トレイン・ブレイン

ニッタレセ

第1章 プロローグ

第1話 社長室にて

 駅へ続く仲見世の家電量販店では朝の情報番組が流れていた。通勤通学で急ぐ人達の中でテレビに目を向ける者はいない。

 ひたすら前を見て早足で、まるでパチンコ玉が回収されるように次々と改札口に吸い込まれていく。


「なんとノーベル経済学賞をお取りになられた先生が予選会で走りました。」


 女性アナウンサーが原稿を読み上げる。凄いですね〜と男性アナウンサーが気のない合いの手を入れた。


 そんな時、速報を知らせる機械音が鳴り、テレビ画面の上部にテロップが流れた。


「東福岡テレビ 四ツ谷よつたにあきら社長。港町公園で倒れているところを発見。死亡が確認。」


 立ち止まる人はいなかった…。



…『一週間前』…


 最近開発が始まった「港町」という地域に建てられた20階建ての社屋。


「東福岡テレビ」は九州地区のローカルテレビ局だ。


 綺麗な夜景を売りにしているこの地域は、富裕層が競って物件を買い求める、今、九州で最も注目を浴びている地域だった。この地域に社屋を持っているテレビ局は他にまだない。


 最上階に設けられた「社長室」ではたに あきらが一望できる博多湾を眺めていた。           


 ここまで会社を大きくしたのは誰だと思っているんだ。


 デスクに戻った四ツ谷は、先ほどくしゃくしゃに丸めて叩きつけた来週の役員会議資料を再び引き延ばした。


『議案1、四ツ谷社長不信任決議案について』


細かい凹凸ができた白い紙の上で、インクが擦れた黒い文字は、そこだけ強調されているように見えた。


 昨今の視聴率低迷による経営不振の責任を取って、退陣を求める声が一部にあることは知っていた。だから逆転の大掛かりな仕掛けを用意してきた。それが明日の新規マラソン大会だった。


 半年前から宣伝には力を入れてきた。日本全体を巻き込んだ大会、そこで世界新記録が出る。そして高視聴率が出る。それで反対勢力を黙らせられるはずだ。


 イタリア国籍の豪華客船が帰国に向けて汽笛を鳴らしながらターミナルから離岸している。梅雨の時期、台風が近づいている中を帰るのは大変だろう。


 その奥では新幹線≪みずほ≫が熊本駅に向かうために出発の警笛を鳴らしていた。


 黄色から橙色へと深みを増しながら沈みゆく太陽が、客船に反射して目に入る。四ツ谷は眉間に皺を寄せた。そんな眩しさも心地良い。


 やっとこの眺めを独占できる所まで来たんだ、手放してたまるか。四ツ谷は悲壮な眼差しで湾に伸びる一本の曳波を見つめていた。


 社長室の奥には壁に様々なテレビモニターが埋め込まれているスペースがある。中心にある95型の大画面から「マッチボックスの~!爆笑!スポーツ大国!」とタイトルコールが聞こえた。


 今現在、東福岡テレビで放送されている番組だ。お笑いとスポーツを融合させたクイズ番組で、いまや地元福岡出身の大御所と呼ばれるお笑いコンビがMCを務めている。アフロ頭の方が椅子から転げ落ちて会場から笑いを取っているところだった。


 四ツ谷は一つ大きく息を吐き、無数のモニターで作られた壁の前にある椅子に腰かけた。大画面の左側の小さいモニター達には第1から第20まで番号が付けられていて、現在メインスタジオで収録している番組の全カメラの映像が流れている。

 この収録が終わると明日おこなわれるマラソン大会のカメラリハーサルが始まることになっていた。


 ぼんやりと一つ一つのカメラアングルを眺めていると胸元が小さく揺れた。四ツ谷はYシャツのポケットに手を伸ばし、スマホを震わせている名前を確認して電話に出た。 

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