23. 魅力的な提案


 「────ふぅ。こんなものかな」


 あれから数日後の土曜日、なぜか再び羽畑さんの神社に呼び出された司は、お社の修理を手伝っていた。


 「今日もごめんね、水野くん」

 「気にしないで。世話になってる以上はお返ししておきたいし、色々」


 申し訳なさそうな顔で司に謝るのはクラスメイトにして委員会仲間の、最近毎日のように顔を合わせている羽畑さんだ。


 「そうそう。折角せっかくの彼氏くんなんだから使い倒さなきゃソンだぜ?」

 「だから、彼氏じゃないからっ!! いつもいつも、修一兄さんはそうやって……」


 羽畑さんの従兄いとこである、修一兄さんこと脇田修一さん。

 司のことを彼女の恋人と認識しているようで、二人で話しているとこれ幸いとばかりに揶揄からかってくる。


 だが当の彼女の想い人は茶化してきている従兄その人なのだから、揶揄われる当人としてはたまったものではないだろう。


 「まあ、この修繕作業も今日で終わりそうですし。それまではせいぜい彼氏面しておきますか」

 「水野くんまでっ……!」


 そもそも、司がこうして彼女の実家である舞月神社のお社の修繕作業を手伝っているのには訳がある。


 少し前に嵐で壊れた神社の本殿は、修復するにも宮司ぐうじの身内しか触れないというしきたりになっているらしいのだ。

 この神社の宮司は羽畑さんの父親であり、他に近くにいて手が空いている男手は甥に当たる脇田さんしかいないとのこと。

 あまりに酷く崩れたのならばしきたりなどと言っている場合ではなく業者を呼ぶのだろうが、今回壊れたのは社の一部とご神体の装飾くらいであり、力仕事はあっても専門的な知識は要らないという。

 だがそれでも、宮司としての仕事もある伯父と自分だけでは手が足りないということで、彼が捕まえた人手が、司だった。


 「“将来的に”身内になる人間なら、神様も納得してくれるって」

 「今さらですけど正直無理のある詭弁きべんですし、結構シャレにならないんですが」

 「大丈夫だって。元々業者呼んでもいいって程度の緩いしきたりだし、なんなら他のクラスメイトか誰かを呼んでも良かったんだぜ?」

 「それは…………いや、それでいいんですか家族として。というか本人的にも」


 建前に過ぎないのは分かっているが、将来婿入りの内定を宣言されたようなもので、どうしたって気後れする。

 何より羽畑さん本人が困るだろう。

 形だけとはいえ、将来の結婚相手を勝手にてがわれたようなものなのだから。

 しかもそれを言い出したのが、自分の本当に好きな相手ともなればヘソを曲げるのに十分過ぎる話だ。


 「……もう修一兄さんなんて知らない」

 「なんというか……ゴメン」

 「水野くんが謝ることじゃ……ううぅ」


 司としても彼女の為人ひととなりは好ましく思っているので、恋人扱いはたとえカン違いでも嬉しい部分はあり、それゆえ当て馬のような今の状況には少々複雑ではある。

 だからといって、友人の恋路を邪魔しようなどという考えは毛頭ない。


 司は羽畑さんの耳元に小声で囁いた。


 「まあまあ。考えようによっては、これはチャンスかもよ? 脇田さんは俺のことを羽畑さんの彼氏だって思ってる。俺の立場からなら、“彼女の従兄”さんには相談することだってある。参考として、“修一兄さん”の恋愛事情や好みとか、そういった話を聞くのも不自然なことじゃないんじゃないかな」

 「っ……!? それって」

 「なんだから、使い倒さなきゃソンだ、ってね。ま、余計なお節介かもしれないけどさ。あくまでフリをするだけでいらないカン違いをするつもりはないし、利用価値はあると思うよ?」


 従兄妹での恋愛というのも、禁忌ではないとはいえ障害は多いはずだ。

 だが、彼女の想いが真剣なものであるのならば、司は応援したいと思った。

 どこかの誰かのように、自分が狂言回しの役割を演じて手助けをするのも一興だと思ったのだ。


 「……なんか絶妙に魅力的な提案をしてくるよね、水野くんって」

 「なんたって悪魔な妹を持ってるからね。案外俺にも悪魔の血が流れてたりとか」

 「ホントにあり得そうなのが怖いんだよねぇ……」

 「……自分で言ってて俺も思った。笑えないな……」


 ある日突然悪魔の姿になった妹の結衣里。

 血を分けた兄である司も、同じように悪魔である可能性は十分にある。

 結衣里が言った、他人を惑わせる能力が司にも無いとは言い切れない。

 今のところ羽やしっぽが生える気配は無いし、これといって変わった様子も感じないので杞憂きゆうだと思いたいが。


 「なんだなんだ~、二人でコソコソ話したりして、やっぱり仲良いなぁ?」

 「っ、だからぁっ、そういうのじゃないもんっ……!」


 ひそひそ話をしているところに脇田さんに詰め寄られ、羽畑さんが飛びのく。


 顔が真っ赤になっているあたり、本当に彼のことが好きなのだろう。

 やはり応援すべきだと、司は内心でうんうんと頷いた。



 「────あの、修一さん……?」



 そんなコミカルな一幕を演じていた彼らの元に、もうひとつの新たな人影と声が現れた。

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