第16話 決起の夜
年の瀬も押し迫ったある日、駅伝部の面々は『居酒屋かたおか』に集合した。
「四ツ谷も無事走れるようになったし。ま、忘年会と決起集会みたいなもんだな。カンパーイ!」
広澤主将の乾杯の挨拶から宴会が始まった。
明美さんが運んで来てくれた料理を一通り並べると広澤主将が続けた。
「実はなぁ、箱根駅伝本番の直前だが、八重樫が大学を辞める事になった。」
皆が広澤主将に注目する。
「何でもイギリスだかアメリカだかのハーバード大学に転校するそうだ。」
「広澤さん、違いますって留学です…そして休学です!」
広澤主将の横で八重樫が汗をかいている。
本当は東常大を卒業してから外国の大学院をと考えていたそうだが、学会に提出した論文がハーバード大学の有名な先生の目に留まり、うちに来いとお誘いがあったそうだ。
「はぁ?『分子動力学シミュレーションを用いたナノスケール相互作用の非平衡熱力学的経済解析』?」
秦さんが八重樫から紙を奪い取り、論文名を読み上げた。
「さっぱりわからねぇ!」
競馬場のトリガミのごとく、秦さんが紙を放り投げた。
「ちょっと!正式な推薦文なんですから!」
推薦文を手元に戻す必死顔の八重樫に一同が笑った。
「うぉー!ニンニクパワー!」
池山さんは酔うと必ず『ニンニクチューブごはん』を食べる。温かいごはんにバターを溶かして醤油で混ぜる。そこにニンニクチューブをひと回しするのだ。
「俺の体はニンニクで出来ている」
と日頃から言っているが、これを食べた後は周りが大変だ。
「キサマ!ダレ?」
「キサマ ハ?」
隣の席は東常大の女性グループだった。いつのまにかニ丸さんと山津とオツエゴが合流している。
「オー!山津サン、サスガ顔デカイネ!」
顔が広いだろ!とオツエゴに突っ込みを入れながら早くも女性達と意気投合している。もはや女性に近づく為の2人の作戦なのではと思うほど掛け合いは絶妙だ。
大柿さんと目が合うと、大柿さんは微笑んで降参と軽く両手を上げた。
「年明けから大規模に動くからその前にと言われまして…、すみません!」
八重樫が俺に頭を下げる。お前、頭が良かったんだなと俺は頭を掻いた。
「四ツ谷さんに背中を押されたんです。自分の事はちゃんと努力しよう!って。」
「俺、そんなこと言ってないだろ。」
「でも、いいんです。僕がそう感じたので。」
「お礼にってわけじゃないですけど、いっぱい喋っておきましたからね。」
八重樫は訳のわからない事を言いながらオレンジジュースに手を伸ばした。
「ジャア、僕ハ、オチンコモリアワセ!」
オツエゴが明美さんに注文していた。女性陣は顔を赤くしながらキャーキャー言っている。
「はいはい、お新香盛り合わせね!あんた!オツエゴに変な日本語教えるんじゃないわよ!」
明美さんが山津の頭を伝票で叩いた。大笑いがお店全体を包んだ。暖かに緩やかに決起の夜は過ぎていった。
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