33. デート(練習)


 次の週末。


 「────ごめん、待ったっ?」


 駅に着いてしばらく待っていた司に、後ろから結衣里が声を掛ける。


 「そこそこね。先に出ててとは言われたけど、思ったより時間かかったな」

 「はいダメー! そこは、ウソでも『いま来たとこだよ』って言わないと」

 「今時そんなテンプレのやり取りするかなぁ……てか俺が出た時間知ってるだろ。同じ家に住んでるんだから」

 「ダメだよお兄ちゃん、これは練習なんだから。今のわたしはお兄ちゃんのカノジョって設定でしょ。ホントのカノジョさんが遅れてきた時も、そんな風に冷たくするつもりなの? こんなだからお兄ちゃんはカノジョできないんだよ」

 「なんだこの彼女面倒くさいな」


 顔を合わせた途端ダメ出しをしまくる彼女(仮)こと妹の結衣里。


 今日は結衣里を恋人に見立てて、いざ本当に彼女ができた時に備えてのデートの予行演習をすることになっていた。

 気の置けない妹が相手とはいえ、逐一行動を評価されダメ出しされるのは結構心に来るのだが、今後実際に女の子を誘うことが無いとは言い切れない。

 女の子の視点から見たデートというものへの意見を知りたいと思って、司が頷いたものだから話がややこしくなった。


 「むう。仮にも『カノジョ』に向かって面倒くさいは無いんじゃない?」

 「あーはいはい。悪かったって。ま、結衣里のそういう夢見がちなところも可愛いからいいけどさ」

 「かっ、かわっ……!? い、いきなり何を言ってるのかなっ、お兄ちゃんっ!?」

 「んー? 『カノジョ』なんだから、褒めるのは当たり前だろ」

 「もぉっ、もぉっ、もぉっ!! そういうのは、もっとこう、雰囲気が出てきてから言うべきだと思いますっ!!」

 「んなこと言われても、妹相手にそんな雰囲気にはならないだろ」


 真っ赤になってあたふたする結衣里。かわいい。

 結衣里が言っていたように、せっかくのデートなら女の子のことは積極的に褒めるべきなのだろう。

 誰だって褒められたら悪い気はしないし、見え透いたおべっかを並べるよりも、ふと思ったことを素直に口にする方が効果的なようだ。

 ……などといった所見を、心のメモに書き留めておく。


 結衣里を実験台に、女の子と過ごす上でのあれこれを試しておけるというのは案外悪くないかもしれない。

 現に思い切って女の子を誘った結果、不測の事態で散々な結果に終わったヒカルという先例もある。

 今後も結衣里から彼女作りをせっつかれることになるなら、ノウハウを溜めておくに越したことはない。


 「そっ、そんなことじゃなくて、この服を褒めてよぉ!! 思い切ってとっておきを着てきたんだからっ」


 そう言って一歩下がり、くるりと一回転して見せる結衣里。

 たしかに今日の結衣里は家でのラフな格好のイメージとは違っていた。


 髪型こそいつもの二つ結びだが、全身をひと目見て真っ先に受ける印象は「白」。

 肩に掛けたバッグから靴の先まで、あえて白で統一されたシルエット。

 少々お値段の張りそうなカットソーのブラウスや幾何学的なチェックのスカートには、主張しすぎない程度のフリルやリボンがあしらわれている。

 いわゆるロリータ系というものなのだろうが、ファッションに疎い司には細かいところは分からない。

 普段は家でしか掛けていないメガネをあえて掛けているのも、整った結衣里の顔立ちに視線を誘導し、彼女の魅力を存分に引き立てている。


 「それはもちろん褒めるつもりだけど……うん。正直、見違えたかと思った。こんなのも持ってたんだね。かわいい」

 「ふふん。お母さんが買ってくれたの。こういうのは若いうちにしか着れないんだから、って」

 「へぇ……冗談抜きで可愛いというか、これ、一緒に歩いて大丈夫かな?」


 服にバッグに小物まで、完璧に仕上げられた結衣里の装い。

 対する司も、デートということで小綺麗な外出着を着てきてはいる。

 何を隠そう、このあいだ母親に付き合わされた時に買ってもらったものだ。

 とはいえ付け焼刃のファッション初心者のコーディネートでは、一分の隙も無いと言っていい装いの結衣里と並んでしまうとさすがに霞んで見えるような気がした。


 女性は買い物に時間がかかるもので、母と結衣里が揃って出かけると必ずと言っていいほど帰りが遅くなるのだが、その結果がコレならば納得もできるというもの。

 15年間兄をしてきたが、ファッションという初めて知った妹の意外な得意分野に、司は素直に感心していた。


 「大丈夫大丈夫。お兄ちゃんもカッコいいよ? さすが、お母さんの見立てに間違いはないね」

 「ああ。今になってその有り難さを痛感してる」


 結衣里はそう言って褒めてくれるが、今回ばかりは司の完敗だ。

 一見すると清楚に見えて、どこか小悪魔めいたイタズラっぽさを覗かせる服装は、悪魔でありながら中身は天使そのものという結衣里の性格を体現しているかのようだった。


 「ふふふっ、この格好ならもしかしたら、しっぽを出しててもそこまでヘンには思われないかも? そういうファッション〜、みたいな」

 「それは、どうだろう……それとこれとは別の話な気が」


 いくら服装が小悪魔っぽいとしても、しっぽや羽が生えていたらそれはファッションではなくコスプレでしかない。


 「ちなみに、中は黒だからもし見えても一体化して気付かれないよ」

 「中、って……」

 「そりゃ……って、いまのナシっ……!!」


 そう言って結衣里があわててスカートを押さえる。

 別に見えていたわけではないのだが、思わずそこに視線を向けてしまっていた司もぶんっと勢いよく目を逸らした。


 こういう妙な自爆も、“悪魔化”の影響なのだろうか?


 「……~~~~……っ……」

 「……えーと……それはそれとして、黒はその、攻めてない?」

 「……お兄ちゃんのえっち……」

 「いや、だって、さあ!」


 聞いてしまったものは仕方がないし、そこは兄として注意しておきたい部分でもあった。

 いや、妹がどんなものを身に付けていようと勝手なのだが。


 これも悪魔の誘惑だったりするのか? と、妙な気分にさせられる司だった。

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