30. 爆弾低気圧
「────っかーぁ、こうも毎日毎日野郎とばっかつるんでたら、気が滅入るぜ!!」
今日も今日とて、学校ではいつもの男子三人組で集まっている。
確かに変わり映えの無いメンツであり、気負わない仲の良い者同士で集まることは悪いことではないのだろうが、華がないというのは事実。
「なんだよ
「先週末、せっかく思い切って女の子に声を掛けたのに、急な大雨でドタキャンされたらしい。雨も降られて女の子にもフラれて、散々だったんだそうだ」
「それはそれは……ご愁傷様としか」
たしかに、土曜日のあの大雨はかなりの酷さだった。
あの雨の中を全力疾走してずぶ濡れになった身としては、あの中でデートは無理があると断言できた。
一念発起して女の子を誘い、いざデート当日になって土砂降りの大雨とは、つくづくヒカルも運が無い。
「一体オレが何をしたって言うんだよぉ……」
「日頃の行いだな、日頃の」
「まあ……なんだ。チャンスはまたいくらでもあるさ」
さすがに不憫に思い、忠治と二人で友人を慰める司。
いつも通りのバカ騒ぎではあるものの、周りで聞いている連中も今日ばかりは気の毒そうな顔をしていた。
「────その……ごめんね?」
と、すぐそこにも、ヒカルに対して同情を込めた目で話しかける女の子がひとり。
いや、その目は憐れみというよりも、申し訳なさそうな雰囲気をなぜか漂わせている。
その相手とは────
「え? って、ああ、羽畑さん!? 羽畑さんに心配してもらうほど、落ち込んじゃいないぜ!」
「ふえっ……そうなの?」
「ああ! むしろ羽畑さんが声掛けてくれたおかげで元気いっぱいだぜ!」
ほら食欲もこんなに、と言わんばかりに昼食の残りをガツガツとかき込むヒカルに、未だ恐縮しきりな態度の美少女。
あの日の雨は、御神体の異変や羽畑さんの感情に呼応して激しくなったり急に晴れたりと目まぐるしく変わっているように見えたので、ヒカルの件も自分のせいだったなどと責任を感じてしまっているのだろう。
一方当のヒカルはといえば、クラスで一二を争う人気者から話しかけられて少々有頂天ぎみだ。
「そうだよ。コイツは自分を変えるために果敢にも女の子にトライして、見事に玉砕したってだけだ。
「水野くん。でも……」
「雨が降った程度で断ってくる相手なんて、きっとその時上手く行ってもすぐに破綻するさ。むしろ、上手くいかなくてラッキーだったかも。コイツ、そんな相手を気遣えるほど器用なヤツでもないし」
「ヒドイ!」
ヒカルが横から抗議の声を上げるが、ある程度誠実な人間なら幾らなんでも雨が降っただけですっぽかしたりはしないはずだ。
別の日にするとか、せめて断るにしても埋め合わせのしようはあったわけで、その点ヒカルに対してかなりおざなりな態度が感じられる。
ヘンな女に捕まらなくて良かったというのは、司としても割と本心だった。
それに、司にとっても「女の子にアプローチして失敗した」というのは何も他人事ではないことを、目の前の相手だけは知っている。
「そもそも、羽畑さんが謝ることでもないし。雨が降ったのは
「……今日は司、やけにオレに辛辣じゃない?」
「別にヒカルのことだなんて言ってないだろ。雨は誰のせいでもないし、フラれた男は潔くあるべしと言ってるだけだよ」
「うわーん忠治〜! 司が
あくまで自分が責められていると受け取ったヒカルが泣きつき、忠治がよしよしと慰めている。
男が男に泣きつく絵面だけ見るとキモいのだが、ぶーぶー言いながら分かりやすく口を尖らせ司への悪態を吐いているあたり、これもじゃれ合いのようなものだ。
ノリの良い友人たちを持つと深刻にならなくて助かる。
「……えっと」
「そういうことだから、気にしないで」
「あ、うん……」
三人組のバカ騒ぎに呆気に取られ気味な羽畑さんに、司はこっそりと目配せする。
そもそも司がなぜ
結衣里に言われたからとはいえ、結果的に司はクラスメイトのままでいようと思っていたはずの羽畑さんに対して、女の子として接し始めてしまっていた。
修一さんという想い人がいたことであえなく撃沈することとなってしまったが、元々本気でアプローチする気ではなかったため、さほど気にはしていない。
女の子に対して積極的になろうとして失敗したのはヒカルと同じ……いや、結衣里にお膳立てされてなし崩し的にそうしてしまった分だけ司の方がヒドいとも言えるので、同情されたり気を遣ってもらう余地など無いとも思っていた。
だが、羽畑さんとしてはその後の一件も含めて負い目を感じているようで、あれ以降彼女は何かと司に対してぎこちない接し方になっていた。
なのでヒカルを
ついでに、あの大雨が自分のせいだという引け目もあるようなので、それもきっぱりと否定しておく。
いくら水の神様をお
推定で悪魔となった結衣里が無意識に“誘惑”しようとしてしまっているかもしれないなんて言っている現状、そんな非科学的なことがあるはずが無いんだと、自分で納得したい気持ちもあるのかもしれない。
「……わかった。気にしないようにするから」
「ああ。それがいいよ」
司の意図は伝わったようで、少し困ったような優しい目をして羽畑さんは頷いた。
「────それにしても、羽畑さんもちょっと雰囲気変わったよな。前まではこうやって話す機会も無かったのに」
ひと段落したところで、ヒカルがふと気が付いたように口にする。
周囲の認識として羽畑さんは普段からフレンドリーで、男女分け隔てなく接する人ではあるものの、用もなく自分から男子に話しかけに行ったりもしない印象を持たれていた。
考えてみれば学校外に好きな人がいるのだから、下手な男女関係に巻き込まれないように気を遣っていたのだろう。
「そうかも。ちょっとキッカケがあったというか……」
「? まあ、オレとしては羽畑さんとお話できて嬉しいけどな!」
これもある種のガードの固さなのだろうが、彼に付き合っている相手がいると判明した現在では、そのあたりも少し吹っ切れたのかもしれない。
従兄のことを諦めたつもりはさらさら無いようだが、彼女に他に目を向けるだけの余裕ができたことはクラスの男子たちとしては喜ぶべきか、それとも無駄な期待をさせられることを嘆くべきなのか。
現にヒカルなどはそのあたりの機微までは察することができず、分かりやすくデレデレした様子を見せていた。
ここまで露骨に態度に出さずにさえいればもう少し女子への受けも良かろうにと、司は内心でため息をつく。
既に心に決めた人がいるのに、外野から色目を使われても困るだけだろうと。
「ったく、あんまり鼻の下を伸ばすなよ。こうして話してくれるようになったのも、俺らは眼中にないってことだろうし」
「なっ、なにおう!」
「むっ」
肩をすくめながらヒカルを
余計な期待を寄せるんじゃないと忠告したつもりだったが、案の定ヒカルは図星を突かれて逆上する。
照れ隠しもあってか掴み合いにまで発展したが、気になるのはそれを間近で眺めている羽畑さんも、なぜか不満げな表情をしていることだった。
「えっと、羽畑さん?」
「むー……」
「気にしなくても、これくらいのケンカは一種の愛情表現みたいなもので……」
また自分のせいだと心を痛めているのかと思って釈明するが、彼女の表情は晴れない。
が、ふいに一転してニヤリと小悪魔めいたイタズラっぽい笑顔が浮かぶ。
その顔は、結衣里がたまに見せる表情によく似ていた。
「ふふっ。眼中にないっていうのは、その通りかもね? 私としても、
「え?」
「それって……」
普段そういった話の出ない羽畑さんから発された「恋愛事」という匂わせの言葉に、周囲がざわつく。
ひとり事情を知る司は、意外な展開にぱちくりと目を丸くして驚いていた。
「でも、真剣に恋愛しようとしてる大宮くんに対して、ちょっと茶化しすぎじゃないかしら。
「えっ!?」
羽畑さん以外の全てが一瞬、凍りついた。
「えっ、ちょっ、え??」
「結衣里ちゃんも言ってたけど、親しい相手ほど雑に扱う傾向あるよねえ、司くんって。これもある種の思春期なのかな?」
唐突な司に対する名前呼び。
さらには妹である結衣里との親交も匂わせる発言に、周囲が一気に混乱に包まれる。
「な、羽畑さん、その呼び方……!」
「だって『水野』だと結衣里ちゃんと被っちゃうでしょ? 司くんだって修一兄さんのことを名前で呼ぶようになったし、だったら私が名前で呼んでもいいよね」
「だからってそんな、わざわざ邪推されるような真似」
「
耳を寄せ合ってコソコソと二人で会話する。
その様子に
司ははぁ、と大きなため息を盛大に吐き出した。
「まったく。……もし俺がその気になったらどうするつもりなんだか」
「そこはホラ、結衣里ちゃんもいるし、司くんのこと信用してるから。それに、こうしておけば結衣里ちゃんの目の届かない学校で勝手に女の子に手を出せないだろうし……」
「え? 何か言った?」
「べつに、な~んでも」
最後の方の言葉は聞き取れなかったが、何やら不穏なことを呟いていたような?
が、それを追及する間もなく、司はヒカルや忠治や、その他クラスメイトたちに囲まれていた。
「司ぁ! どういうことだよお前! いつの間に羽畑さんと!!」
「確かに最近、クラスの仕事で一緒になる機会は多かったが……まさか名前で呼び合うまでになってたとはな」
「ねえねえ、やっぱり二人は付き合ってるの??」
「チクショウうらやましいぞ水野!」
怒涛の勢いで詰め寄られる司。
やはりこういうのは立ち位置もあってか、男である司の方が追及は激しいようだ。
そのさまは、まるで大嵐を呼び寄せる爆弾低気圧のよう。
「……どうするのこれ」
「さあ? 結衣里ちゃんをヤキモキさせてる分の報いだね。頑張れ、お兄ちゃん」
「ワケわからん」
涼しい顔の羽畑さんに恨みがましい視線を送りつつ、容赦のない質問攻めにうんざりとする司だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます