第10話 悔し涙
「すみません…」
視線が集まった先には、いつの間にか正座をしている広澤先輩がいた。
「俺が怪我なんかしなければ、3分なんて逆転できてたのに…本当、すみません!」
広澤先輩が頭を下げる。
「すみませんでした!」
逆方向からも声がした。皆が顔を向ける。
「僕がもっと速く走れてたら、広澤だって無理しなかったし、なにより普通に突破できてた!」
大柿先輩だった。今までで1番大きな声だった。
「ち、ちょっと待てよ。どうしたんだよ急に。」
急な展開に高野主将が戸惑っている。足首に障るぞと広澤先輩の正座を崩させた。
「俺たち、高野さんを箱根に連れて行けなかった。どんな思いでやってきたのか3年間見てたのに。」
広澤先輩の声は震えていた。他に声を発する者はいない。
「なに言ってんだよぉ」
高野主将の声も震えている。
「俺は見てきたぞぉ。お前たちこそ、箱根行こうと真剣に頑張ってたじゃないか。広澤は早く怪我を治そうと今日だってアルコール抜きだ。それに大柿だってお前が自己新出したからこそ、5分も縮めたからこそ、3分差まで来たんだぞぉ。」
お前たちがすげぇよ。高野主将の目から涙が溢れた。鼻を啜りながら高野主将が言う。
「もとはと言えば、すまん!本当俺のせいだ。3分は180秒。つまり1人18秒縮められたら行けたんだ。」
垂れる鼻水を拭きもせずに高野主将はさらに続ける。
「18秒の為にみんなで出来る事はあったはずなのに、俺はスタートの時『これは個人戦だ』って言っちまった。」
すまん!と高野主将が泣き崩れた。
宴会場が一気に静寂に包まれ、鼻をすする音があちこちから聞こえる。襖の陰で聞いていた明美さんがタオルで頬を擦りながら戻って行った。
「はー、こうなるから嫌だったんだよな。明るく終われる訳ないじゃん。」
深呼吸をしながら真中先輩が言う。
「そんな事言ったら…、俺だって…」
続ける真中先輩の声が段々震えてきた。
「もっと早く池山から出て走ってたら…」
「そんな事言ったら俺が風除けのままもっとペースを上げていれば…」
「そもそももっと前からのスタートだったらよう…」
「俺がもっと宮本先輩について行けてれば…」
みんな涙を流しながら反省を口にする。俺も自然と涙を流していた。
「俺だって、二丸先輩の言う事を聞いていれば…」
くそ。もっと出来る事があったはずだ。絶対に18秒以上縮められた。全てが上手く行っていたら、俺だけで3分以上縮められたかも知れない。なのに。悔しい。
「はい、お待ち!」
明美さんがまとめて持って来たジョッキを卓の上にドンと置いた。そして俺らの顔を見渡した。
「ちょっと、あんた達!」
顔を上げると明美さんが腰に手をあてて仁王立ちしていた。
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