一瞬真っ暗になる。その暗闇の中から声が聞こえてくる、とても悲しそうな声だった。
(帰りたい……会いたい……家に……帰れない…………病院……縛られている……悪霊に……)
サアァァァァァァ……っと我に返る。舞美は、すべてを悟った。
青年は、交通事故でひき逃げにあい、瀕死の重傷を負い手当の甲斐なく亡くなった青年の御魂だった。
赤ん坊が生まれたばかりでせめて家に帰り、赤ん坊と妻の顔を見て逝きたいと願っていたのに、悪霊に囚われ魂を汚されていたのだった。
そして緑珠の力を纏った舞美の眼には、何人もの成仏できない、囚われし御魂が見えていた。
(十二……十八……二十五……四十三……数えきれないくらいの御魂だ)
舞美は怒りで体が燃えるように熱くなるのを感じた。
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後書き
つばき春花です。其之陸話、お読みいただきありがとうございます。話の内容が一人よがりにならないように又、読者様に楽しんでいただけるような作品になるよう心がけています。今後とも
『纏物語』をよろしくお願いします。
次回予告 『其之漆話 舞美の怒り』
「舞美! あれは呪木じゃ!」
「呪木⁉」
そう言われた次の瞬間、再び暗闇の奥から『ブンブンブンブン!!!』と風を切る悍ましい大きな音と共に無数の何かが舞美目掛けて飛ばされてきた。
無数の飛んできている物、纏っている舞美には暗闇でもはっきり見えていた。それは、遠く離れた鎮守の守にある大木から伸びる枝の鞭だった。遠く離れた場所から無数の鞭が舞美を執拗に攻撃して来る。これでは悪霊本体がある鎮守の守に近づけない。
「結界じゃ舞美! この呪木は生意気にも結界を張ることが出来るようじゃ!」
彦一郎も叫ぶ!
「さすれば遠方からの攻撃は無理だ! 懐に潜り込むし手立てはないぞ!」
舞美は自分の作戦が甘かったことに腹を立て言葉を荒げた。
「くっそぉぉぉぉ‼‼」
「亡くなった人の魂を……亡くなってまで苦しく悲しい思いを……させるなんて呪木!絶対にお前を許せない!」
舞美の怒りが『五珠の力』に増長され纏全体がまばゆい光りを放つ!
「おおおおぉぉぉぉ!」
ご一読よろしくお願い致します。
つばき春花
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