第9話 打ち上げ

「ウィース」


 ノッポの池山先輩が暖簾をくぐって『居酒屋かたおか』の引き戸を開けた。

 『居酒屋かたおか』は夜は居酒屋だが昼は食堂として営業している。昼も夜もおばちゃん1人で作っている。そのエネルギーはどこから来るのか。

 うちの大学の真向かいにあるので、駅伝部に限らず大半の学生はこの店に胃袋を掴まれていた。


 週末でも混雑するお店だが、奥の座敷の1つは今日は俺たちの為に空けておいてくれた。

 

 即座に20才を超えている先輩達にはビールが、俺たちの前にはウーロン茶が置かれた。


「いや〜、みんな今日はよく頑張った!お疲れ様!乾杯!」


 高野主将が号令と共に一気に飲み干した。プハー!

 すぐさま次が注文される。


「いや〜、しかしあれだな。自分の学校名が呼ばれるのは、やっぱり痺れるよな。」


 畳に胡座をかきながら、高野主将が笑う。


「確かにそうですね。良いモンです。呼ばれない学校もありますからね。」


 宮本先輩が続ける。成績下位の学校は「ホームページでご確認ください」だ。


 座敷の端に座った大柿先輩がさっそくホール担当の明美さんにメニューを指差して注文している。

 

「最後は厳しかったけどまさか3分まで来てたなんてな。」

「いや、みんなの力でしょう。」


お前が言うなと談笑が続く。


「でもさ、11位の学校なんて、あれですよ、あれ…」


 二丸先輩が言葉を探す。その後を池山先輩が続けた。


「3秒差!」


 と二丸先輩と声が揃った。タイミングの良さに一同爆笑だ。3秒なんて一瞬だよなぁ、泣くに泣けないよなぁと各々喋り出す。


 料理が運ばれて来る。


「ちょっと、どうだったの?」


 明美さんが卓に大皿を置きながら小声で聞いてきた。大柿先輩は卓の下で両の人差し指で小さくバツを作った。


 俺たちは17位だった。10位から3分遅れの17位。


 いつもの事だが先輩達は凄いスピードでビールを飲む。そして酔う。今も明るい雰囲気でレースを振り返っている。談笑が絶えない。


「真中なんか、ずっと俺を風除けにして、最後の最後だけ抜かしやがった。」

「池山はどうせ『風除け枠』で学校に入ったんだろ。」

「大柿も凄いよな。自己新だ、自己新!5分も縮めたんだぞ!」


 二丸先輩が笑い過ぎの涙目で俺を指さす。


「四ツ谷なんか俺が『行くな、まだ早い!』って言ってるのに、頷いて行っちまってさ。」

「すぐにヘロヘロになって戻って来てやんの!」


 笑い上戸の秦先輩が机を叩いて笑う。あるよな〜と場が盛り上がっていた。


 普段の記録会の後と変わらない、いつもの楽しい先輩達だ。もっと俺のミスを責められると思っていた。


「しかしあれだな。」


 高野主将が腕組みをして急に神妙な声を出した。一同が静まり注目する。


「スラムダンク31巻の164ページだな。」


 みんなキョトンとしている。

 だが俺は漫画オタクの力を発揮してすぐに気づいてしまった。


「それは山王の監督のセリフのシーンですよね。『負けたことがあると言うのが俺たちの強みになる』みたいな。」

「お!四ツ谷!わかるか!さすがだな!ワッハッハ!」


 高野主将が嬉しそうにビールをあおる。それがスイッチとなってまた大爆笑が起こった。秦先輩はツボに入ったらしく、腹筋が、腹筋が、と笑っている。


「アハハ!高野さん、俺たちまだ、負けた事しかないっすよ。」


真中!鋭いな!と宴会場は大盛り上がりだ。


そんな時、小さいがしっかり聞こえる声がした。


「すみません…」


皆が声のした方へ視線を向けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る