31. ケンカ友達
「はぁ、まったく散々な目に遭った……」
帰宅して早々、司は盛大にため息と愚痴を漏らした。
「おかえり。どうしたのお兄ちゃん?」
そんな司を出迎えながら気遣う結衣里。
徒歩圏内に通っているため、先に帰ってきては毎日のように司を待っていてくれる出来た妹に、癒しと感謝を感じずにはいられない。
「まあちょっと学校でね……はあ、こうやって慰めてくれる結衣里が有難くてしょうがない。結婚しよ」
「け、結婚っ!? きょ、兄妹で結婚はできないからっ……!」
「いや、冗談だし……って、こういうとこかぁ」
昼間、羽畑さんが言っていたことを思い出す。
司は親しい相手ほど雑に対応しがちだという。
結衣里のことは大事にしているつもりだが、それはそうと照れ隠しや気軽なノリで乱暴に扱うこともままある。
思い当たる
「ううん……べつに、お兄ちゃんになら乱暴にされても構わないっていうか……お兄ちゃんはわたしの本当にイヤがることは絶対にしないだろうし。取っ組み合いのケンカとかしたことない」
「女の子相手に手が出るのはダメだろ……そのくらいは弁えてます」
「う〜ん。ちょっとくらいなら、むしろしてみたいって気もするんだよね。出してくれてもいいんだよ?」
「しません。大事な妹なんだから」
スン、と澄ました顔で言う司に、結衣里は不満ぎみだ。
司がどかりと身を沈めたソファの後ろに回り、身を乗り出し気味に寄りかかりながら司の顔を覗き込む。
目を上げれば、逆さまの結衣里の顔がぷくーと膨らんでいた。
「いいじゃん、ケンカ友達みたいな関係。桐枝ちゃんのとこは弟くんとしょっちゅうケンカしてるって言ってたのに」
「へえ、意外だな。あんな礼儀正しい子が。家族の前では別の顔ってやつなのかな?」
「弟くん、まだ小学生なのに礼儀正しくて、しかも賢いからナマイキなんだって言ってた。でも憎まれ口を言ってるわりに、弟くんのこと大好きみたいなんだよね〜」
「なるほど、それでケンカ友達か。たしかに仲が良いからこそケンカできるって部分はあるのかもね」
家族とはいえ、いや家族だからこそ相容れない部分や我慢しなければならないこともある。
家族という繋がりに絶対の信頼を置いているからこそそれらをぶつけ合ってケンカできるのだとすれば、それはそれでひとつの理想的な家族関係なのかもしれない。
「……もしかして、わたしたちって仲悪い?」
「なんでそうなるんだよ。俺たちほど仲の良い兄妹は他にいないぞ? それはもう、みんなから言われまくってるくらいに」
「でも、お兄ちゃん前に言ってたじゃない。結構ガマンしてることも多いって。わたしお兄ちゃんに対してそんなに気を遣ってないし、お兄ちゃんに一方的にガマンさせてるって思ったら……」
珍しく、不安げな様子を見せる結衣里。
前の羽畑さんとの会話で司が口にしたことを、ずっと気にしていたらしい。
「そんなこと言ってないよ。俺が言ったのは、俺も結衣里もダメな所はあって、もしかしたら結衣里も俺に文句のひとつも言いたいことがあるかもしれないってこと。俺自身に結衣里の文句なんて無いよ」
「でも! ……わたし、朝は弱くていつもお兄ちゃんに起こしてもらってるし、部屋も片付けてなくて呆れられたりしてるし……」
「分かってるなら直せばいいのに……ってのは置いておいて。それ、結衣里の弱点というか欠点なのはそうかもしれないけど、イヤだなんて思ってないからね? 俺は。そういう手のかかる所も含めて、可愛いと思ってるよ」
手を伸ばして結衣里の頭を撫でる。
「…………お兄ちゃん、オンナたらしに磨きがかかってる気がする。でもわたしを口説いてどうするの」
「そんなつもりないっての。弱点ってなら、俺だって料理は出来ないし、毎日結衣里に作ってもらってばっかりだよ」
「それはっ! それはわたしの役目だし、趣味みたいなものだから……」
「そう言うと思ったけどね。でも助かってるのは事実だし、いつも申し訳ないなって思ってるんだよ、やっぱり。同じことさ」
結衣里は「むぅ……」とだけ漏らしつつも、
「それにしても、ケンカ友達みたいな関係か。憧れる気持ちは分からなくもないかな…………あ、そうだ」
そこで、ポンとひとつ手を叩く。
「あるじゃん、ケンカすること。俺たちでもさ」
「え?」
「そうだな。いつも負けてばっかだし、たまには“ナマイキな結衣里”をボコボコにしてやろうか……」
「……それって……」
ニヤリ、とわざとらしい笑みを浮かべてみせた司を見て、ピンときたように結衣里もニヤッと口元をゆがめた。
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