第6話 鎮守の守と囚われし御霊

 その日から退院の日まで五人のオジイ達から代わるがわる昼夜を問わず指導を受ける事となった舞美。


「舞美、起きろ。起きるのじゃ」

舞美がその声に目を開けるとまだ外は真っ暗で何も見えない時間だった。起き上がると五人のオジイ達が並んでいた。

そして虎五郎から話が始まった。


「舞美、時は来た」


「お主と我らが初めて会った日に、儂が言ったことを覚えているか?」

舞美は、しばらく考える。


「えっと確か、この病室のある五階から出るなと言った事?」


「そうじゃ、その訳を今話そう。この部屋からちょうど正面に見えるあの鎮守の杜をよく見るのだ舞美」


 鎮守の守とは、本来、神社に付随して境内やその周辺に、神殿や参道、拝所を囲むように維持されている森林の事である。しかしこの鎮守の守は、ただ鬱蒼と木が茂っているだけで神社どころか中に入る事さえできないただの『森』であった。

地元の人達は、この森の事を街なかの『榊森』と呼んでいた。


そして舞美は暗がりの中、正面に見えるであろう榊森に向けてじっと目を凝らした。


「何も見えないんですけど……」


「舞美……この暗闇、人の目で見える訳なかろう……纏うのじゃ」


「早く言ってよ!」(恥ずかしいぃ!) 「纏!」

舞美は、はにかみながら纏の言葉を唱える。


纏った姿になると暗闇でも外の景色がはっきりと見て取れた。そして正面に見える森をじっと見つめた。すると鬱蒼と茂る木の中にひときわ高い木が見えた。


「あの森、あんなに高い木があったかな?」

そう思っていると又二郎が言った。


「あの真ん中にあるひときわ高い木は、悪霊が取り憑いたものだ。よく見て見ろ舞美。あの大木から異質で只ならぬ邪気が漂っているだろう?」


 そう言われてよく見て見ると、確かにあの大木から出るどす黒い氣が辺りを漂っていた。生身であの森に入れば一溜りもないだろう。


「お主が入院しているこの階に結界を張ったのは、まだ力の弱いお主を守るためだった」


次は、源三郎が語る。


「夜が明ける前に片を付けるぞ、舞美」

「はい!」


舞美は元気よく返事を返した。

「では、今回は、儂を纏っていただこうかのぉ」


と東城孫四郎が歩み出た。舞美は、素早く精神を集中させ大きく手を広げ拍を打ち唱えた!


「緑纏!(りょくてん)」


 舞美はまばゆい光に包まれ、一瞬にして黒い白衣(はくえ)と緑の緋袴(ひばかま)が纏われた。そして腰にあった銅剣は、柄が細く鞘が太い劔に変化した。

 舞美は窓を開け、病室のある5階から地上にゆっくり舞い降りた。久しぶりに感じる外の空気、顔を上げて大きく深呼吸をする。そして空に輝く星空を眺めながら呟く

「私……生きてる」 

そう思うと少し涙が出てきた。


「よしっ」と顔を下げると、いつの間にか目の前に人がいる? 後ろ姿だがパジャマ姿で若い男性だ。(こんな朝早く何やってんだろ?)と思っているとその青年の首が後ろに九十度ぐるっと回った。(えっ?)振り返ったその青年の顔は、血だらけで『カッ!』と目を見開き、こっちを睨んでニヤッと笑った。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


恐怖の雄たけびを上げた舞美! その若者は首を真後ろを向けたままこっちにゆっくり近づいてくる。

よく見れば降り立ったこの場所、駐車場やエントランスに人? が沢山蠢いている。

ここで舞美は、源三郎から言われたことを思い出した。

〈今回の事故でおぬしの体はちょっと面倒くさいことになっている〉


(おじいが言っていたのは、この事かぁぁぁ……私がお化け? が見えるようになるってこと?)と思いつつ近づいてくる青年に慄き後退りしていると頭の中に声が聞こえてきた。


(舞美、驚いたか?)


「驚いたどころじゃないわよ! なにこれ? ちょっとこれ怖すぎるんですけど!」


(なぁに心配ない、これは魔物ではない。ちよっと訳ありのただの縛られた魂じゃ)


「訳アリの? 縛られた? 可哀想だけど直接お会いしたくはないからどうにかしてほしいぃ……」


 泣きべそをかきながら懇願すると白珠の力を持つ彦一郎が語り掛けてきた。

(承知した、さすればその者に右手で触れてみよ……)


(この血だらけでこっちを睨みつけている青年に触るぅ? 逆に祟られるんじゃないの?) と思いつつ勇気を出し、右手で伸青年の肩に触れた。

 すると舞美の右手の腕輪が白く光りその光が青年の体を包み込んだ。すると青白く血だらけだった顔が綺麗になって血色が戻り、虚ろだった表情が穏やかに変わった。

   

 青年は空を見上げ目をつむり何かを呟き、つま先から少しづつ光の泡になり消えていった。そして消えてしまう直前、青年と目が合った瞬間、舞美の頭の中に青年の記憶が流れ込んできた。それはまるで映画のような場面がフラッシュバックで頭の中を流れていった。


それは青年の生前の記憶だった。


『手に紙袋を持っている……中身は……沢山の赤ちゃんの服とガラガラおもちゃ』

『横断歩道……信号は青に変わる……渡った先に向こう側に病院が見える、レディースクリニック? 奥さんが入院している病院だ』

『早足になる』

『ドン!』


と大きな音とともに目の前が一瞬真っ暗になる。その暗闇の中から声が聞こえてくる、とても悲しそうな声だった。

(帰りたい……会いたい……家に……帰れない…………病院……縛られている……悪霊に……)舞美はすべてを悟った。

この青年は、交通事故でひき逃げにあい、瀕死の重傷を負い手当の甲斐なく亡くなった青年の魂だった。赤ん坊が生まれたばかりでせめて家に帰り赤ん坊と妻の顔を見て逝きたいと願っていたのに、悪霊に囚われ魂を汚されたのだった。


 緑珠の力を纏った舞美の眼には、何人もの成仏できていない御霊が見えていた。

(十二……十八……二十五……四十三……数えきれないくらいの御霊だ、何だかみんな苦しそう……)


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