19. 下手の考え休むに似たり


 「おはよう二人とも。早いね」


 朝、登校した司がいつもの三人組の仲間たちに声を掛ける。


 「おはよう司」

 「おはよー。オレらが早いんじゃなくて、司が遅いんだよ。いっつも、ギリギリまで結衣里ちゃんといたいのは分かるけどさぁ」


 ヒカルによる司の兄バカシスコンいじりも毎度のこと。

 司も慣れたもので、この程度の揶揄からかいなら表情ひとつ変えずにあしらえる。


 いつもならば。


 「……うるせぇ。あいつ朝弱いからさ、俺が出る前に起こさないとダメなんだよな。母さんも昨日仕事で遅かったから無理は言えないし、かといって起こさないと文句言われるだろうし……」

 「……大丈夫か? なんかツッコミのキレが悪いというか」

 「やはり、妹ちゃんのことで何かあったのか?」


 予想以上にテンションが低かったのか、かなり本気めの心配をしてくるヒカルたち。

 司の反応の薄さが考え事のせいであり、悩んでいる原因が結衣里であることは間違いないのだが、今回ばかりは結衣里についてではない。


 「…………なあ、彼女ってどうやったらできると思う?」


 司が訊ねた内容に、二人は驚きのあまり目を剥いた。



 「────まっさか、司の口から『彼女ってどうやったらできる?』なんてなぁ!」


 その日の昼休み、朝の司の言葉をヒカルが繰り返しながら爆笑する。


 「笑うなっての。俺なりに真面目に悩んでたってのに」

 「いいだろ別に、何か減るもんでもなし。しかも、結衣里ちゃんに言われてってのがまた笑える」


 重々しく相談を持ちかけた司の様子を思い出してか、腹を抱えて笑うヒカル。

 言うんじゃなかったと、司は後悔することしきりだ。


 「司は妹ちゃんのことばかりだったからな。他の女の子に目を向けるべきというのは正しい」

 「んなこと言ってもな。そう言う忠治こそ、浮いた話なんて聞いたこともないぞ?」

 「僕は趣味が趣味だからな。一般的な女子とそう簡単に打ち解けられないから自重してるだけだ」

 「今時オタク趣味の女子なんて珍しくもないと思うけど。結衣里がまさにそうだし」

 「珍しくはないが、同時に棲み分けも進んでいるからな。好きな領分が違うことも多いし、被っていたら被っていたで困ることも多い」

 「……それって、経験に基づく話っぽい?」

 「……まあな」


 神妙な顔をする友の肩に、無言で手を置く。

 忠治は忠治で、それなりの苦労をしてきているらしい。


 「にしても、彼女を作りたいってかぁ。どうやったらできるかなんて、オレが聞きたいっての」


 ひとしきり笑ったのち、大真面目な様子で腕組みして頭を捻るヒカル。

 交際経験など皆無の三人なので、いくら考えたところで良い考えなど出るはずもないのだが、皆人並みには恋愛にも興味はあるので考えないでもいられない。


 「というか司、最近羽畑さんと仲良いじゃねえか。実行委員の用事とかで。進展したりしないのか?」

 「ああー……羽畑さんねぇ。良い子なのは間違いないけど、あの子とは友達のままでいたいっていうか。ほら、仕事仲間だし」

 「ふむ。普段の生活と恋愛とは、分けておきたいって話か?」

 「まあそうかな。ギクシャクしても困るし……あと、下手に手を出すと周りが色々と五月蠅うるさそうってのもある」


 やはりというか、司の交友関係で言えば一番身近な、クラス委員の羽畑さんの話題になる。


 だが、ただでさえ人気者の彼女と一緒にいる機会が増えたことで、男子連中からの視線に冷ややかなものが増えたと感じている現状、それを押してまで特別な関係になろうとは思わない。

 そもそも彼女自身そういった邪な意図には敏感な性質のようだし、何より司にとっては結衣里のことを相談できる貴重な存在。

 下手に下心を出して距離を置かれてしまうと非常に困る。

 結衣里も真っ先に彼女のことは候補として挙げていたのだが、羽畑さんだけはダメだと司は早々に除外していた。


 「そもそも、恋人を探すっていうこと自体が矛盾してる気がするんだよね。自然に好きになった相手と恋人になるのが本来なわけで……」

 「それ、モテないヤツの発想だぜ。出会いが無きゃそもそも好きになる相手も出来ないし、相手も同じように好きになってくれる保証も無いんだ。彼女が欲しいなら、こっちからグイグイ行かなきゃ」

 「……ヒカルにしてはまともな意見だな」

 「失礼だなオイ! ……まあ姉貴の受け売りではあるんだけどな」

 「なるほど。やはり経験者の言葉は違うな」


 日頃からモテたい発言をはばからないヒカルのらしからぬ言葉に、ツッコミを入れる友人ふたり。

 なお三人揃ってモテない人間ばかりなので、聞きかじりの知識以上の建設的な意見は出るはずもない。

 下手の考え休むに似たり。


 「どうせなら、帰りに三人でナンパでもしに行くか?」

 「三人で、なんてさすがに無理があるだろ……そもそも接点のない相手にどう話しかけたらいいのか────っと」


 相談という名のただの雑談に興じていた司のスマホが震え、RAINの通知を知らせる。

 誰かからのメッセージらしい。


 【お兄ちゃん、今日の放課後、一緒に羽畑さんのところに行ってもらっていい?】

 【もう一回、お祓いを試してもらおうかなって】


 といっても、司が受け取るメッセージなんて半分以上は結衣里が相手のものだ。

 今回もその例に漏れず、我ながら結衣里のことばかり過ぎるなと苦笑しながら返事をしようとする。


 「げ」


 が、そこで思わず変な声が出てしまった。


 というのも、続けざまにもう一件、別の人物からのメッセージが届いたからだ。


 【結衣里ちゃんの話、了解したよ。私も大丈夫だよ】

 【あと、水野くんたちはナンパには向いてないんじゃないかな】


 司は送り主のいる方へ冷ややかな視線を送る。

 そこには、離れた席でくすくすと笑っている羽畑さんがいた。


 同じ教室の中で話していたのだから聞こえていてもおかしくはないのだが、他の女子たちの輪の中で談笑していたはずなのに、耳聡く司たちの話題をキャッチして揶揄ってきたのだから油断ならない。

 司の顔を見ながら、彼女の目が「結衣里ちゃんに報告してやろうか」とイタズラっぽく主張してきている。


 【分かった、寄せてもらうよ。あと、余計なお世話だ。結衣里にヘンなこと言うなよ】


 彼女を作れと言ってきたのは結衣里なので報告されること自体は構わないのだが、友達に相談した末に出てきた方法がよりによってナンパだったなどと知られるのは、いくらなんでも恥ずかしい。

 下手な誤解を与えるようなことは言うなと、釘を刺しておく。


 「悪い、今日は用事ができた。ナンパなら二人で行ってきてくれ」

 「なんだよ、また結衣里ちゃんか? そんな調子で彼女なんて作れるのかよ」

 「うるさいな。今はいないんだから妹優先でいいだろ」

 「筋金入りだな司は。もう妹が彼女で良いんじゃないか?」


 呆れ顔で首を振る忠治に、今その冗談はシャレにならないんだよなと、司は内心でため息をついた。

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