32. 好きだから


 「あ〜〜っ、負けたぁーっ!!」


 兄の隣で結衣里が吠える。

 悔しそうな顔で歯噛みしながら、目にはうっすら涙も浮かべていた。


 現在、司は結衣里をボコボコにしていた。

 …………もちろん実際のケンカではなく、ゲームで。


 「……もっかい! もっかいやろ!? 今度は勝つっ!!」

 「あのな。3回負け続けてからの、ようやく掴んだ2勝だってのに、少しは兄に華を持たせてあげようとは思わないのかい?」

 「勝ち逃げなんて許さないから! ううう、他のゲームなら完勝できるのに……!」

 「他じゃ勝負にならないから、コレにしたんだよ。はあ、一番得意なこのゲームでもギリギリ五分五分にしかならないとか、改めて結衣里のガチさがヤベえ」


 結衣里はこう見えてガチのゲーマーで、要領も良いので色んなゲームに手を出してはすぐに上達する。

 司も相手をさせられることはあるが、結衣里ほどには強くなれない司では基本的に結衣里に対しては手も足も出ない。


 そんな中で、司が結衣里と渡り合える唯一と言って良いゲームがこのゲームだった。

 対戦相手を吹っ飛ばし、場外に出た方の負けという単純明快なこのゲーム。

 司が得意というのもあるが、それよりも単純な実力だけではないギミックやアイテムへの対応力や柔軟性が求められる仕様から、結衣里が苦手としていることが大きい。

 手広くやっている結衣里に対して唯一優位を取れるゲームということで、司はこれだけを重点的にやり込んでいた。

 それでも連敗を喫していたのだから、実力の差というものをひしひしと痛感する。


 妹に勝つために必死と書くと情けないが、兄には兄の保つべき威厳というものがあるのだ。


 「そんな、お兄ちゃんには威厳とかどうでもいいですー」

 「いやだってさあ、いつも妹にボコボコにされる兄ってのもどうかと思うじゃん?」

 「妹の弱点を執拗に攻めていじめてくる兄っていうのもどうなの」

 「それを言われると辛いけども」


 ぷくーと膨れながら真っ当な非難をぶつけてくる結衣里。


 おかしい、試合には勝ったのに気分的には負けた気がしてくる。

 いや戦績で言うなら2対3で負けているので、負けていることに違いはないのだろうけれども。


 「まあいいけどね。お兄ちゃんと一緒に遊べて嬉しい」

 「……なんていうか申し訳ない。情けない兄で」

 「べつに情けなくなんてないもん。負けるのはシャクだけど、こうやって真剣にバトれるのは楽しいし。桐枝ちゃんと弟くんのケンカも、こんな感じなのかなぁ」

 「ううん……どうだろう。聞いてる感じだとガチのケンカやらかしてそうだけど」


 結衣里はケンカ友達と形容したが、早川さんのところの姉弟のように憎まれ口を叩き合う関係というのは疲れそうな気がする。

 もちろんお互いを認め合ってのことだろうから険悪な雰囲気ではなさそうだが、事あるごとにチクチクと嫌味を言われるのは心にきそうだ。


 少なくとも、自分が結衣里にキライだとかウザいなどと常日頃から言われ続けるのは耐えられない……と考えたところで、そういえばいつもそんなことを言われているのに溺愛をやめない人間が水野家にはいたことを思い出した。

 「上級者になれば、娘の反抗期も味わい深くなってくるもんだ」とは、当の父親の弁。

 なお、結衣里本人からはドン引きされていたのは言うまでもない。


 「……でも、一緒にゲームできて嬉しいっていうのは、ホントだよ? だって普通の女の子だったら、買い物とかの方が楽しそうにしてるものでしょ」

 「買い物は結衣里も好きでしょ」

 「そういうことじゃなくって、そういう時しか一緒にいないってこと。やっぱりお兄ちゃんとは一緒にいたいもん」

 「俺もだよ。趣味が合うとか、理屈や建前はどうでも良くて、結局は好きだから一緒にいるんだ。ケンカしていようが遠慮し合っていようが、そこは家族とか兄妹以前の、人として気が合うかどうかの話だよ」


 家族といえど人間である以上、好き嫌いや相性の良し悪しは存在する。

 好きなものや性格が合う相手なら一緒にいても苦にはならないが、ウマの合わない者同士ではどうしたって同じ空間には居づらい。


 その点、司と結衣里は同じインドア派で、自然とお互いを尊重し合える間柄なので一緒にいてもストレスはほぼ無い。

 朝型と夜型という生活時間の違いこそあれ、もし1週間同じ部屋で暮らせと言われても問題なく過ごせるくらいには気を許せる相手だ。


 「好き、だから……」

 「いやうん、ヘンな意味じゃなくてね?」

 「うっ、うん……」


 結衣里が口元に手を当ててほんのりと頬を赤らめてしまい、微妙な空気になる。


 なにせつい昨日、結衣里から頬にキスをされたばかり。

 あれはあくまで司に発破をかける意味も兼ねたイタズラだったとはいえ、文句なしに可愛く甘え上手な妹からのキス。

 意識しないでいられるはずがない。


 「……」

 「……えっと」


 今まではあえて考えないようにしていたのだが、一度思い出してしまうと途端に気恥ずかしくなって、距離を取ってしまった。


 「えと……そ、それで、カノジョ作りの方はどうなの? 羽畑さんとはあれから進展あった?」

 「はぁ、またその話か……何度も言うけど、羽畑さんは最初から対象外だからな? あの子の方はまだ色々気にしてるみたいだけど、修一さんについては何も。彼女作りがどうのっていうのは、正直忘れてた」


 まさか、羽畑さんのせいで司が彼氏である疑惑をかけさせられたなどと、馬鹿正直に言うわけにもいかず。

 そんなことを知られたら絶対に詳細に問い詰められ、煽られるに決まっている。


 「はぁ、まったくお兄ちゃんは。健全な男子高校生としての欲求が足りない気がする。お兄ちゃんだってカノジョと一緒に登校したりとかデートしたいとか、ちょっとは思わないの?」

 「ううん、興味が無いわけじゃないけど、無理をしてまでしたいとまでは……お金かかりそうだし」

 「現実的っ! いいですかお兄ちゃん、デートっていうのはどこに行くかじゃなくて、誰と行くのかが重要なのであって……」


 何かスイッチが入ったのか、滔々とうとうと語り出す結衣里。

 自分が楽しむだけじゃなく相手を楽しませるのが大事、普段とは違うおめかしをしてきている女の子をちゃんと褒めること、さりげない気遣いを女の子は見ている、などなど云々。


 正直、そんなに気を遣わないといけないのなら余計にしたいと思えなくなってしまうのだが、わざわざ口に出したりはしない。

 結衣里とて女の子、そういった理想のデートに憧れる気持ちのひとつも持っていて当然だろう。


 「……こうなったら、お兄ちゃんにはデートの練習をしてもらうしかないよねっ!!」

 「なんでそうなる」


 いつも通り無茶を言い始めた結衣里に、司は深くため息をついた。

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