第12話 新体制
最近は桜の開花が早まっている。温暖化の影響か。この地域の新学期には若い緑の葉桜になっている。
駅伝部は卒業した高野先輩に変わって、広澤さんが主将となった。
宮本さんは持病の腰痛が悪化し、本人の希望通り、マネージャー業に専念する事になった。
3年生はニ丸さん、池山さんの凸凹コンビ。秦さんに真中さんも健在だ。
俺たちの代もみんな元気だ。山津と飯田も自己記録を伸ばしている。
この春から新しいメンバーが加わった。
青木と村上はレセプション組だが、当時の俺より速いタイムを出していた。少し悔しい。
そして初めてのケースだが、一般入試からメガネをかけた八重樫が入部した。本人の強い希望らしい。
そして初めてのケースと言えばコレだ。大学はケニアから留学生を受け入れた。エリウド・オツエゴだ。オツエゴは既に広澤さんを上回るタイムを持っていた。大学の本気度が伺える。
オツエゴは走る事以外は小学生と同じだったので、彼に日本文化を教えて一人前に育てるのも駅伝部の任務だった。
偶然だが、なんと大柿さんが『ケニア経済学科』を専攻していたので、俺たちはこれ幸いと押し付け、大柿さんはオツエゴ専属の付き人みたいになった。
ちなみにこのオツエゴが在学中に東常経済大学駅伝部史上初の事を起こすのだが、それはまた別のお話。
ある日の練習終わりに1年を『居酒屋かたおか』に連れて行った。
明美さんがすぐに注文を聞きに来てくれて、各々好きな定食を注文した。
「お名前は?」
「エリウド・オツエゴ デス。」
「です。は女の子にモテないぞ。」
「ナンテ イウ デスカ?」
「ござる。だよ。女の子はみんな笑ってくれるぞ。」
「ハイ。オツエゴ デ ゴザル」
さっそく山津がオツエゴで遊んでいる。
「大柿さんの前では『です』って言えよ。怒られるから。」
「What? オコル デスカ?」
「だってあの人が女の子と話してるの見た事あるか?」
「タシカニ ナイデス。」
「なのにお前が女の子に笑い取ってたら怒るだろ?」
「あの人、あぁ見えて空手8段だぜ。」
飯田も調子に乗る。
「みんな優しそうな先輩で良かったです。」
ハチダーンと驚いているオツエゴ達の会話を見ながら八重樫が呟く。僕は素人だからと小声で続けた。
「八重樫、俺らはみんな素人だ。走った本数の違いだけだぞ。走った失敗の経験を次に生かした数の違いだけだ。」
「四ツ谷先輩…」
八重樫が顔を上げる。
「だから不安ならお前もたくさん走れ。あとな駅伝部では『先輩』は禁止だ。上下関係なく実力順で試合に出る人を決める。だから敬うような『先輩』は禁止。最近決まったんだ。」
わかりましたと八重樫は笑顔を見せた。
「で?将来オツエゴは何になりたいの?」
「チャンピオンか?」
「ノー!アカデミー ツクリタイ デ ゴザル!」
「そこは『です』なんだよなぁ!」
オツエゴと山津達が笑っている。文化が違くてももうすっかり仲良くなっている。
葉が落ちて新芽が出るように、人も入れ替わる。駅伝も生き物だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます