35. 偶然か、運命か


 「司くん! 結衣里ちゃん!」


 ショッピングモールにて、偶然にも出くわした羽畑さんが司たちを見て近寄ってきた。


 「羽畑さん」

 「わっ、結衣里ちゃんメガネかわいい! 服もめっちゃキメてるし」

 「え、えっと……?」

 「いきなり元気に来るなぁ。おはよう羽畑さん」


 出会い頭からハイテンションな羽畑さんに戸惑い気味の結衣里をなだめつつ、司は挨拶する。


 「おはよ。奇遇だね、こんなとこで。兄妹二人で……もしかしてデート中?」

 「ま、まあそんなとこ。羽畑さんは一人で買い物?」

 「なら、お邪魔しちゃったなぁ。うちは妹が冷たいから……一人寂しくお買い物だよ、うぅ。いいなぁ司くんたちは仲良しで」

 「ははは……まあ、知っての通りというか」


 冗談めいた口調で羽畑さんがからかってくる。

 まさか本当にデートだとは(しかも彼女ができたときのための練習などとは)言えず、乾いた笑いでお茶を濁す司。


 「アハ、妹大好きお兄ちゃんの面目躍如だ。結衣里ちゃんも、このあいだはありがと。直接お礼を言いたいと思ってたんだけど、学校が違うからなかなか機会がなくって」

 「は、はい……」


 会えて嬉しそうに気さくに話しかける羽畑さんに対し、結衣里はどもり気味だった。

 この前は普通に話していたし、RAINではやり取りしているだろうに、やはり結衣里の人見知りはそう簡単に打ち解けられるものでもないらしい。


 「あれ、結衣里ちゃんなんだか顔赤い?」

 「えっ!? そっ、そんなこと、ないと思います、けどっ!?」

 「…………もしかして、ホントにお邪魔だった?」


 司たちの間に漂う微妙な空気に気付いたのか、途端に申し訳なさそうな顔をする羽畑さん。

 そこで恐縮されると、こちらの方が申し訳なくなってくる。


 「あー、お邪魔ってわけではないんだけど。一応練習で、デ────」

 「いっ、いえっ!! ゼンゼンっ、邪魔じゃないですからっ!!! そっ、そうだ、そろそろお昼ですよねっ。羽畑さんもご飯まだだったら、一緒に食べませんかっ!?」


 司の言葉を遮るように、結衣里が大声で提案した。


 さすがにデートの練習をさせているなんて言われるのは恥ずかしいのか、それとも未だにしつこく羽畑さんを攻略対象のままにさせようとしているのか。

 いずれにせよ、結衣里が言いたくないというのならそれに従うまでだ。


 「……ってことなんだけど、どうかな羽畑さん」

 「えっと……いいの?」

 「俺はもちろん。結衣里もこう言ってるし、せっかくならご飯はみんなで食べた方が美味しいからね」


 そうしてなし崩し的に一緒にお昼を取ることになり、フードコートにやってきた司たち。

 週末ということでさすがに人も多かったが、司が席を確保している間に、女子ふたりがファストフード店のハンバーガーセットを買ってきてくれた。


 「お待たせ司くん。席ありがと」

 「いいや、こっちこそ買ってきてもらってありがとう」

 「一応お兄ちゃんには、いつものやつを買ってきたんだけど……」

 「さすがは我が妹、俺の好みはバッチリだな」


 自分の分は完全に一任していた結衣里のチョイスに、司は目をキランと輝かせて鷹揚に頷いた。


 司はこれで、エビやカニの類が大好きだったりする。

 もちろんハンバーグのような肉料理も好きなのだが、それらとは一線を画すほどには無類の甲殻類好き派閥なのだ。

 なので、このハンバーガーチェーンのメニューを頼むときはほとんど必ずと言っていいほどエビカツを挟んだバーガーを選ぶ。

 もちろん結衣里は日々夕食を作ってくれているので、司の好みなどは本人以上に把握している。


 「はー、こんなとこでも夫婦を見せつけてくるねぇ」

 「なんとでも言え。結衣里のご飯は世界一だって、割と本気で言う自信あるからな」

 「さ、さすがにそれは言い過ぎだから……」

 「毎日作ってもらっておいて、一番じゃないってのもおかしいでしょ? ここ2年で、舌がすっかり結衣里の味を覚えさせられたよ」


 高級レストランの味にも勝るなどとは言わないが、毎日食べても飽きが来ないというのはすごいことだと思う。

 少なくとも司にとっては、結衣里の料理が世界で一番だというのは紛れもない真実である。


 「……ねえ、私やっぱりお邪魔じゃない? このアツアツのカップルの間に挟まれてるの、ここにいるだけで胸焼けしそうなんだけど」

 「揶揄からかわれたら、下手に誤魔化すよりも堂々としている方が有効だって学んできたからね。茶化そうとしてきた羽畑さんの判断ミスだな」

 「あーはいはい、私が悪うございました。……いいな、結衣里ちゃん。お兄ちゃんと仲良くできて」


 少し寂しそうな顔をする羽畑さん。

 彼女は彼女で“お兄さん”との仲を悩んでいるだけに、司たちの仲の良さには思う所がありそうだった。


 「羽畑さん……」


 結衣里も何か感じ入るところがあったようで、少しの間会話が止まり、思い出したかのようにみんなで各々頼んだものを食べ始める。


 「それにしても、今日ここで二人に会うとは思わなかったな」

 「だねえ。俺たちはインドア派だし、そうしょっちゅう来ることはないから……羽畑さんはよく来るの?」

 「たまにね。ウィンドウショッピングも好きだし、やっぱりこういうとこってテンション上がるよね。友達と行くときは学校に近い方に行くから、こっちに来るのは久しぶりなんだけど」

 「まあ、うちの学校だとそうだよね」


 司たちの学校の生徒にとってはこのショッピングモールが穴場なのは間違いないようで、羽畑さんは今日は一人なのでたまたま家に近いこちらに来ただけだったらしい。


 「司くんたちは、よく二人でお出かけするの?」

 「言うほど多いわけじゃないけど、出かけるなら大抵は一緒かな。母さんとか、いる時は父さんも揃って外出するのがほとんどだけど」

 「家族みんな仲良いんだね。私は親があれだから、家族で出かけることもほとんど無くって」

 「神社って基本的に休み無いもんね……待って、もしかして宮司さんって年中無休?」

 「うちはそこそこ大きめの神社だから、神主さんも何人かいて、交代でお休みを取ってるよ。お休みの日は朝のお勤め以外はお仕事も無いし……」

 「いや、って……大変なんだね、神職って」

 「そうかも。そこも修一兄さんが嫌がる理由みたいで、アハハ」


 自虐的に笑う羽畑さんも、目は据わっている。


 「…………そうだよね……神社を継いだらお休みもまともに取れないし、旅行なんて行けっこないもんね…………身内ですらこれなのに、婿入りしてくれる人なんて…………ふふっ、かず後家ごけまっしぐらだよねぇ……アハハ」

 「おーい、羽畑さーん……戻ってきて」


 闇に入り込みそうになる羽畑さんをムリヤリ引っ張り戻す。


 本人はこうは言っているものの、羽畑さんとなら結婚して婿入りしても良いと思ってくれる人はいるはずだと、司は思っている。

 彼女自身が良い人なのは間違いないし、本人の器量もすこぶる良い。


 ただ本人が熱烈に希望する当の相手が、その気がない上に神職を嫌がっているというのが……何とも辛いところである。


 「なんかもう最近は、修一兄さんのことも諦めるしかないかなって思ったりもね。はぁ……」

 「……!」

 「……それで良いの、羽畑さんは?」

 「っ────良いわけないよぉ……それで簡単に諦められるなら、こんなに悩んでないからッ!」

 「うわっ、いきなりキレないで!?」


 突然爆発して、テーブルを叩く羽畑さん。

 普段の温厚な彼女からは想像もできない荒げた行動に、近くのテーブルの人たちがビビッている。


 今のところ、彼女か修一さんのどちらかが何かを諦めるしかないという、残酷な現実。

 神様も自分に仕える人間たちの末裔に、過酷な運命を与えたものだ。


 「……やっぱり今日、司くんたちに会えてよかったかも。今日ここに来たのも、家にいたら一人でずっとモヤモヤしっぱなしだったからだし」

 「それは、よかったよ色んな意味で……」


 なんと返事をしたらいいのか、なんとも困る。

 だがそれでも友達がこうも悩んでいるのなら少しでも力になりたいし、気晴らしになれたのならば、こうして偶然出くわしたのも何かの導きなのかもしれない。


 ……最近色々あったせいか、妙に信心深いところが出てきた気がすると、我ながら思う司なのだった。


 「…………ねえ、お兄ちゃん。その……この後ちょっとだけ、羽畑さんと一緒に回ってきていい?」

 「結衣里ちゃん?」


 ふと、結衣里がおずおずと司に訊ねる。


 「……わかった。俺は一人で適当に潰しとくよ」


 人見知りな結衣里には珍しく、自分から羽畑さんのことを気にかけ、相談に乗ろうとしているのだろう。

 兄として結衣里の成長は嬉しく、また羽畑さんが心配なこともあり、おおよその意図を察した司は二つ返事で頷いた。


 「ご、ごめんね? せっかくの……なのに」

 「はは、あくまで練習だしな。それに、なんなら続きは別の日でもいいだろ?」

 「! う、うん」


 ぱあっと顔が明るくなる結衣里。

 あくまで司のための練習デートではあったが、それはそれとして結衣里も楽しんでいて、中断するのを残念に思ってくれているのだと思うと嬉しかった。


 (どうせなら、次のときのプランでも考えとくかな)


 どうせ時間が空くのであればと、結衣里に喜んでもらうためのあれこれを考える時間に充てるのも良いだろう。


 自然とそんなことを考えてしまうあたり、本当に妹大好きシスコンが過ぎるだろうと、自分で自分に呆れる司なのだった。

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