25. 雨


 「────雨、降ってきたね」


 再び舞月神社へ向かう途中、急に空が暗くなり、ぽつぽつと雨が降り始めた。


 「涙雨なみだあめ、かな」

 「……」


 結衣里が呟いた言葉に、司は口を噤む。

 稚拙な感傷であの子の心を推し量りたくはないが、そう思わずにはいられないタイミングなのも確か。


 「降りそうな気配なんて全然無かったのに。濡れる前に急ごう」

 「うん」


 羽畑さんが傷心していることは間違いなく、女の子同士の方が相談もしやすいだろうと「結衣里を貸そうか?」などと提案をしてみたわけだが、当の結衣里が自分一人では荷が重いとゴネたために、司も一緒になって再び彼女のいる神社へと向かっていた。

 こんな雨の中、結衣里に一人で行かせていたら今頃心配でたまらなかっただろうことを思えば、結果的に一緒に来たのは正解だった。


 駆け足ぎみに道を急ぎ、鳥居をくぐった頃には結構な雨足になっていた。

 雨の中の神社は、暗い空の下に濡れた鳥居や石造りの像が浮かび、あやしげな気配を漂わせている。


 「あの像って……」

 「龍?」

 「だよね」

 「舞月神社は水の神様の神社だからかも。水の神様って龍神とかが多いから」

 「さすが、物知りだね」


 結衣里は司や友人たちを上回る生粋のオタク。

 ゲームやマンガのキャラには神話や伝説などを題材にしているものも多く、それらに詳しいということは即ち各地の伝承などにも詳しくなるということ。


 今の時代、そういったものもスマホ一つあればいくらでも調べられるわけで、真偽はともかくその手の知識については結衣里は圧倒的だ。


 「はぁ、はぁ……それで、羽畑さんが待ってるのってどこだっけ?」

 「境内の外れの方で集合しようって言ってたけど、この雨じゃ家にお邪魔させてもらうしか……それか、どこかファミレスとか喫茶店とか」


 しかし雨は一向に降り止まず、とりあえず木陰に避難して、スマホを確認する。

 神社だけに、木が多くて雨宿りには不便しない。

 これほどの雨だと二年前の事故の記憶が思い出されて少し足が竦むが、手をきつく握りしめて余計な考えを振り払う。


 すると、ちょうど羽畑さんから通話が入っていた。


 「────もしもし羽畑さん?」

 「あ……水野くん……その、ごめんね、こんな雨になっちゃって」

 「それはいいんだけどさ。今どこ? この雨だと落ち着いて話もできないし、どこかに……」

 「それが、その……私、本殿のところで雨宿りしてて」


 おそらく先に待ち合わせ場所で待っていてくれたのだろうが、そこで雨に降られて動けなくなってしまったのだろう。


 「……本殿だね。分かった、待ってて」

 「え……?」


 戸惑う彼女の声に構わず通話を切り、境内を見回す。


 幸い本殿の場所は頭に入っている。

 雨はもう土砂降りになっていたが、すでに半分濡れネズミ状態であり、今さら多少濡れたところで変わらないと割り切った。


 「結衣里はここで待ってて。行ってくる」

 「待って! すごい雨だし、もうちょっと落ち着いてからでも……そんなに行かなきゃダメそうなの?」

 「ああ」


 結衣里の心配はもっともだが、司は今すぐにでもあの子の所に行った方がいいと直感していた。


 電話越しに聞いた、迷子の子供のように不安そうな声。

 それがいつかの結衣里の姿を思い起こさせ、今すぐ駆けつけずにはいられないと感じたのだ。


 「……わかった。なら、わたしも行く」

 「え? いや、びしょ濡れになって風邪引いても困るし、結衣里は後から……」

 「ダメ! それはお兄ちゃんだって同じだし、お兄ちゃんが行くならわたしも行くの!」


 そんな司の思いは、長年一緒にいる結衣里にもすぐに伝わり、理由も聞かずに自分も行くと言い出した。


 「……仕方ないな。駆け抜けるぞ?」

 「うん!」


 こういう時の結衣里は梃子てこでも動かないと知っている司も、強くは食い下がらず諦める。

 このあたりは兄妹ならではの阿吽の呼吸だろう。


 司は結衣里の手を握る。


 「あ……」

 「走るから、コケるなよ? 鈍くさいんだから」

 「こ、コケないもん! でも、インドア派なんだから気を遣って走ってよね」


 兄妹でしっかりと手を握りしめながら、大雨の境内を走り出した。

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