第2章 若葉の頃

第2話 出会い

 四ツ谷はYシャツのポケットに手を伸ばし、スマホを震わせている名前を確認して電話に出た。 


 「おぉ、山津やまつか。あぁ、明日だな大丈夫。お前の好きなワインを用意して待ってるよ。え?そりゃそうさ、お前にも多大な協力をしてもらっているんだ。成功してくれないと困るだろう。あぁ、じゃあな」


 スマホ画面の『切』に指をずらした四ツ谷は背もたれに深く寄り掛かった。明日はここでマラソン大会開催を祝いながら観戦する。これまでも会社として力を入れている放送はそうやって見届けてきた。


 そうか、ここに座るのも最後かも知れないのか。


 四ツ谷の眼鏡にはモニターの画面が青白く反射していた。そのレンズの奥で四ツ谷は目を閉じ、山津との出会いや自身のこれまでの歩みを思い出していた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 山津と俺は高校の同級生だった。しかし同じクラスになった事はなかったので特別仲が良いわけではなかった。


 2年生の秋に東京都の恒例行事『東京都立高校対抗駅伝大会』のメンバーに選ばれた。

 この大会は生徒なら所属部活に関係なく誰が出場してもよく、先生達も勝つ為に毎年真剣にメンバー選考していた。

 指名された生徒に拒否権はなく、この時期は学校をあげてバックアップされる、まさに『学校対抗』だった。

 

 帰宅部の俺だったが足だけは速くて、陸上部の山津とは学校の中でも1、2を争う実力だった。


 集められた練習初日。陸上部のプライドを示すように山津が俺を追い抜く。俺は勝利欲や支配欲はなかったが、何事にもとりあえず全力は尽くす性格だったので山津を追い抜いた。すぐにまた山津が抜き返す。

 どちらが速いのか、力を誇示するようにひたすら全力で走った。

 

 本日、5本目の3キロ走の時に、山津が話しかけてきた。


「ハァハァ、なぁ四ツ谷。お前気づいてたか?」

「ハァハァ、何がだよ。」

「俺達、2人っきりだぜ。」


 確かに振り返ると他のメンバーは誰もいない。むしろもうすぐ周回遅れだ。これが俺と山津のファーストコンタクトだった。


 その後も走っていれば誰もついてこれず、2人きりになる時間が多くなる。


「昨日の漫画、買ったか?」

「買ったぜ。」

「あとで読ませてくれよ。」

「次の1周で俺に勝てたらな!」


 全力で走るというよりは、2人の会話を聞かれないためにスピードを上げる。そんな練習になっていった。


「昨日の水曜ドラマみたか?」

「観たよ。あの展開はないよな。」

「アレはフツメンの男子にはキツイよなー。」


 男子だってラブコメくらいは観る。そして俺は日頃から思っていた感想を呟いた。


「あのヒロインって、山津のクラスの斉藤に似てるよな」


 そうかな、と関心のない返事だ。そして山津がスピードを上げる。


「なに、四ツ谷。あぁいうのがタイプなの?」


 振り向いた山津の顔がニヤついている。


「ば…、違うよ。似てるって言っただけだろ。」


 俺が追いつく。


「ふーん。」


 山津がまたスピードを上げる。


「ふーん。」


 山津がまた言う。


「なんだよ。斉藤の事、好きだなんて言ってないだろ。」

「俺は、ふーんしか言ってないけど?」

「な!…お前!」


 俺の赤面は更にスピードを上げた山津には見られなかっただろう。


「よーし!ラスト1周ー!」


 顧問の声が夕暮れに響き渡る。

 俺は山津の背中を追った。


 

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