其之参話 古の神守 東城家
前回までの『纏物語』は……。
舞美は、そう思いながらゆっくり目を開けた。するといきなり目の前に白い壁が迫り、舞美は驚いて慌てて体を捻った。その白い壁はその部屋の天井だった。そこでやっと自分の体がふわふわと宙に浮いている事に気が付いた。
「わっわ私、浮いてる?!」
そして下を向いた先には、沢山の機械に囲まれ頭を包帯でグルグル巻きにされベッドで横たわっている自分とその横で泣き崩れる母親の姿があった。
舞美は母親の隣にゆっくりと降り立ち、母の両肩に手を添え弱々しく震える背中に頬をあて呟いた。
「悪くない……お母さんは悪くないよ……。そんなに自分を責めないで……お母さん……」
自分は死んでしまう、家族を悲しませてしまう。でも、自分ではどうする事もできない。声を出して泣いても、語りかけても返事は帰ってこない。舞美の声が届く事はない……。
「お母さん泣かないで……みんな……みんな泣かないでよ……」
お父さん、そして弟も泣いている。
「じゃあ……私……いくね……。さようなら……お母さん……お父さん……恭ちゃん……」
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オジイ達は舞美の前に一列に並びその中の一人、東城虎五郎が前方へ出で立ち話し始めた。
「まずお主にこのような目に合わせてしまい申し訳ないと詫びなければならぬ。しかしどうしても儂らは、お主と……舞美と話をしなければならなかったのじゃ……」
オジイ達は虎五郎に合わせて頭を下げ、詫びの姿勢をとった。そしてしばらくの沈黙の後、頭を上げ話の続きを始めた。
「舞美、お主は聞いた事がないじゃろうが……儂ら東城家は今から遥か昔の事。神の座する処を祓い清めることを生業にする者、それすなわち神守として代々神に仕える者であった。儂らは神が御座す処を清めるばかりではなく日ノ本の民に降りかかる様々な災いを祓い、そして時には民に襲い来る悪霊をも祓い清めた。
しかしある時対峙した悪霊の凄まじい力に幾人かの神守が討ち倒されてしまった。それを鑑みた三代目当主、東城右近は自らの魂を守護の珠に変える術『御魂の術』を編み出した。この術により得た珠を身に着けることによりそれを纏った者は悪を討ち払う強力な力を身に着ける事が出来たのじゃ。そしてそれはここにいる儂等五人の代まで続きそれは『五珠の力』として東条家に代々受け継がれていくようになったのじゃ。
だがそれから行く時を経て『五珠の力』を得て強力な祓い清める力を授かった我ら東条家の事を芳しく思わぬ者達が現れ始めた。そしてその当時の東条家九代目当主、東城勘九郎に多くの宮司(みやづかさ)や呪術師、他の神守達が『五珠の力の封印を』と異議を申し立てた。勘九郎は神の御処を守って行く事や対峙する度に増してゆく悪霊から日ノ本の国や多くの民を守り行く為にこの力は必要だと皆に説いた。
そしてある時、事が起こった。『今宵凶悪な悪霊が北西の村々を襲う』と陰陽師から告げられ我らと九代目は北西へと向かった。しかしその村には悪霊は現れなかった。そうしていると北東から吹く風に乗って何かが焼ける臭いに混じって血の匂いもする。儂等は急ぎ北東へ飛んだ。その時悪霊は予言とは違う方角、北東の村に現れておったのじゃ。我らがその事に気づき、急いで北東へ向かったのだが向い舞い降りた時にはすでに遅く、多くの村人が犠牲となってしまった後じゃった。祓うべき悪霊の出現を見定めることが出来ず取り逃がしたばかりか、そのせいで村人が何人も犠牲にしたと東城勘九郎は酷く咎められ、挙げ句に『御魂の術』は禁忌とされ東城家は神守の生業を追放されてしまった。
東城家が神守を追放された、これすなわち神に仕える者ではなくなったという事。それを知った宮司(みやづかさ)、陰陽師や寺坊主、術師、呪い師までもが九代目が持つ儂等『五珠の力』を我物にしようと執拗に九代目に襲って来た。迎え撃とうにも相手はかつての同志達。討ち払うわけにもいかずただ逃げるだけ。だが悪霊どもは時と場所を選らばず、あらゆる手段を用いて襲って来るので相当手を焼いた。儂等がこの力を使うには依り代が必要じゃ。その依り代の九代目は、所詮生身の人。昼夜を問わず襲い来る悪霊と多勢で向かってくる術者達に遂には力尽き、儂ら五珠は宮司共の手に堕ち、封じの壺に囚われてしまった。しかしその後、一瞬の隙を突いた九代目は宮司らをたばかり、捕らわれた儂ら五人が封じられた壺を壊し五珠を取り返すことが出来た。
九代目は取り返した儂等五珠に自ら作り出した封じの呪いをかけた。そうして儂等の神氣を呪師や陰陽師に悟られず逃げ果せる事が出来たのじゃ。そして長い旅の後にたどり着いたのがここ榊の村、現世の榊市じゃった。深い山々に囲まれたこの地に九代目は強力な神隠しの結界を張り、我等はそこで安らかな眠りについておった。
そしてどのくらいの年月が経ったであろうか。ある時、眠っていた儂らの封印が何者かに易々と解かれ、何処からか現れた若者が儂ら『五珠の力』を纏ったのじゃ。そしてその若者は言った。
『すまぬ、五珠の主たちよ。この力しばし私に貸してはくれまいか……』
儂等を纏った若者の前に現れたのはどす黒い巨大な体、醜い顔には鋭い牙。頭には一本の角を生やし口から瘴氣を吐き散らす醜い鬼。そう、そ奴は古より我ら神に仕える者達が長い年月に渡り対峙し、幾度となく祓って来た憎っくき鬼じゃった。その邪悪な術と力は凄まじく宮司達も彼奴らには手を焼いていた。この鬼は儂らの『五珠の力』を我が物にしようと何処からかこの地に来たのであろう。
しかし儂等を纏った若者はその邪悪な鬼の術を軽々と跳ね返し怪力をも物ともせず、全ての技を軽く退け、強力な術を纏い、蒼く輝く剱でいとも簡単に祓ってしまった。そして戦いが終わり纏いを解いたその若者が儂らに語ったのじゃ。
『勇敢な五珠の御魂達。聞かれよ、今から幾年か先、遠く東の方角から恐ろしく強大で凶悪な力を持った悪しき者が日ノ本の國を我が物にせんとするが如く現れる。しかしそれは神に仕える宮司達によって打ち倒されるであろう。そして、それから更に幾百年後。彼奴は兇悪な力を得て再び復活するであろう。五珠の御魂達よ、その者が甦る前に何れ東城家に生まれ出づ『清い力』を持った乙女に『五珠の力』を授けるのだ。『清い力』を持ったその者であれば、その悪しき者を打ち祓う事が出来るかもしれぬ』
そう言い残すと儂等の結界をいとも簡単に張り直し何処かに消えていった。
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つばき春花です。『纏物語』沢山の方にお読みいただきましてありがとうございます。話が長かったり短かったりと決して手を抜いてる訳ではありませんが……ごめんなさい。皆様に読みやすく、解りやすくお届け出来るよう努力してまいります!
次回予告 『其之肆話 『五珠の力』の表と裏(善と惡)』
舞美が不思議そうに問いかける。
「表と裏? 良い人と悪い人とかそういう感じ?」
「その通り。儂らが持つ『五珠の力』は『表』即ち『善』。そしてその『裏』、即ち『惡』がある。表と裏が表裏一体と言われるように、善と悪も同じく表裏一体なのじゃ。そして彼奴等が欲しがっているのはこの『惡』の力じゃ。しかし『清い力』を持つ者でも怒りに任せて『五珠の力』を使うと『善』の力が消え、変わりに『惡の力』が己を支配してまう。『惡』が芽生えてしまうと己自身で日ノ本を滅ぼしてしまうかもしれん。それほど恐ろしい力を秘めておる」
オジイ達が放った光の珠が舞美の手のひらに集りひとつとなった。そしてその光が柔らかく広がり舞美を包み込んだ。その光に包まれながら舞美の意識が次第に遠のいていく。
遠くから微かに誰かの声が聞こえてくる。
「舞美!…………舞美ぃぃ‼」
母親が自分の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。ゆっくり目を開け顔を右へ向ける。そこには、泣きじゃくっている母の姿があった。
「お母さん……お父さん……きょうちゃん……」
意識を取り戻した舞美を見て泣きじゃくっていたお母さんがさらに泣き叫んだ。
「舞美ぃ?! 舞美が……舞美が目を……よかったぁ……よかったぁぁぁ舞美ぃぃぃ!」
お父さんが看護師さんを大きな声で呼んでいる。
(私、生きてるの? オジイ達は? さっきの事は……夢……?)
ご一読よろしくお願い致します。
つばき春花
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