Ex.5. 悪い子
『────それで、お兄さんをクラスメイトの人と二人きりにして帰って来ちゃったんですかっ!?』
司を羽畑さんの部屋に残して立ち去った後、神社の散歩などせずさっさと帰宅していた結衣里は、親友の桐枝とオンラインでゲームをしながら通話していた。
通話の先で、結衣里とチームを組みながら敵を探す桐枝の声が、吠えている。
前衛を務める彼女は敵を見つけたが早いが、結衣里が助けに入るより前に、正確な射撃で早々に倒してしまったらしい。
「そうだけど……ダメだったかな?」
『なんでそんな、敵に塩を送るみたいな……』
「……あの、桐枝ちゃん? わたしはむしろ、お兄ちゃんのこと応援したいんだけど……」
なぜか桐枝は完全に羽畑さんのことを結衣里にとっての恋敵のように認識しているようだが、司は結衣里にとって実の兄だ。
普通に考えて恋愛対象になるはずがなく、片想いも恋の鞘当てにも縁がある訳がない。
むしろ、奥手な兄に呆れつつ援護射撃をして、その恋路を見守りながら友達と黄色い声で囃し立てるのが本来あるべき姿のはず。
今のこの状況のように。
付かず離れずの距離から援護射撃をするのは、結衣里の最も得意とする所だ。
『結衣里ちゃんは、それでいいんですか? もしも上手くいって、お兄さんがその人と付き合うことになっても……』
「だって、それがお兄ちゃんの幸せだもん。お兄ちゃんは相手のことを考えて大事にできる人だし、きっと上手くいくよ。お兄ちゃんが幸せなら、わたしも幸せ」
『……納得いきません。結衣里ちゃん以上にお兄さんのことを考えてる人なんていないのに』
「だから、そんな人ができるように今頑張ってるんだよ。わたしよりも……わたしなんかより、ずっとお兄ちゃんのために、一緒に幸せになってくれる人が」
そう言って結衣里は自分の胸に手を当てる。
羽畑さんが司と二人きりでいることを思うと、やはり胸が痛んでしまう。
でも、そんなあり得ない、あってはいけない想いこそが、結衣里が大事な人を誘惑してしまう悪魔である証なのだ。
彼に振り向いてほしい、抱きしめてほしい、自分のことだけを見てほしいと思ってしまうおかしな欲求。
実の兄妹が抱くはずのないその感情は、結衣里が悪魔だからこそ湧いてくるものなのだろう。
「わたしも、良い加減お兄ちゃん離れしなきゃだから…………っていうか、お兄ちゃんとわたしって、そんなに普通じゃないように見える? ……その、……恋人みたいな感じに?」
『そこまでは言いませんけど、普通じゃないくらい仲の良い兄妹だっていうのは誰が見ても分かりますよね。何も言わなくても通じ合ってる感じとか……恋人というより、夫婦?』
「それ、余計にダメじゃん……」
結衣里は思わず机に突っ伏す。
司と深く通じ合っているのは結衣里も自覚するところ。
大好きで、頼りにして尊敬もしている兄であり、お互いに何を考えているのかも大体分かる。
長年連れ添ってきたという意味では夫婦という喩えもあながち間違いではないのかもしれないが、夫婦というのは恋人同士が進展してなっていくもので、兄妹らしい在り方からはむしろより遠ざかってしまっている。
しかもそれを指摘されて、嬉しく思ってしまっている自分がいるのがさらに気を重くさせた。
「はぁ…………だとしても、いつまでも兄妹で一緒にいるわけにはいかないんだし。お兄ちゃんに良い相手ができるなら、祝福してあげなきゃなって」
『……結衣里ちゃんってホント良い子ですよね。お兄さん果報者すぎる』
「そうでもないよ。わたし、すっごく悪い子だ」
この想いも、胸の痛みも、全ては悪魔としての本能かもしれない。
誰よりも大切なお兄ちゃんを、不幸に陥れようとする
事実、結衣里は彼が羽畑さんとRAINでやり取りしているのを見た時、黒い感情が湧き上がってくるのを抑えきれなかった。
あのまま、二人で出かけたりするんじゃないかと思うと耐え切れなくて、せめて会うなら結衣里も把握している場所と時間で会ってほしいと思ってしまった。
だから今日、お祓いなんて理由を付けて一緒に神社に行ったのだ。
人目もある羽畑さんの実家なら、滅多なこともできないだろうと、心のどこかで考えながら……
「……ぁあああぁ……」
自分の心の内をのぞくたび、壮絶な自己嫌悪が襲う。
自覚すればするほど、自分の兄への想いが普通でないことを思い知らされる思いだった。
『……と、とにかく今は敵を倒しましょ! ストレス発散も大事ですよ』
「そうだね…………見つけたっ、そこだァッ!!!」
敵を見つけるや否や、まさに悪魔の如き形相で撃ちまくる結衣里。
その日二人はこのゲームで、何度も一位を取りまくった。
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