Ex.8. バカ
「…………普通に楽しそうに話してますね」
「だね……」
ショッピングモールのフードコートで、アイスを片手に談笑する司と相手の女の子を、少し離れた席から観察する結衣里と
思っていた以上にデートらしい雰囲気をしている二人の姿に、少女たちはため息をさらに深くした。
「司くん、なんだか慣れてない? こういうの、経験あったりするのかな」
「それは……その」
四乃葉の呟いた疑問に対し、結衣里は少し
「えっと、実は…………わたし、ホントは今日、お兄ちゃんとデートしてたんです。練習で」
「え!?」
突然の結衣里のカミングアウトに、四乃葉は驚きを隠せない様子だった。
「お兄ちゃんにカノジョができた時のために、予行演習をしておいた方がいいと思って。お兄ちゃんってば、デートなんて別にしたくない、お金かかりそうとか言うんだもん」
「うわぁ……さすがにそれは、女の子の気持ちを分かってないっ!」
「ですよね!?」
「好きな人とは色んなことを一緒にしたいし、思い出もいっぱい作りたいよね」
「はい! 一緒に出かけて、可愛いって言ってもらって、それで…………」
好きな人とのデートは、何にも増して特別なものだ。
大切な人と一緒に、お互いのためだけの時間を過ごす。
それはきっと、何物にも代えられない大切な思い出になるはず。
「でも、そっか。デートしてたんだ、結衣里ちゃんと司くん。……いいなぁ」
「え、えっと…………あくまで練習ですけど……」
「何だろうとデートはデートだよ。結衣里ちゃんも司くんも、ばっちりオシャレしてたし。楽しかったんでしょ?」
「それは、その……」
「わかるよ。だって、顔に書いてあるもん。いくら兄妹でも、好きじゃない相手とデートなんて行かないもの。たとえ練習でも……ううん、司くんなら、練習だからこそしっかり計画も立てて真剣にデートしてそう。たぶん、本気で結衣里ちゃんを楽しませようとしてたんじゃないかな」
「あ、あぅぅ……」
四乃葉の指摘は、まさに図星だった。
司の練習というのは名ばかりで、大好きな兄との本気のデートに、結衣里は終始心をときめかせていた。
でも、だからこそ。
「…………納得いかないよね」
「…………はい。今日は、わたしとのデートだったのに」
“練習”だったからと、途中で中断したのは結衣里の方だ。
それでも、いざこれから合流しようとした時にいきなり「今日はもう別行動にしよう」などと言ってきて、しかも自分は別の女の子と本物のデートをしているなんて。
わたしとのデートなんて、所詮お兄ちゃんの中ではその程度の重さだったのかと、やるせない気持ちが……言いようのない暗い感情がふつふつと湧いてきてしまう。
とはいえ、カノジョを作ってほしいと彼に願ったのもまた結衣里自身だ。
結衣里の気持ちはともかくとして、司は結衣里の言ったことをただ素直に、実直に、あきれるくらい真面目に実行しているだけなのだ。
(なんでお兄ちゃんは、あんなに…………わたしに優しくて、残酷なんだろう)
それはまるで、決して許されない想いを抱えた結衣里に対する罰のようで。
悪魔として、彼を誘惑してしまっている結衣里には、むしろ相応しい報いなのかもしれない……などと、そんな思考が頭をよぎる。
「────結衣里ちゃん」
そんな結衣里の手を、いつの間にか四乃葉が握っていた。
「大丈夫。結衣里ちゃんは、あんな子になんて絶対に負けないから」
「四乃葉さん……」
思わず、握られた手を握り返した。
結衣里の想いを理解してくれている人が、ともに苦しい恋心を抱えている仲間が、そっと寄り添って応援してくれている。
とても心強くて、司とはまた違う、今までにない安心感を結衣里に与えてくれている。
そのことが嬉しくて、温かくて、この抑え
「…………ぁ…………」
その時ふと気づいた。
背中と頭に、どこかで覚えのある感覚が走っていたことに。
「…………もしかして……羽、出ちゃってました?」
「……うん。でも、もう
自分の頭と背中に手を触れてみる。
固い角も、しなやかな羽も、今はもう跡形もなく霧散していた。
「……その、ありがとうございます」
「いいの。これは、浮気してる司くんが100%悪いんだからっ」
現に、女の子と会話している司は、結衣里たちには気付いていないようだった。
「……お兄ちゃんのバカ」
「ほんと。司くんのバカ」
二人そろって口を尖らせる。
思わず口に出た悪口を共有できたことに、妙な一体感を覚えながら。
何も知らずにのほほんとデートを続ける司を、二人はうらめしそうな目で追い続けた。
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