40. 邪気


 「はぁ、まったく。俺だけならともかく、他人様ひとさまにまで迷惑をかけるなっての」


 司はぷりぷりと怒りながら、瑞希の前をズンズン歩いていた。


 司がここまで怒るなんて珍しいことだったりするが、こればかりは結衣里たちが悪い。

 とはいえ司としても結衣里とのデートを放り出している形なので、あまり強くは言えないが。

 おそらくさっきの尾行も結衣里一人の発想というより、羽畑さんが余計な入れ知恵をしたのだろう。


 (あの子、思い立ったら周りを見ないというか、変に暴走するとこあるよな)


 それが助けになることもあるが、司はどうにもその被害やとばっちりを受けることが多いらしい。

 妙な恋人疑惑をかけさせられた事といい、羽畑さんに対しての苦手意識が増す司だった。


 「ごめんね、嫌な思いをさせちゃって。帰ったらキツく言っておくから」

 「い、いえ……」


 未だに動揺の収まらない瑞希の姿に、申し訳なさしかない。

 彼女が何かしら大事な話をしようとしてくれていたのは間違いなく、その信頼を踏みにじる行為だったのは確かだ。

 司は改めて頭を下げる。


 「いや、これは俺の不始末だ。あいつが付いてきてるのは気付いてたのに、今まで無視してたんだから。不快にさせて申し訳ない」


 そんな司に対し、瑞希はあわてて首を振った。


 「そんなっ! …………えと、あの、頭を上げてください。その、今回のことはボクの方が悪かったと思うんです。最初から言っておけば、こんなややこしいことにならずに済んだかもって」

 「? いや、乾さ……瑞希の方が悪かったって、そんなことなんてあるワケが────」

 「その…………色々、あって」


 モジモジと、何やら言いにくそうに縮こまる瑞希。


 どうにも話が見えてこない。

 先ほどは、すわ告白か!? とすっかり慌ててしまったが、どうやらそういう話でもない気がしてきた。

 自惚れた勘違いしてしまって恥ずかしいが、真面目な雰囲気なので表情には出さず、彼女の話を聞く姿勢を取る。



 「その、司先輩。ボク、じつは……………………ッ……!?」



 だが、言葉の途中で瑞希が目を見開き言葉を詰まらせた。


 どうやら視線的に、司とは別の何かを見てそうなったようで、司はそちらの方を振り返る。


 「あいつらは……!」


 瑞希の視線の先にいたのは、つい数時間前に寄ってたかって瑞希に罵詈雑言ばりぞうごんを浴びせかけていた女子たちのグループだった。


 彼女たちもまだ帰らずにこのショッピングモール内にいたらしい。

 あれでは、瑞希がこうなってしまうのも仕方ない。


 「ったく、お互い呼びもしない乱入者が多いな」

 「あ……いえ…………その。ボク、別にあの子達と仲悪いわけじゃないんです。稲葉さん達も、急にこんなボクを見かけてビックリしただけなんだと思うんです」

 「ふうん……? まあ事情があるんだろうけど、とにかく今は顔を合わせたい相手じゃないよね」

 「それは…………はい」


 幸い彼女たちはこちらに気付いていないが、見つかるのも瑞希としてはイヤだろう。

 しかし、引き返したとしてもフードコートには結衣里たちがいる。

 行くも帰るも顔見知りがいる厄介なこの状況。

 さてどうしたものかと、司は考え込む。


 だが、事態を動かしたのは司たちではなかった。


 「────おい、オマエ。野郎のクセになに見てんだよ」

 「あ? なんだあんた……」


 見ると、例の女子たちの中でも中心人物らしき子が、通りすがった男の人に声を掛けて……いや、ガンを飛ばしていた。


 何があったのだろう。

 声を掛けられた男性も、それから周りの女の子たちも戸惑っているように見える。

 見たところ大学生くらいの相手だが、雰囲気から察するに知り合いでもなさそうで、どうにも様子がおかしい。


 「あ、あの、すみません! ……さ、紗代ちん、ヤバいって」

 「あ゛ァ!? アタシに文句でもあんのかよ!」

 「ひっ」


 取り巻きの女の子たちの一人が恐る恐る彼女を止めようとするも、それがかえって気にさわったのか少女はついに怒りを爆発させる。


 「なーんか、アタシが悪者みたいに言うじゃん? 桜のそういう良い子ちゃん気取り、ウザくね?」

 「さ、紗代ちん……?」


 当たり散らすように周囲に悪意を振りまき始めた彼女に、他の子たちは恐々と、そして当惑している。

 声を掛けられて困惑していた男性も、おかしな空気を読み取ってか早々に退散していた。


 「なんか雲行きが……」

 「怪しいよね。一体なにが…………って、なんだっ!?」


 急に視界が閃光でくらんだ。

 さらに一瞬遅れて館内の電気が消え、ガラガラッ! とけたたましい雷鳴が響く。


 「てっ、停電……っ!?」


 どうやら、近くに落雷があって停電したらしい。


 ガラス張りの外の景色はいつの間にか大荒れの雨模様になっていて、停電して薄暗いショッピングモールの館内を、非常灯の明かりだけがぼんやりと映し出している。


 今日は、雨の予報なんて全く無かったというのに。



 「────オイ! アタシのことを無視してんじゃねえっ!!」



 そんな、にわかに混乱を呈し始めた暗がりの中で、さっきにも増して不機嫌そうに声を張り上げる少女がいた。


 こんな状況でも一切動じる事なくキレ続ける図太さは、一周回って見事とすら思えてくるなぁと、呆れながらそちらを見た司。


 「…………なんだ、アレは」


 だが彼女を見た瞬間、思わず司は怪訝な顔をした。


 それもそのはず。

 傍若無人にキレ散らかす少女の身体から、何か黒く禍々まがまがしいモヤのようなものが噴き出しているのが見えたのだから。


 「……? 司、せんぱい?」

 「……なあ。あの子、一体どうしたんだと思う?」

 「分かりません……あんな風に怒ってるところなんて、初めて見ましたから」

 「いや、そうじゃなくて……」


 どうやら、あのドス黒いオーラは司にしか見えていないらしい。


 明らかに異常事態と言える光景だが、見間違いだとも思えなかった。

 なぜなら、同じような状況に出くわしたことがあるからだ。


 「……結衣里っ! 結衣里は大丈夫なのか!?」

 「えっ?」

 「ああいや…………いきなりこんなことになって、つい妹のことが心配に」


 急にハッとしたように振り返り、元来たフードコートの方を見た司に、瑞希はビックリした様子だった。

 だが、妹のことだと理解した途端、噴き出した。


 「……………………ぷぷっ。良いお兄ちゃんなんですね」

 「おい、どーいう意味だ」

 「ふふふっ……なんでもないです。って、あれ…………その妹さんなんじゃ?」


 そう言って瑞希が指差した先には、慌ててこちらに駆け寄ってくる結衣里と、その後を追いかけてきた羽畑さんの姿があった。


 「────お兄ちゃんっ!!」

 「結衣里!」


 一目散に駆けてくる妹の姿を見て、ホッと胸を撫で下ろす司。


 「え、えっと……?」


 一方、状況を読み取れない瑞希は突然駆け寄ってきた少女の姿に戸惑いを隠せない様子だ。


 「妹の結衣里だよ。あとその友達の羽畑さん」

 「あっ!? え、えっと、その…………」

 「…………ああもう、さっきまで邪魔するなとか応援するとか言ってたのに、この兄妹は」


 追いついてきた羽畑さんが零すツッコミは至極正論だが、水害で危うく諸共もろともに死にかけたことのある司たち兄妹にとっては、こういった時にお互いの安否が最優先になってしまうのは仕方がない。

 結衣里も一呼吸遅れて隣にいる瑞希に気付いたのか、さっそく人見知りを発揮し始める。


 「この状況、司くんの立場からしたら相当面倒なことに────って、なにアレ!?」


 呆れ顔の羽畑さんが、司たちの向こうにいる女の子たちの様子を見て唖然とした。


 「もしかして……羽畑さんにも見えるのか」

 「う、うん。あの女の子のまわりに、なんかイヤな黒い影みたいなのが」

 「な、なにあれ…………お兄ちゃん、アレって」


 どうやら羽畑さんや結衣里にも、例の女子がまとう尋常ならざる気配が見て取れるらしい。


 「えと、皆さん何の話を…………って、なにあの黒いのっ!?」


 司たちに遅れて、瑞希もあの黒いオーラが見えたらしい。


 「今見えるようになったのか……? さっきは気付いてないみたいだったのに」

 「もしかしたら……私のせいかも。ああいう“邪気”を感知してはらうのは、舞月の巫子みこの役目らしいし」

 「!?」

 「え……?」


 いきなり、とんでもないことを言い出した羽畑さんに、司と結衣里は目を剥いて、意味を理解できない瑞希は頭にハテナマークを浮かべている。


 「羽畑さん、それって」

 「あの大雨の日の後、お父さんたちに聞いたの。御神体のこと。そしたら、私たち舞月神社の人間は昔から、周囲の環境や人間に影響を与える霊気や邪気に敏感で、それらを祓う役目を担ってきたんだって。他の人には言わないように言われてたんだけど……あんなの見ちゃったら、そんなこと言ってられないし。私の近くにいたせいで、司くんたちにも霊感がうつったのかも」

 「マジかよ……」


 結衣里の例がある以上、オカルトチックな現象が他にも身近に存在していてもおかしくないとは思っていたが。


 「じゃあ、この前のも?」

 「うん。本当に私が雨を降らせてたのかもしれないって。そして……」

 「あの子も、か」


 あの時の羽畑さんと同じく、この突然の大雨はあの少女が引き起こしている可能性が高い。

 正確に言うなら、彼女を覆うあの“邪気”が。

 もしかすると、あの見るからに不安定な情緒もそのせいなのだろうか。


 「……お兄ちゃん。あの子をおかしくしてる原因、もしかしたらわたし、分かるかも」

 「結衣里?」

 「ここ……何か、。あっちの方……あの女の子たちの、すぐ後ろっ!!」


 そう言い放った結衣里が、羽としっぽを現して、例の女子グループの後方をビシッと指差した。


 「────あれは!」


 すると、何も無かったその空間に、小さな子供くらいの人影が、モヤモヤの黒い煙のようなものを纏って笑っている姿が見えてきた。

 よく見ると頭には角が生え、口元からギラリとした牙が飛び出している。


 「あれは…………小鬼…………!?」

 「お兄ちゃんっ、アイツを逃がさないで! たぶん、ただイタズラのつもりでこんなことしてる悪いヤツっ!!」

 「っ!」


 いきなりの断言に驚くが、真剣な様子の結衣里の言葉を疑う司ではない。


 「わかった。行ってくる! 結衣里たちは待ってて」

 「ま、待って司くんっ!? 何をしてくるか分からないのに、危ないよ!」

 「でもあのまま逃すのも危ないって、結衣里の直感がそう言ってるんだ。迷ってる場合じゃない」

 「ああもうっ、これだからシスコンは……っ! だからって一人で突っ込むのだけはダメ! せめてみんなで」

 「女の子を危ない目に遭わせられるかっ! まあ確かに、せめてもう一人でも男手があればな……」


 羽畑さんの制止に少しだけ落ち着きを取り戻した司は、うむむ……とうなる。


 冷静に考えて、人ならざる相手にケンカを挑むなんて正気じゃない。

 見た目は小柄な子供にしか見えないとはいえ、どんなチカラを持っているか分からないのだ。

 しかし、結衣里が危惧している以上このまま見逃して良いとも思えないので、どう対処すべきか判断ができない。


 そんな司たちに、ふと隣から声が掛けられた。


 「…………あの。ボクも行きます」


 その声の主は、可愛らしい格好をした、凛々しい顔つきの少女だった。


 「瑞希……?」

 「先輩、ボクも手伝います。事情はよく分からないですけど……────要るんでしょう? 。体力に自信があるわけじゃないですけど…………友達の、力になりたいから」


 で、美少女がためらいがちに呟く。


 「…………そういうことかよ」


 全てを察した司は、一瞬ほうけたもののすぐ気を取り直し、頷く。


 「わかった。行くぞ!」

 「はいっ!」

 「えっ、えっ??」


 状況を飲み込めない女子たちをよそに、司たちはあの“人影”に向かって飛び出した。

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