Ex.7. もしかしたらの未来


 「…………その…………すみませんでした」


 ひとしきり泣いて、落ち着きを取り戻した結衣里は今さらながら恥ずかしくなって謝った。


 「もう大丈夫? 結衣里ちゃん」

 「は、はい……なんかすみません、わたしの方が慰められてて」

 「いいのいいの。うちの妹じゃ、こんな風に頼ったり甘えたりしてくれないから。久しぶりに“お姉ちゃん”できたなって気がして嬉しいんだ」


 恐縮しきりの結衣里に対し、四乃葉よつのははどこか楽しげに笑った。


 「なんだか、お互い困った恋愛をしちゃってるよね。結衣里ちゃんがこんなに悩んでるなんて思ってなかった」

 「はい……自分でもあきれちゃってます。聞いてもらってちょっとスッキリしました。でも……や、やっぱり恥ずかしいなって」

 「それは、ね? 私だって結衣里ちゃんたちに聞いてもらったし、おあいこってことで。結衣里ちゃんの気持ちを知れてよかった」


 今まで真剣な恋バナをしたことがなかっただけに、自分の想いを洗いざらい晒し出すようなこの感覚にはどうしたって抵抗感があったが、それでも今まで誰にも言えなかった想いを吐き出せて心が軽くなったのは確かだ。

 これまで自分の中だけで抱え込むしかなかったこの想いを、ずっと胸に秘め続けてきた「悪いコト」を、初めて共有できたのだから。


 初めて誰かと分かち合ったその“秘密”は、ちょっぴり苦く、くすぐったい。


 「…………そもそも、四乃葉さんがお兄ちゃんのことをどう思ってるか、聞いたつもりだったんですけど…………」

 「え?」

 「なんか最近、すごく仲良くなってるし。お兄ちゃんは四乃葉さんのこと、『結衣里のことを相談できる貴重な相手だから』って、そういうのの対象にはしないって言い張ってますけど」


 そもそも結衣里は元々、司を四乃葉とくっつけようと画策していたのだ。

 良い人そうで、頼りになって、「この人ならお兄ちゃんを幸せにできる」と直感した相手。


 このあいだの出来事で有耶無耶うやむやになってはいたが、その気持ち自体は変わっていなかった。


 「う、ううん……私としても、司くんとは別に恋愛的なアレは無いよ? そもそも私には本命がいるし、結衣里ちゃんの恋敵になるつもりなんて────」

 「いつの間にかお兄ちゃんのこと、名前で呼ぶようになってるのに? ちょっとは進展したのかなって期待したのに」

 「それはその、ちょっと事情が……」


 四乃葉は少々狼狽うろたえつつ、名前で呼ぶようになった経緯を結衣里に話した。


 「────ってことがあって……。私も色々と邪推されること多いから、いっそのこと司くんと付き合ってるって誤解をさせちゃえって。あれで司くん、実は女子からの評価は悪くないし……でもこうしておけば、結衣里ちゃんの目の届かない学校で女の子と親しくなったりしないでしょう?」

 「それは……」


 もしも司が、自分の知らないところで恋人をつくってしまったら。

 そんな風に思ってしまったことがあるのは確かだ。


 ならばせめて、結衣里の把握している中で恋愛をしてほしい。

 結衣里が司の恋愛を急かしているのには、そういったエゴが多分に含まれていることも自覚していた。

 人は心の準備さえできていれば、相当につらいことでも耐えられるものなのだ。


 四乃葉はそんな結衣里の心の内を見抜いていたらしい。


 「……でもそれは建前で、ホントはお兄ちゃんのこと、キープする目的もあったんじゃ? もしも修一さんがダメだった時のために」

 「う゛……」


 だが結衣里の鋭いゆさぶりに、今度は四乃葉の方が動揺を隠しきれなかった。


 彼女は決して望みの少ない禁断の恋に全てを賭ける程、ロマンチストなだけの人ではないことを結衣里は見抜いていた。

 将来実家の神社を継ぐことや、そのために婿入りしてくれる相手でないといけないことなど、現実的な問題をちゃんと見据えている現実主義者リアリストでもある。

 そんな彼女にとって、仲が良く性格や人柄の良い司はかなりの“優良物件”のはずなのだと。


 「わ、私はそんなつもりじゃ……結衣里ちゃんのことは、ちゃんと応援したいって」

 「分かってるんです、自分でも。わたしはお兄ちゃんと一緒には幸せになれないって。だからお兄ちゃんには自分の幸せを見つけてほしい。ちゃんと恋人をつくって、わたしが諦めちゃうくらい幸せに笑っていてほしい。お兄ちゃんが幸せなら、わたしは諦められるから……」

 「結衣里ちゃん……」

 「お兄ちゃんはわたしを助けてくれた。あの雨の日、わたしを離さずに守ってくれて、学校で孤立しちゃってた時もずっとそばで支えてくれてた。わたしが今、生きてるのはお兄ちゃんのおかげだから。お兄ちゃんを幸せにできなかったら、わたしに生きてる意味なんてない。わたしの人生は、お兄ちゃんのためにあるんです」


 重すぎる気持ちだということは、結衣里も重々承知している。

 それでもこれは、譲ることのできない絶対の誓いだ。


 あの日司に救われた時に、結衣里が自分自身と交わした“約束”だった。


 「だから、もし…………もしも、四乃葉さんがお兄ちゃんのことをだって思ってるんだったら。……応援、します。四乃葉さんと……お兄ちゃんのこと」

 「っ……」


 幾重にも重なった複雑な想いを込めた結衣里の言葉に、四乃葉は息を呑んだ。


 「正直、どこの馬の骨とも分からない女にお兄ちゃんをあげられませんから。四乃葉さんなら……四乃葉さんになら、百歩譲って……一万歩くらい譲って、任せられます。お兄ちゃんのこと」

 「け、けっこう譲られてるんだ……でもそうだよね。好きな人のことだもんね」


 はぁ、とたくさんのものが詰まったため息を吐き出す四乃葉。


 「……ごめん。そういう気持ちが無かったって言ったら、ウソになるかも。でも、結衣里ちゃんのこと応援したいって気持ちも、ウソじゃないからね?」

 「はい。お兄ちゃんにとっての一番を、譲る気はありませんから。そういう意味では、ライバルかも?」

 「あはは、それはかなう気がしないなぁ」


 それに関して言えば結衣里としても負ける気はしないし、司の兄バカシスコンっぷりを見ても明らかだ。


 「でも、結衣里ちゃんが義妹いもうとになるっていうのはアリかも。むしろ、結衣里ちゃんが私と結婚しちゃう?」

 「……それもいいかも。それで四乃葉さんがお兄ちゃんとも結婚したら、事実上お兄ちゃんとも……その……」

 「アハ、私、重婚者になっちゃった。これで私も悪い子だ」

 「わたしは“悪魔”ですから、悪いことも平気でそそのかしちゃうんです。悪魔の誘惑は怖いでしょう?」

 「う~ん、司くんもそうだけど、ホント絶妙に魅力的な提案をしてくるよねぇ。……でもいいね、それ。そんな風になれたら、みんな幸せかもしれない」


 二人で肩を竦めながら、笑い合う。


 あり得ない未来だとしても、想像するだけならタダだ。

 みんなが一緒に幸せになれる、そんなもしかしたらの未来があるのなら見てみたい。


 「この場合、お嫁さんは誰になるんでしょう? やっぱり四乃葉さん?」

 「え~、結衣里ちゃんのウェディングドレス姿見てみたいな。白無垢でもいいけど。うちは神社だから、やっぱり神前婚になるだろうし」

 「でも、だったら四乃葉さんがお婿さんってことですよね。ということはお兄ちゃんも白無垢姿なんですか?」

 「司くんの白無垢かぁ……ううん、似合わないとは言わないけど」

 「お兄ちゃんけっこう背あるし、新郎よりもでっかい白無垢姿ってどうなんでしょう……?」

 「「……ぷっ」」


 二人して白無垢姿の司を想像して、噴き出した。


 「…………そろそろ、戻ろっか」

 「はい」


 なんとも微妙なニヤニヤ顔を直しつつ、結衣里と四乃葉は頷きあう。


 だが、そこで結衣里のスマホが鳴った。


 「あれ、お兄ちゃんから?」

 「アハ、やっぱり結衣里ちゃんのこと大好きだよね、司くん」

 「も、もう四乃葉さん……って、あれ?」


 そこに書かれていたRAINのメッセージを見て、二人は顔を見合わせる。



 【ごめん、今日はもうお開きにして、別行動してもいいかな? 実は────】

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