39. 頑張って


 「それで、あのシーンの背景の話なんですけどっ!」

 「わかった、わかったからせめてアイス先に食べな? 溶けちゃうから」


 フードコートでアイスクリームを食べながら、司はいぬいさんの熱弁を聞かされていた。


 デートの定番みたいな有名アイスクリーム店のアイス。

 これを買う時には恥ずかしげにしていたというのに、さて席に着いて話し出すとウソのように饒舌に喋りまくる。

 結衣里や忠治以上の早口オタクがいるものなのかと、司は感心するやら呆れるやら。


 ぶっちゃけた話、今の司たちの雰囲気に色気など皆無。

 まるで同性の友達同士で遊びに来たような気軽で弛緩しかんした空気感だが、それがかえって居心地が良かった。


 「あむっ。やっぱりアイスはチョコミントですよね! チョコチップが良い味出してます」

 「まあ、定番になるだけの理由はあるフレーバーだよな。俺のは、小豆あずきアイスの中に黒蜜のシロップが入ってる。この小さいゼリーみたいなのが寒天のイメージかな?」


 30種類以上の色とりどりのフレーバーから司が選んだのは、季節限定のあんみつフレーバー。

 あんみつをイメージした変わり種だが、こういう限定フレーバーを試してみることこそ醍醐味というものだと司は思う。


 一方、乾さんが選んだのはチョコミントだった。

 好きな人はとことん好きだが、苦手な人も多いという、好みの分かれる味の代表格のような存在だが、彼女はこれが大好きらしい。

 アイスと言ったら何を置いてもまずはコレという、根っからのチョコミン党。

 こだわりが強く、とことんのめり込む性格は一貫しているらしい。


 「なんとなく、乾さんの為人ひととなりが分かってきた気がするよ」

 「そ、そうですか?」

 「まあこれだけ語ってくれちゃってたらねぇ。なんというか、人生楽しそうだ」

 「う…………えと、その。迷惑でしたか……?」

 「まさか。幸せそうで、見てて楽しいよ。俺はそこまでのめり込めるものが無いから」


 司とてアニメは観るし、ゲームもすればマンガも読むが、結衣里たちと比べてしまうと、それらを「趣味」と断言できるほどではないと思ってしまう。

 かといってスポーツに精を出すわけでも、芸術的なことをするわけでもない。

 時折、自分が空虚な存在に思えてくることがあった。


 そんな時、結衣里や乾さんのような好きなものに一直線に生きている人を見るのは、羨ましいと思うとともに見ていて楽しく感じる。

 生き生きとして幸せそうな顔を見ると、こちらも自然と嬉しくなってしまうものだ。


 「好きに真っ直ぐな妹がいるから、慣れてるのかもね。楽しそうだし、どんどん好きなものに向かって真っ直ぐ突き進んでほしいというか」

 「仲、良いんですね。ボクもお姉ちゃんがいますけど、事あるごとに可愛い服を着せようとしてきて……」

 「なるほど。今日のその服も、お姉さんチョイス?」

 「まあ……その中からボクが選んだっていうか」

 「ふむふむ、良い影響を受けてるってことか。それも家族の仲の良さなんだろうな」


 司はうんうんと頷いた。


 司の周りには兄弟姉妹のいる知り合いも多いが、話を聞く限りその関係性はまさしく十人十色といったところ。

 ケンカするほど仲が良いみたいな関係もあれば、ひたすらウザがる関係もあったり。

 世の中には壊滅的に仲が悪い兄弟もいるのかもしれないけれども、司の知る限りでは身の回りにそこまでのギスギスした家族関係は無さそうだった。


 (……で、ウチはというと)


 ちらり、と司は目を横にって、視界の端に見知った女子二人を捉えた。

 他ならぬ水野家の妹様と、最近仲の良い羽畑さんである。

 実はさっきから気付いていたが、どうやら司のことが気になって遠巻きに見ているつもりらしい。

 これもひとつの仲の良さなのかもしれないが、いかんせん水野家の兄妹はべったり過ぎるのだ。


 状況が状況だけに覗き見したくなる気持ちは分からないでもないが、よりによってデートを覗き見などされたくない。

 かといって、下手に気付いた素振りを見せて乾さんを畏縮させるわけにもいかず。

 司ははぁ、とため息を漏らした。


 「どうかしましたか?」

 「ああいや…………あ、そうだ。よかったら乾さん、RAIN教えてよ。今日限りでバイバイなんて寂しいし」

 「あ、はい」


 そう言って司はスマホを取り出した。

 ていのいい口実を見つけたと、RAINを操作するついでに結衣里にメッセージを送る。


 【バレてるから。離れとけ】


 送った瞬間、視界の隅でよく見慣れたツインテールがビクッと跳ねた。

 気付かれているとは思ってなかったのだろう、何やら羽畑さんと相談し始めた。


 「えと……これでいいですか?」

 「ああ、ありがとう。……いぬい瑞希みずきさん。よし登録っと」

 「あの、呼び捨てでいいですよ。さん付けって慣れないし……学校でも大体は、乾って名字だけで呼ばれてますから」

 「う、う~ん……名字を呼び捨てにするのは慣れないというか、タイプじゃないっていうか……」

 「……だったら、瑞希……で。代わりにボクも司先輩って呼びます」

 「う」


 少し気恥ずかしそうに上目遣いでそう言われてしまうと、何も言えなくなってしまう。

 この子、最初のイメージと違って意外とグイグイ来るタイプだ……!


 「そ、それで、その。司先輩。…………その……あの。先輩に、ひとつ、言っておかなきゃいけないことが……あって」

 「え……」


 ふと、急に乾さん──もとい、瑞希が改まった態度で神妙な面持ちをした。

 頬を紅潮させ、必死に何かを言い出そうと唇をもぞもぞと動かしている。


 まさか、これって。


 「…………実は、ボク……────」

 「ま……待った待った待った、ちょっと待ったっ!」


 司はあわてて彼女の言葉をさえぎった。


 「えっと、何の話か分からないけど、ちょっと待った! 実はさ、いま俺の妹がけてきてて、めっちゃ見られてるんだよ。……聞かれてもいい話?」

 「え……っ…………~~~~~っ!?」


 瑞希が真っ赤になって、キョロキョロと周りを見回し始める。


 「いや、ホントごめん……下手に事情を説明したばっかりに。いま付いてくるなってRAIN送ったから、とりあえず場所移そっか」

 「……………………はぃ」


 消え入りそうな声とともに頷く瑞希。

 挙動不審な彼女を連れて、司は結衣里たちから逃げるようにそそくさとフードコートを後にした。




 ◇ ◇ ◇




 「ま、まさかバレてるなんて……」


 去っていく司たちの後ろ姿を眺めながら四乃葉よつのはがため息をつく。

 失敗失敗、と舌を出す四乃葉に対し、結衣里はさほど驚いてはいなかった。


 「お兄ちゃん、わたしのこと見つけるの異様に上手だから……」

 「さすがは司くん……結衣里ちゃんマスターの度合いは誰にも負けないねぇ」


 なんなら、尾行を開始した時点から司には半ば気付かれていたのだろうと、結衣里は極めて精確な推測をしていた。


 「わたしが言うのもなんですけど……お兄ちゃん、わたしのことが最優先ってとこありますから」

 「それは見てて分かるけど。なんだったら本人も公言してるけど! お互い監視でもしてるんじゃないの?」

 「さ、さすがにそんなことは…………し、したことはないです」


 司が結衣里のことを大事に大事にしていることは間違いないが、基本的に結衣里の意思を尊重してくれているし、束縛や行動の制限なんてしてこない。

 結衣里の家の外での様子なんかも、それほど興味はなさそうに見える。


 一方結衣里はというと、学校行事の振り替え休日に司の高校をすぐ近くまで見に行ったこともあって……お互いの位置確認アプリなんてものを調べたことだってある。

 ダウンロードする直前になって、我に返って思いとどまったけれども…………


 「なんにせよ、どうする? バレちゃった以上、無理に尾行するのはよくないよね」

 「はい……まだ誰とも付き合ってないんだし、誰とデートしようとお兄ちゃんの自由だから……」

 「結衣里ちゃんとのデートをすっぽかしてでも?」

 「それは……」

 

 納得できない気持ちは、ある。

 だけど、司が真っ当に恋人を作って、幸せになろうとしているのを家族として応援しなきゃいけないという気持ちは確かにあって。


 結衣里は悪魔であり、本能として彼を誘惑し、無意識のうちに彼を不幸に陥れようとしてしまっているかもしれないのだ。

 心の内に湧き上がる、恋と見紛みまがうこの感情に、身を任せることはできない。

 彼に救われたあの日から、結衣里の命は彼の幸せのためにあるのだから。


 「……それが、お兄ちゃんの幸せに繋がるのなら」

 「結衣里ちゃん……」


 結衣里は、指が勝手に打ち込もうとしていた【お兄ちゃんの浮気者っ】という返信のメッセージを途中で消し去る。

 そして、ひと言、


 【頑張って】


 とだけ打ち込み、司に送った。

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