第15話 戦い終わって
「第3位…、東常経済大学!」
1位とは思わなかったが、下位通過とも思っていなかった。そんな自信と安堵感の入り混じった気持ちの落ち着き場所を探しているうちに、名前が呼ばれてしまった。
成績発表の会場の傍らが盛り上がっている。うちの大学の関係者だ。
「礼をしよう。」
広澤主将の一声でざわついていた皆が素早く立ち上がる。俺は一度座ったら立てなそうだったので、最初から立っていた。
たぶん俺だけは少し冷静だった。3ヶ月後か。俺は走れるのかな。俺は元から箱根駅伝に執着はなかった。ただ走れと言われたから走っただけだ。それでもレースがあれば万全で迎えたいとは思うものだろう。斉藤の顔が浮かんだ。本当に喜んでくれるのだろうか。
「ヨカッタ デ ゴザルナ!」
オツエゴが一人ひとりに握手を求めている。
「やったな!」
山津とオツエゴがハグをする。マジヤバカッタヨーとオツエゴの笑い声がした。
「僕は何も出来ませんでした。」
隣にいた八重樫が呟いた。彼はチーム内12位だった。結果はチーム内上位10人の合計タイムで決まる。
「一丁前に落ち込んでいるのか?」
かける言葉を探しているうちに咄嗟に言葉が出た。いえ、と言う八重樫を見ながら内心は焦っていた。「一丁前に」なんて傷つけるような事を言ってしまった。どう収めるか。
「俺は昨年、10人ピッタリで走って、誰も失敗出来ないプレッシャーを知ってる。そりゃ地獄だ。」
八重樫が俺を見つめる。
「今年は『リタイアしてもいいから全力を出し切ろう』って思えたんだ。これは11人目、12人目が走っていたからだ。お前は充分役割を果たしてるよ。」
いいんですかと八重樫の声が震えた。
「泣けるって事はそれだけ本気で向き合ったって事だろ。」
はい、と涙を拭う八重樫の背中を喜べよと叩いた。
医者からゴーサインが出るまでに1ヶ月以上を要した。それまではリフレッシュを兼ねて敢えて一切練習場には行かなかった。と言っても気になっていた漫画を片っ端から読み漁っていただけだが。
練習場に来て驚いた。見学者の多いこと。これが箱根駅伝効果か。400メートルトラックを囲うよう設けられた高台には人垣が絶え間なく続いている。
ん?テレビだろうか。部室の脇では八重樫がインタビューを受けているぞ。凄いな。
そういえば周りに知らない人が増えた。大学内では知らない学生から声をかけられる。家の近所でもそうだ。テレビ局の名を語り、俺のエピソードを聞いて回る人物が現れたそうだ。「ばあちゃん子だったって言っておいたわよ」と母親が呑気に言う。
霜張り草を踏みながら季節は過ぎていく。白い息をリズムよく吐き出しながら俺たちの師走は過ぎていった。
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