第13話 前夜

 またこの時が来た。箱根駅伝予選会。よく『昨日の事のようだ』と言うが、本当にそうだ。あっという間だった。しかしその昨日よりは今の方が自信がある。少しだけ。


「今年はチーム走にしないか?」


 宮本さんが顎に指を当てながら言った。こういう時の宮本さんは一案ある。

 確かに昨年は選手個々人の思惑で走った。池山さんと真中さんはたまたま思惑が一致しただけだ。


「個人で走った方が自由で良い成績が出るかも知れない。でも勝負は10人トータルのタイムだ。だったら個人のタイムは落ちても、集団で走って10人目のタイムを引き上げるのもアリだと思うんだ。」


「概ね賛成っすけど。」


 山津が手を挙げる。


「広澤さんとオツエゴは個人で行かせたらどうっすか?」

「確かに。2人はタイムを稼いでくれるんじゃないかな。」


 秦さんも同意する。


 結局、2人は先に行きタイムを稼ぐ。残りは集団で走りペースを底上げするも体力は温存。平和公園に入った残り7キロからスパートをする事になった。


「よし、昨年と一緒だ。明日は現地集合だ。」


 広澤主将が会を終わらせようとした。


「ちょっと待ってください!」


 俺は手を挙げた。


「昨年はスタートの時、寒くてレースが始まってからしばらくは覚えていません。1時間早く集合して。みんなで体を温めませんか?」


 昨年ほど寒くはないが雨の予報もある。昨年の高橋の姿が忘れられない。


「よし。じゃあそうしよう。1時間前な。解散!」

「ウ〜ス。」


 みんながゾロゾロと部室から出て行く。2人きりになるのを見計らって、最後に残った広澤主将に駆け寄る。


「さっきはでしゃばって、すみませんでした!」

「何が?別に問題ないよ。明日に賭けているのは、俺もお前も一緒だろ。」


 昨年は怪我で出られなかった広澤さん。そして最後の年。俺たちの思いは1つ。固い握手をして部室を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る