43. 素直になった兄妹


 「まさかあんな可愛いがいるなんて……」

 「まあ、気持ちは分かる」


 その日の夜。

 色々あったデート騒動だったが、あまりに色々なことがあり過ぎたゆえに、瑞希や羽畑さんとひとしきり話した後はそのまま解散となった。


 買って帰った惣菜で夕飯を済ませ、ひと息ついたところで結衣里が問いかける。


 「お兄ちゃんは乾くんが男の子だって気付いてたの?」

 「自力では全く。本人が仄めかしてくれたから、あの子たちに割って入る直前に気付けたけど」


 司だって、初対面の相手に対して「実は男の子かもしれない」なんて疑いながら接するはずもない。

 言われてみれば所々なんとなく違和感を覚える場面はあったが、完全に「ボーイッシュな女の子」だと納得してしまっていたのだ。


 『お姉ちゃんがいつも可愛い服着せてきて、そのうち自分でも「かわいいかも?」って思っちゃって……試しに外に出てみたら案外バレなくて、女の子の格好で出かけるのクセになっちゃったんです。せっかくできた“友達”に幻滅されちゃうって思ったら、なかなか言い出せなくて……』


 恥ずかしそうに俯きながら告白する瑞希の姿は、どこからどう見ても女の子のそれだった。

 これで気付けと言う方が無理というものだろう。


 「まあその後、男だの何だのとか、言ってられない状況だったから説明しそびれたんだよな」

 「それは、そうだよね……あの、“鬼”? なんだったんだろ」


 結衣里がふと、あの小鬼のことを思い出して呟いた。


 羽畑さんの言う分には、あの御神体に封じられていた邪気が成長したもの、らしい。

 あのとき羽畑さんに反応して大雨を降らせていたのも、あの小鬼だという話だ。


 「何気に結衣里についても何か知ってそうな雰囲気だったんだよな……聞き出す前に消えちゃったのが痛いな」

 「まあ、ああしないと危険だったかもだし、あとは四乃葉よつのはさんに任せておこ? あの人いちおう専門家? みたいだし」

 「いや、あの子もほんの少し前まで何も知らなかったみたいなんだけど……」


 御神体の一件の時は何も知らない様子だった羽畑さんだ。

 その後でご両親から舞月神社の一族が担う役目の話を聞いたとかなんとか言っていたが、要するに彼女も詳しい話を知らないということ。

 むしろ、あの神社の人に結衣里のことを直接聞いた方が良さそうな気がするが、万が一結衣里もあんな風に封印されてしまっては困る。

 なんとかバレないようにしつつ、結衣里についての謎を解明しないと……


 だが。



 「────それよりも。わたしが訊きたいのは、乾くんとのことなんだけど?」

 「…………あ~…………」



 結衣里の目つきが一転、とがめるようなジト目に変わる。


 当の結衣里の関心は、自身のことではなく司の例の“デート”の方にあったらしい。


 「すみまっせんでしたっ!!」

 「わたしが中断したのも悪かったけど、だからって他の子ひっかけてデートなんて……お兄ちゃんの浮気者ぉ」


 今日は本来、結衣里とのデートだったのだ。

 それを途中ですっぽかしたのは言い逃れのできない事実。

 もし今日のデートに点数を付けるなら、間違いなく0点だろう。


 「ほんとゴメンって……申し開きのしようがない。穴埋めのためなら何でもするよ」

 「う……」


 深々と頭を下げ、ただただ結衣里の非難を受け入れる司。

 すると結衣里は少し気が咎めたのか、言葉に詰まった。


 「……まあ、そもそもわたしとはあくまで練習のためのデートだったんだし、そこまで畏まられるのも……」

 「いや……練習だからこそ、結衣里のことをもっとちゃんと考えなきゃダメだったんだと思う。付いて来てたのだって、気になったからだろうし」

 「それは、その。…………わたしも、ごめん」


 遠巻きに司たちを見る結衣里は、顔こそ見えなかったものの不安そうな様子がひしひしと感じ取れた。

 過程はどうあれ、結衣里を悲しませたのだとするとやるせない気持ちになった。


 「…………その、ね? ……もし、乾くんが女の子だったら…………お兄ちゃん、あのまま付き合ったの?」


 また少し雰囲気を変えて、おずおずと躊躇ためらいがちに結衣里は訊ねてくる。


 「さあ、どうだろう。少なくとも、すぐにそういう“お付き合い”にはならなかったと思うよ」

 「……そうなの?」

 「ああ」


 司は断言した。


 「いくら気が合いそうだとしても、ひと足飛びで彼氏彼女になったりはしないさ。俺はあの子と、まず友達になりたいと思ったんだ」

 「友達……」


 瑞希のことは、良い子だと思った。

 まっすぐで優しい心根は見ていて心地良かったし、同時に少し心配でもあった。

 あの子ともっと関わりたい、側で見ていたいと思ったのだ。


 けれど、その気持ちは決して恋愛的なものではなく。

 ある種の仲間意識というか、親近感と言えるものだった。


 「友達から始めて、ゆくゆくは関係が変わっていく可能性も無くはないかもしれないけど…………うーん、でも結衣里以上に側に居たいと思えることなんてあるのか分からないな」

 「え!?」

 「だってさ、結衣里は俺にとって何よりも優先で、生きる意味みたいなものだし。ほら、あの停電のときもお互い真っ先に合流しようとしただろ? 結衣里のことを放っておいてまで一緒にいたいと思える相手なんて、出来る気が────結衣里?」


 ふと素朴な疑問を口にすると、急に頓狂とんきょうな声を上げた結衣里は、そのままがっくりと肩を落として俯いてしまった。


 「…………この、シスコンお兄ちゃんはぁぁ…………!」

 「シスコンって……そんなの今更だし、お互い様だろうに」

 「そうだよ、お互い様なんだよっ。ブラコンだし、シスコン過ぎるの、わたしたちっ!!」


 クッションを抱きかかえて顔を押し付けながら、何故かキレ始める結衣里。

 かと思えば、恥ずかしげに司の服の袖をちょいっと掴み、拗ねたような口調に変わる。


 「…………こんなの、離れようがないじゃん…………」


 ぶぅ、と口を尖らせる結衣里。

 元から離れる気なんてないし、結衣里がそれを望まない限り、結衣里の隣から離れるつもりはない。


 やがて、吹っ切れたように結衣里がコツンと肩に頭を乗せて、ややぎこちなく腕に抱きついてきた。


 「わたしは、お兄ちゃん離れしなきゃダメなの。そうじゃないと、お兄ちゃんのこと不幸にしちゃう」

 「……そんなことないさ。あるわけない」

 「ううん。……わたしは、悪魔だから。お兄ちゃんに甘えて、誘惑しちゃう悪い子だから」


 結衣里の背中に、可愛らしい悪魔の羽としっぽが現れる。


 「いつかちゃんと、お兄ちゃん離れするから……だから、今だけはまだ、わたしだけのお兄ちゃんでいて。本当に好きな子ができるまででいいから。それまでは…………」

 「いるよ。結衣里が望むなら、いつまでも。結衣里に好きな相手ができて、もう大丈夫だって、任せられるって思えるまでは」


 結衣里の手に力がこもる。

 ぎゅっと握りしめられる腕に、確かな結衣里の感触を感じつつ、優しく結衣里を抱きしめ返した。


 「…………お兄ちゃんの、シスコン」

 「へへ、このブラコン妹め」


 コツンと、額をぶつけ合った。


 「…………今度、改めてデートしよう。練習なんかじゃなくて、本番の。今度こそ一日中、結衣里と一緒にいるよ」

 「バカ。…………楽しみにしてる」


 はたから見たら、恋人のような距離感だとしても。

 これが今の司たち兄妹の距離感。

 家族であり、一番の友達であり、そしてかけがえのないパートナーでもある。


 その関係はいつか変わっていくとしても、今はこの温もりがどうしようもなく心地良かった。

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