22. 見た目は悪魔、中身は天使


 「ふぅ……ただいま」

 『あっ……おかえりー』


 司が帰宅すると、珍しく結衣里の声は部屋から聞こえた。

 普段結衣里はこの時間には夕食の準備のためにキッチンにいることがほとんどだからだ。


 多少は司の帰宅に驚いた声色だったが、それでもどこかのほほんとした声で、いつぞやのように切羽詰まったような焦った様子ではなかったので大丈夫だろう。

 少なくとも、例の“悪魔化”が悪化したわけではなさそうだ。

 その証拠に、しばらくしたら結衣里も部屋から出てきた。


 「おかえり。意外と早かったんだ。今日は遅くなると思って、まだ晩ご飯の支度してないの」

 「早かったって言ってももう7時だよ。高校生相手に何を期待してるんだか……」

 「え~、せっかく二人にしてあげたのに」

 「余計なお世話だっての。それに羽畑さんは対象外だって言ったろ?」


 一緒に羽畑さんの神社に行ってみたいと言っておいて、司と彼女を置いて先に帰ってしまった結衣里。

 お祓いをもう一度試してもらうというのは口実で、最初から司を二人きりにさせるのが目的だったのは明白だった。


 あそこまで露骨なお膳立てをされても、かえって微妙な空気になるだけだ。

 お節介が人の為になるとは限らないものだが、これはまさにその好例だろう。


 「どう見たって良物件なのに、なんでもっとガツガツ行かないかなぁ。わたしだったらもっともっと積極的にアプローチしてるよ」

 「結衣里がアプローチ……ねぇ」

 「なんでそんな微妙そうな顔するの!」

 「不満なら、少しはその人見知りをどうにかしてから言いな」


 結衣里はかなり人見知りな性質タチで、慣れない相手に自分から積極的に話しかけるような器用な真似、到底できそうにない。


 司だって女性経験は皆無だけれども、結衣里に至っては彼氏はおろか、異性の知り合いすら出来る気配もない。

 司に言わせれば結衣里の方こそ心配なのだが、当の本人は自分を棚に上げて兄に説教していた。


 「女の子だって褒められたら嬉しいもん。お兄ちゃんは褒めるの上手だし、羽畑さんも悪い気はしないと思う」

 「褒めるの上手いか? あんまり自覚ないけど。なんとも思ってない相手に褒められても困るだけだろ」

 「少なくとも悪くは思ってないと思うけどなぁ、お兄ちゃんのこと」

 「人見知りのクセに分かるのかよ」

 「人見知りだから分かるんだよ」

 「……そういうものかねぇ」


 結衣里はさも自信ありげに言うが、さっきの羽畑さんの様子を見ていた司としては笑うしかない。


 「むぅ……お兄ちゃんも気になってるみたいだったし、良い人だと思ったのに」

 「良い人なのはその通りだけど、言ったように大事な相談相手だからな。こじれたくない。それに…………俺だって、人の恋路の邪魔をするほど野暮じゃないしな」


 ボソリと司の呟いた言葉に、結衣里が首を傾げる。


 「? どういうこと?」

 「ははっ。彼女を作れとか言った割には、その手のことにはまだまだニブいんだな」


 悪魔となってしまった結衣里は、自分が人を“誘惑”してしまう本能があると感じていて、司には自分に魅了されてしまう前にちゃんと恋人を作ってもらうべきだと主張した。

 まるで、夢に現れて男性を誘惑する夢魔サキュバスのような習性だが、だからといって男女の機微に詳しくなるわけではないらしい。


 (見た目は悪魔でも、やってる事は愛の天使キューピッドなんだよなぁ)


 いつの間にかしっぽを解いて、スカートの下で不服そうにくねらせる結衣里を見ながら司は苦笑する。


 本人は純真無垢なクセに、やたらと世話を焼いてくっつけようとするあたりがまさに。

 童顔で背が低く、まだまだ子供っぽい所が抜けない結衣里には、悪魔よりも天使の羽やハートの弓矢が似合うだろう。


 「あの子にはあの子で、好きな相手がいるって話だよ。人が真剣に恋愛してるところに、割って入るのは野暮ってもんだろ?」

 「あ…………そ、そうなんだ」

 「というかそもそも、真っ先にその可能性は考えろって話なんだけどな。勝ち目のない戦いを挑むところだった」

 「その……ゴメン」

 「いいって。俺も予想できてなかったし」

 「ちなみに、そのお相手って誰なの?」

 「それは言えないよ、勝手に人のプライベートを話すようなこと」

 「……それもそっか」


 たとえ悪意は無くとも、一度話せばウワサ話はどんな風に広がっていくか分からない。

 悪意ある人間に歪められる可能性だってあるわけで、それを分かっている司としてはどうしたって慎重になるし、結衣里もそれに理解を示した。

 他人の噂というものには、兄妹揃ってそれなりに難儀したことのある二人だったりする。


 「……ま、というわけでヒマになったから、晩ご飯作るなら手伝うよ?」

 「あ……」


 元々その気は無かったとはいえ、形としては実質フラれたようなものであり、司としても思う所はある。

 心の安寧のために妹の頭をくしゃっと撫でる司に、結衣里は少し鬱陶しそうに顔を逸らすが、それが照れ隠しであることは顔を見ずとも分かった。


 「あっ、もぉ…………なら、手伝ってもらうから! 今日は簡単なもので済ます予定だったけど、こうなったらめっちゃくちゃ手間のかかるやつ作るっ!」

 「はいはい。フラれてきたわけだし、今日はとことん結衣里に付き合うよ」

 「付き合っ…………!? って、だからっ、お兄ちゃん言い方! もぉ!!」

 「えぇ……」


 お腹に一発パンチをもらいながら、やけに上機嫌にエプロンをする結衣里に従って、司はキッチンへと向かった。

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