34. デートは楽しませてこそ
「着いたっ」
目的地に辿り着いた途端、結衣里がテンション高めに声を上げた。
デートの練習ということで、舞台に選ばれたのは司たちのよく行くショッピングモールだった。
練習をしようにもデートどころか恋愛経験も皆無な二人なのでどこに行くかは色々と話し合ったのだが、高校生のデートといったらショッピングモールだろうと、結局無難な内容に落ち着いたのだった。
練習でいきなり奇を
ショッピングモールなら特に用事がなくとも気軽に立ち寄れるし、初デートだとしても下手に気負いすぎることもない。
事実、何回かは結衣里と二人で訪れたこともあり、特別感はあまり無かった。
「そういう意味では、いっつもデートしてたようなものだよね」
「まあねえ。大抵は母さんや父さんも一緒だったけど。映画観たり、遊ぶなら大体ここで事足りてしまうから」
最寄り駅からバスで10分という絶妙な距離にあるこのショッピングモールは、この辺りの学生が遊ぶにはもってこいの総合商業施設だ。
映画館もあり、店もたくさんあり、友達同士で駄弁るのにも最適なフードコートがありと、その気になれば一日中過ごせる空間。
そうなると知り合いと出くわしてしまいそうなものだが、駅からは離れたロードサイドの施設という、学生の活動圏からは絶妙に外れた立地がうまく働いている。
「休みの日だけど、やっぱり大人の人とか家族連れが多いね」
「学生は車なんて持ってないからね。学生にとっては穴場かもしれないな」
バスがあるとはいえ、駅から離れているというのは電車の沿線を活動範囲とする学生には足を伸ばしづらい場所だということ。
列車によっては数駅向こうに行けば都会のターミナル駅があるわけで、家が近くでもない限りわざわざこちらに来る動機が無いのだ。
少なくとも、司が高校での知り合いと鉢合わせる可能性はほぼ皆無。
結衣里の通う女子校の生徒なら来る可能性もあろうが、結衣里はそれほど気にしていないらしい。
「ほらほらお兄ちゃん! 梅雨前だからかな、紫陽花柄の新商品がきてるよ」
結衣里は手始めにとばかりに手近なインテリアショップに突撃しては、楽しそうに「これ、かわいいよね!?」などと司に見せつけては同意を求めてくる。割といつもの光景だ。
こういう時は安易に否定してはならないが、さりとて完全なイエスマンになるのもNGという、難しい判断が求められる。
結局は自分の感性に従って感想を述べていくしかないのだが、結衣里が相手ならそういった空気の読み方も手慣れたものだ。
司も伊達に母や結衣里に買い物に連れ回されてきていない。
他の女の子が相手では、そう上手くはいかないのかもしれないが。
「さてと! せっかくデートなんだから、それらしいことしないと! いつまでも妹モードだと練習にならないもんね」
いくつかの店を回って、たっぷり2時間は兄妹デートを堪能した結衣里が、思い出したかのようにいきなりそんなことを言い出した。
「なんだよ妹モードって」
「今日のわたしはお兄ちゃんの『カノジョ』だよ? なのにさっきからお兄ちゃん、わたしに対するあしらい方がいつもと一緒なんだもん。ちゃんとエスコートしなきゃ。今のところ、お兄ちゃんの得点は0点ですー」
「んなこと言われてもなぁ。どんな状況だろうとどんな姿だろうと、結衣里は結衣里だし」
「それじゃ練習の意味ないでしょーっ! デートは相手を楽しませてこそ、だよ!」
「あ、もしかして結衣里、楽しくなかった? なんだか嬉しそうに笑ってるから、楽しんでるものかとてっきり……」
司の隣で、さっきから結衣里はいつもの3割増しくらいでテンションが高かった。
その様子を見てご機嫌なのだと判断していたのだが、どうも違ったらしい。
「考えてみれば、結衣里って生粋のインドア派だし。こういうお出かけで楽しませるのは案外難しいのか……」
「な、なんでわたしを楽しませる話になってるの?」
「相手を楽しませろって言ったのは結衣里だろ。これは結衣里とのデートなんだから、結衣里を楽しませられるように考えるのは当たり前だよ。俺も、結衣里が楽しそうにしてるのを見るのは嬉しいし」
司の一言に、結衣里はぼふっと音を立てて顔を赤くした。
「なっ、な、なあぁっ!? なななにをいってるのおおお兄ちゃんっ!? これはあくまで、お兄ちゃんのデートの練習でっ……!」
「だから、練習させてもらってるよ。好きなこととか、楽しいことって人によって違うのが当たり前だし。相手の好きそうなものとか、喜びそうなことを探しながら一緒に遊ぶことを訓練させてるのだとばかり……あれ、違った?」
水野家では女性陣の発言力が強いので、女性二人と同居する司はどうしたって振り回されがちになる。
連れ回されている間は辟易してしまうものだが、その時間が楽しくないかと言われれば決してそんなことはなく、疲れはするがなんだかんだ言って楽しそうにはしゃぐ彼女たちを見ているのは心地良い。
ゲームなどの他にこれといって趣味のない司にとって、大切な人たちが嬉しそうにしているのを見ることは、大いに自尊心を満たしてくれる時間だ。
妹相手だというのが残念なところだが、いつか彼女ができた時には、きっとその人のことも喜ばせたいと思うようになるのだろう。
「…………おにいちゃんのそういうとこ……ズルいよ…………」
何ごとかを呟きながら、後ろを向いて一歩二歩と距離を取る結衣里。
「あの、俺なにかしちゃった?」
「まって、こっち見ないで。がんばって顔戻すから……ゼッタイ見ちゃダメだからね?」
「お、おお……?」
ふぅー、ふぅーっと何度か深呼吸を繰り返し、ぺちぺちと頬を叩く結衣里の奇行。
司は怪訝そうにしながら、言われた通りに別の方向に目を向けていた。
「…………あれ?」
ショッピングモールを行き交う人たちをなんとなく眺めていると、その中にふと、見知った顔を見つけたような気がした。
「────あ!」
すると、その相手の方も司を見て気が付いたらしい。
「司くん! 結衣里ちゃん!」
驚いた顔をして、駆け寄ってくる人影。
誰あろう、最近何かと接点の多いクラスメイトの羽畑さんだった。
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