36. センスを疑う


 「……お、前に買ったやつの新作発見」


 結衣里との練習デートの最中、羽畑さんと出くわしたことで結衣里が離脱して急遽一人になった司は、なんとなく以前に立ち寄ったことのあるショップで時間を潰していた。

 以前家族で買い物に来たことのある店で、その時は司も母親に服を買ってもらった。

 いま司が見つけたものはその時のものと似たような作りのパーカーだったが、心なしか中性的な印象を受けるアレンジが施されていた。


 (これ、色違いのは結衣里に似合いそうだな……)


 どうも男女兼用のデザインらしく、同じものが女性のマネキンに着せられていた。

 ダボっとした腕回りになっていて、所謂いわゆるオーバーサイズコーデという感じだろうか?

 結衣里ならばこういうファッションも、問題なく着こなすはずである。


 「ってか、ホント結衣里のことばっかだな俺」


 いつもヒカルたちから言われていることだが、司の思考の中心には常に結衣里がいる気がする。

 彼女のためだけに生きているとは言わないまでも、こうしてつい結衣里に似合うかどうかと考えてしまうあたり、その性向は筋金入りだ。

 いずれ結衣里が独り立ちして、司の元からも離れていくことになったらどうなるのだろうかと、自分のことながら妙に他人事のような心配の仕方をしてしまう。


 今のところ、結衣里が司のそばを離れていくイメージは全く湧かない。

 お互いがお互いのことを大事にしすぎて、他に目が行かないという向きは確実にある。

 しかしそれが健全なことではないのも確かで、早く彼女を作れという結衣里の言い分も納得ではあった。


 「そうは言っても、何も知らない相手といきなり付き合えってのもなぁ……」


 司もひとりの健全な高校生男子ゆえに、彼女が欲しいという気持ちも無いではない。

 女の子と一緒に登校したり、放課後や休日にデートをしたり、そういった日々に憧れはある。


 しかし、そのためなら相手が誰でも良いなんてことは決してない。

 結衣里ほどとは言わないまでも、お互いに敬い、認め合い、気を許せる相手でなくては意味がない。

 相手のことを大切に思えて、そして相手の大切なものを尊重できる関係こそが、恋人、ひいては伴侶としてあるべき姿だろうし、そうありたいと思える間柄だろうから。


 (こんなこと言ったらまたヒカルに、モテない奴の理想論だとか言われるんだろうな)


 どんなに綺麗事を並べたとて、そもそも相手と出会わなければ意味がないのも確か。

 付き合い始めてから、徐々に理解と信頼を積み重ねていくという方法だってあるし、むしろそちらの方が一般的なのかもしれない。

 人は見かけによらないと言うように、一見すると悪い人のように見えても実は善良な人だっているだろうし、逆に素直で表裏のなさそうな人だって、人知れずどんな秘密を抱えているか分からない。

 言ってみれば今の結衣里だって、悪魔(?)の姿を隠して暮らしているのだから。


 今まで知らなかったその人の新たな一面を見て、奇怪に思うか、幻滅するか。

 それとも、より魅力的に、愛おしく思えるのか。

 自分にとって大切な人というのは、いつか訪れるそんな瞬間にこそ分かるものなのだから。



 「────うわ、マジでありえないんだけど。センス疑うわ」



 ふと、後ろから聞こえた声に驚き、振り返る。


 「いぬい、そういう趣味してんだ? 意外だわ。似合わね〜、キャハハ!」


 いきなりの暴言に何事かと耳を疑ったが、司に向けられた言葉ではなかったらしい。


 振り返った先には、何人かの女の子の集団があった。

 いかにも派手な格好をした、甲高い声で笑う女の子たち。


 その中に一人、どちらかというと清楚めな服装の気の弱そうな子がいた。

 背は高めで髪も長くなく、フリルのブラウスと爽やかなチェックのスカートという如何にも女の子らしい装いの少女。


 「え、えと、これは…………」

 「そんなカッコして、一丁前にデートでもする気〜?」

 「うぇー、キモッ。ひくわー」


 戸惑う彼女に対し、派手な女の子グループが侮蔑を隠さない態度であざけり笑う。

 胸糞が悪くなるような場面だが、これまでのやり取りや態度を見て司はおおよその事情を察した。


 嘲笑の対象になっている少女は、輪郭や顔つきこそボーイッシュ寄りだが顔立ちそのものは中々に整っていて、なるほど嫉妬を呼ぶには充分な容姿をしている。

 対するいじめっ子グループの子たちは派手なメイクや露出が目立ち、ともすればコテコテし過ぎとも言える出立いでたちに見える。


 あの子は人と話すのが苦手なのか、喋り方もボソボソしていて聞き取りにくく、普段はあまり目立たないタイプなのだろう。

 だがそういう子こそ、皆決まった服装をする学校から離れて私服姿になると、思いもよらぬ個性を発揮したりするものだ。

 少なくとも司の目から見て、あの子は結衣里や羽畑さんにも負けず劣らずの美少女に見える。

 価値観の違いと言えばそれまでだが、あのいじめっ子たちにとって、自分たちとは明らかに違う方向性の、しかも美少女という存在は許容しがたいものなのだろう。


 (どこにでもあるものなんだな、ああいうのは……)


 こういった嫉妬が関わるトラブルというものに対しては、司にも多少の心得があった。

 他でもない結衣里が中学の頃、その手の中傷やこすりを受けていたことがあったのだ。

 その時は家族揃って、転校や退学も辞さない覚悟で動き回ったものだが、結局結衣里は変わらずあの学校にエスカレーター式で通い続けている。

 もっとも今ではあの頃親交があった相手とは、ほぼ関わることも無いようだが。


 「チッ、こんなスカートなんて穿いてんじゃねーよ。脱がしてやろうぜ」

 「ちょ、やめっ……!」


 などと司が回想しているうちに、派手な女子たちが寄ってたかって彼女のスカートを引っ張り始めていた。



 「────おい。お前ら何してる」



 これ以上はさすがに看過できない。


 そう判断した司は、出来得る限りのドスの効いた声を腹から出し、くだんの女の子たちの前に立ちはだかった。


 「なっ、何だよオマエ」

 「何だよはこっちのセリフだよ。に何をしてくれてんだと言ってるんだ。しかも、こんな人目のある往来で。センスを疑うね」


 幸い司は男子の平均以上には背丈もあり、真顔でスゴめば同い年か歳下くらいの女子相手には十分な威圧感があった。


 「なっ!?」

 「え……?」


 狙い通りビビってたじろぐ女の子たち。

 当のいじめられている子までビクッと縮み上がっていたのはご愛嬌だろう。


 「待たせて悪かったね。さ、行こうか」

 「え、ちょっ」

 「オイ、待てよテメェ! ソイツは」


 戸惑うばかりの女の子の手を引いて、強引に連れて行く。

 派手な子たちの一人が吠えてくるが、構わずシッシッと追い払うフリをした。


 「さあて、こんなトコからはさっさとおさらばするに限るってね」

 「あ、あの、ボクは……」


 戸惑う少女の低く澄んだ声が耳朶じだを打つ。


 「まあまあ、とりあえずこのまま離れよう。もしかして本当に誰か待ってる人がいたり?」

 「そ、それはいませんけど……」

 「ならちょうど良い。せっかく可愛い格好してるんだから、“一丁前にデートでも”しとかないとね?」

 「っ〜〜〜〜!?」


 さっきの女の子たちにも聞こえるように、最後の一言はあえて大きな声でハッキリと言い放った。


 「さ、行くとしようか!」


 目をパチクリさせている女の子たちを尻目に、司は彼女の手を引いて歩を早める。


 ガラに合わない人助けだったが、結果としては悪くない。

 久方ぶりに愉快な感覚を覚えながら、司は足取りを軽くした。

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