24. ややこしい事態


 「おかえりお兄ちゃん。意外と早く…………えと、何かあった?」


 帰宅して早々、結衣里が司の顔を見て訝しむ。


 「まあね……なんかややこしいことになったなと思って」

 「何があったの?」

 「うう〜ん、なんと言うべきかなぁ……」




 ◇ ◇ ◇




 「────あの、修一さん……?」


 その場の空気を破ったのは、ひとりの少女の声だった。


 司と、クラスメイトである羽畑さんと、そしてその想い人である従兄いとこの修一さん。

 甘酸っぱさからほろ苦さまで、恋愛事情的に非常に風味豊かな空気感が漂うその空間に、また一人新たな参加者が現れたのだ。


 「深雪」


 声を掛けられたであろう修一さんが、年下の少女の名前を呼んだ。

 年下だと判断できたのは、彼女の服装が司のよく知る制服だったから。

 聖ヴェルーナ女学院。

 誰あろう、結衣里の通う高校の制服だ。


 小さく手を上げ、にこやかに笑顔を交換する二人。

 たったそれだけのやり取りで、おおよその事情は察せられた。


 「えっと、その……修一兄さん……?」

 「ああ、この子は伊集院いじゅういん深雪みゆき。バイト先で知り合った後輩で、四乃葉よつのはたちとは一つ上……だよな?」

 「リボンの柄的に高3の方のようですから、その通りですね。俺たちは高2ですし」

 「お? ヴェル女の制服に詳しいんだな」

 「妹が通っているので。先輩の方にお会いするとは思いませんでしたけど」


 何やら不穏なものを感じて、司がずいと前面に出て話をする。

 司も人見知りな結衣里の兄だけあって、微妙な空気を読んでフォローすることには慣れていた。


 「へぇ、妹がいるのか」

 「ええ、高1なので伊集院さんの二つ下ですね。ええと、俺は水野司です。もし妹の結衣里がお世話になってたらすみません」


 フレンドリーに接する男子組に対して、女子ふたりは困惑した様子だった。


 「え、ええっと……伊集院です?」

 「なんか、自己紹介が難しいですよねぇ……脇田さんの従妹いとこさんのクラスメイトをやってます。ども」

 「なんだよ、クラスメイトだなんて余所余所しい自己紹介だな。それよか、もっと簡単な言い方があるだろって」

 「なるほど。ただの参拝客Aですよろしくどうぞ」

 「ただの参拝客は境内で仕事手伝ったりしないんだぜ」


 おどけた二人の応酬に、若干ながら空気が弛緩する。


 「あはは……修一さんの知り合いはみんな面白い人ですね。えっと、それで、そちらの人が修一さんの……?」

 「従妹の四乃葉。こっちの彼とのカンケイは……言うまでもないよな」

 「そうですね、言うまでもなくただのクラスメイトです。そちらの方こそ、聞くまでもなくただのバイトの先輩後輩と。プライベートでも一緒とは、仲がよろしいようで」


 修一さんが、司と羽畑さんの関係をどう思っているのか。

 そんなもの、先ほどまでの彼からの司の呼び方からして疑いようもない。


 そして、彼と伊集院さんとの関係もまた然り。

 ただでさえこの世の終わりのような顔をしている羽畑さんを見るに、いざ明言されてしまえばどれほどショックを受けるか分からない。

 だからこそ、「皆まで言うな」と言外に圧力をかけて話を終わらせたのだ。

 人間の心というものは、急な衝撃を真正面から受け止めるには脆い。

 まずは時間を置くべきだと、司は冷静ににこやかな笑顔を貼りつけて対応する。


 「まあいいや。作業ももうすぐ終わるから、ちょっと待っててくれよな」

 「……はい」

 「よし、ちゃっちゃと終わらせるか」

 「そうですね」


 あとは黙々と作業をこなし、無事お社の修繕を終えたのだった。




 ◇ ◇ ◇




 「────ってことがあって……」


 あのまま流れで解散した後、帰宅した司は結衣里に事の次第を洗いざらい話した。


 「……羽畑さんの好きな人が、お兄さんで、しかももう他に恋人がいて……?」

 「正確には従兄だけどな。大体はそれで合ってる」


 複雑な恋愛事情のバーゲンセールのような状況に、思わず二人で肩を落とす。


 「お兄ちゃん的にはチャンスかもだけど……」

 「さすがにここで喜べるほど、性格悪くないぞ」

 「だよね」


 失恋した心の隙に付け込むのは色恋の常套手段なのかもしれない。

 が、今ここで嬉々として土足で踏み入ろうとするほど、司も結衣里もれてはいなかった。


 「あの時の羽畑さんの顔はヤバかったからな……必死に取り繕おうとしてたけど、泣きそうなのを隠せてなかったし」

 「それだけ、お兄さんのこと好きだったんだね……」


 好きな相手の気持ちが、自分以外に向けられている。

 その苦しさは想像するに余りある。

 なんだかんだ言って真剣な恋愛をしたことのない司には、そんな彼女の痛々しい表情がイヤというほど胸に刺さっていた。


 「とりあえず……今はそっとしておくべきだよな」

 「それがいいと思う」


 どうせ今は何を言ったところで悪化させるだけだろうから、時間を置くことが一番だと結衣里と頷きあった。

 が、


 「……って、言ってるそばからRAINが……」


 送り主は、当の羽畑さんから。


 【さっきはゴメンね、手伝ってくれてありがとう】


 と、当たり障りのないお礼の言葉が送られてきたのみ。

 今はそれどころじゃないだろうに、律儀なものだ。

 あるいは、とにかく誰かと話をしないと居ても立っても居られないのか。


 「…………なあ、結衣里。これから時間ある?」

 「え? わたしは用事ないから、大丈夫だけど……」


 結衣里の返事を聞いて、司は羽畑さんへと返信を送ったのだった。


 【もしよかったら、結衣里を貸そうか?】


 と。

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