21. それぞれの事情
「あれ、
部屋の外から、誰かの声が聞こえた。
初めて聞く声だったが、声音の低さ的に男性らしい。
「う、うん、帰ってるけど……」
羽畑さんのお父さんだろうか。
年頃の娘が、部屋で男と二人きり。
誤解を生みかねない状況に、司たちは慌てる。
「なんだ、帰ってるなら────」
「────お?」
「しゅ、修一兄さんっ!!」
部屋の中を見るなり目を丸くする彼に対し、羽畑さんが慌てて立ち上がり詰め寄る。
「いつの間に……っていうか、勝手に入ってこないでよぉっ! せめてノックして!」
「へへ、悪ぃ悪ぃ。ってか、誰だ? 彼氏?」
「ち、ちがうもんっ!!」
入ってくるなり、気安い態度で羽畑さんに声をかける男性。
どうやら親子ではなさそうだが、女の子である彼女の部屋にもノックもなく入ってくるほど親しい相手らしい。
「いやいや、部屋に二人っきりでそれは無理があるだろって。なんだぁ、お前もスミに置けねぇなぁ?」
「だーかーらー! そういうのじゃないもんっ!! ただのクラスメイトだよ!」
顔を赤くしながら、必死になって否定する羽畑さん。
心外だと言わんばかりの語気の強さに悲しくなるが、彼には照れ隠しだと受け取られてしまっているようで、なんとか誤解を解こうと羽畑さんは必死になっている。
さすがに見ていられず、司も立ち上がった。
「あの、たしかに俺はクラスメイトですけど、彼女と友達なのは一緒に来てた俺の妹の方で。俺はただのおまけですよ、単なる付き添いというか」
「お? おお。そうか?」
「水野司と言います。勝手にお邪魔してすみません。妹の方は、今ちょっと外してて……まったく、どこへ行ったのやら」
司は努めて明るくハキハキ、如才なく挨拶をする。
初対面の相手にはできる限り丁寧に接するべき。
何事も第一印象が大事だ。
素行に問題なく、そして必要以上に親密な関係でないと印象付くように、完璧な愛想笑いを顔に貼り付ける。
「ご丁寧にどうも。四乃葉の
バカ丁寧な態度の司とは対照的に、男性の方はずいぶんと気さくな挨拶を返してきた。
パッと見で大学生くらいであろう、
羽畑さんに妹がいるとは聞いていたが、歳の近い従兄弟もいたのかと少し驚く。
相手が年下で従妹の知り合いだからというのもあるのだろうが、修一と名乗る彼は司に対してもまるで自分の子分かのような気安さで接してくる。
「もう、修一兄さんってば。いつ来てたの?」
「ついさっきだよ。親父に修繕作業手伝ってこいって言われた。メンドいよな、俺は継ぐ気ねえってのに」
「うちは女の子二人だから、やっぱりお父さんたちは修一兄さんに継いでもらいたがってるんだよね」
「勝手だよなぁ。血筋ってんなら、四乃葉か
そういえば、この神社では先日の大嵐で社の一部が壊れたという話だった。
その影響で、直るまでの間は毎日羽畑さんが奉納の儀をしなければいけないしきたりらしいが、それの修繕のために従兄である彼が駆り出されたのだろう。
てっきり業者に頼むものだとばかり思っていたが、素人でも出来るものなのだろうか?
少なくともこの彼が工事技術に通じているとは思えなかった。
「修繕って、お社のですよね? よかったら手伝いましょうか?」
「え?」
「いや、お社が壊れて修繕するまで毎日大変だって羽畑さんから聞いていたもので。もし男手が必要なら手伝いますよ?」
修理を手伝おうというのは、最初に彼女から話を聞いた時から思っていたことだ。
常識的に考えて建物の修繕なんかは素人のやる事ではないと思い至り言い出さなかったが、わざわざ従兄である彼を呼んでまで内々で済ませようとしているのなら遠慮することはない。
「あー……水野くん、気持ちはありがたいんだけど、今壊れてる所は神社の人しか……」
「待てよ四乃葉。別に
「え、でも……」
乗り気な脇田さんと、戸惑いためらいがちな羽畑さんで、ハッキリと態度が二分する。
結局、脇田さんに押し切られる形で司も修繕作業を手伝うことになった。
羽畑さんは最後まで乗り気ではなかったものの、「マジメだなぁ」とからかいながら彼に髪をくしゃくしゃにされたことで諦めたようだ。
「彼氏くん、そこの木材取ってくれ」
「その呼び方は誤解を招くのでやめてください。これですかね?」
「そう、それそれ。なんだよ、二人っきりで部屋に上がるくらいの仲なんだろ? ぶっちゃけどれくらい進んでんだ?」
「だからそれは妹が……羽畑さんが良い子なのは間違いないですけど、恋愛対象ではないですよ? 文化祭実行委員とクラス委員で、これからは仕事で協力することも増えますし、余計なしがらみというか、遠慮は作りたくないので」
「ってことは、これから仲良くなる可能性は高いってことだな」
「可能性としては認めますけども、今のところお互いそのつもりはありませんよ」
野次馬根性というのか、脇田さんは従妹の恋愛模様について興味津々といった様子だった。
だが、司にはそのつもりは全く無いので、逐一丁寧に否定していく。
というか今となっては勝手に「手伝う」などと言い出したことを後悔していた。
「……なんていうか、ごめん」
「え、な、何が!?」
「邪魔しちゃって、さ。なんていうか色々察した」
「〜〜〜〜っ、な、なんのことかなぁ?」
というのも、今この状況においては間違いなく司の存在が邪魔になっていると判ったからだ。
先ほど頭を撫でられた時の顔を見ていれば分かる。
彼は羽畑さんにとって、単に親戚筋というだけに留まらない存在であるということ。
男子の注目の的になるほど隙のない整えられた容姿、優しくフレンドリーで、しかし異性へのガードは固く、そのくせ浮いた話は全く聞かない。
訳を知らぬ周囲には不思議がられていたのだが、学校の外に想い人がいたのならそれも納得だろう。
ここ最近彼女のことを気にかけていたせいか、彼女の人気は司が思っていた以上にもの凄いものだったということも知った。
ある種男子の理想のど真ん中を行く人物像だったのだ、さもありなんといったところだが、そんな男子連中がこのことを知ったら卒倒するかもしれない。
「なんだよなんだよ、やっぱり仲良さそうな感じだな?」
「冗談を言える程度には、くらいですけどね。……なんというか、大変だなこりゃ」
だが当の本人は全く意に介していなさそうで、残念ながら今のところ彼の眼中には無さそうだ。
司は、友人の難儀な恋愛事情を思い、心の中で小さくエールを送った。
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