Ex.3. 嫉妬心


 舞月神社を訪れたあの日から、数日。


 司のクラスメイトである羽畑さんと連絡を取りあうようになった結衣里は、自分の“身体”についての相談もするようになった。

 元々司もそのために結衣里と彼女に接点を持たせようとしていた節があり、彼女もまた神社の娘という立場から結衣里には気を遣ってくれている。


 「なんか、お姉ちゃんが出来たみたいかも」


 昼休み、学校の中庭で昼食を取りながら結衣里は呟いた。


 兄のクラスメイトという微妙な間柄で、当然のことながら年上でもある。

 だが結衣里の話を親身になって聞いてくれて、なにより司が信頼を置いている相手ということで、結衣里としても気負わずに接することができている。

 聞けば彼女自身も妹がいるらしく、長年妹の面倒を見てきた経験からくる面倒見の良さは、結衣里にとっても兄である司を思い起こさせるのに十分だった。


 「大事な大事なお兄ちゃんに加えて、新しくお姉ちゃんまで出来たんですね。結衣里ちゃんの可愛さなら納得ですけど」

 「桐枝ちゃん」


 そんな結衣里の呟きに相槌を打つのは、隣でサンドイッチをかじる親友の桐枝だ。


 「お兄ちゃんの同い年でクラスメイトだから、ついお姉ちゃんみたいな感覚になっちゃうんだけど……でも、わたしにとって一番の親友は桐枝ちゃんだよ?」

 「……そこですかさずそう言ってくれちゃう所が、結衣里ちゃんなんですよねえ」


 自他共に認める人見知りの結衣里だが、彼女に対しては態度も気安い。

 人見知りとは馴れない相手だとなかなか距離を掴めないものだが、一度親しくなってしまえば、むしろ距離感は普通以上に近くなるもの。

 誰に対しても丁寧な口調で分かりにくいものの意外とナイーブな親友が、少々複雑そうな表情をしたのを見逃さなかったのも、ひとえに結衣里の持つ身内特化の観察眼によるものだろう。


 「うぅ……友達に嫉妬心なんて重すぎるとは思うんですけど……」

 「そうかな? わたしだって桐枝ちゃんにわたしよりも仲の良い友達がいるって言われたら妬けちゃうし、お互い様かなって」

 「ああん、もう結衣里ちゃんってホント天使すぎるし、可愛すぎる! 結婚してください!」

 「ごめんね……わたしには、お兄ちゃんがいるから」

 「なんでしょう、禁断の愛を禁断の愛で一刀両断にされた、今の私のこの気持ちは」


 ガーン、と青ざめた顔をした後、一転してケラケラと笑い合う桐枝と結衣里。


 結衣里に対しては並ならぬ親愛の情を向けている桐枝だが、もちろん結婚云々は冗談だということも分かっている。

 性には多様なカタチがあって、なんなら二人ともそういった“多様な性”についてはしているものの影響もあって理解がある方ではあるが、彼女たち自身は至って平凡である。


 桐枝にしても、結衣里と同程度には強い友情を向けてくれていると確信しているものの、恋愛的な嗜好が異性であることは間違いない。

 少なくとも、女子校であるこの学校においては熱狂的を通り越してカルト的な人気を誇る若い男性教師が通りがかったのを見て、ぱっと頬を染める程度には。

 ちなみに結衣里の方はというと、彼女にとっては絶対的な理想像が身近にいるためか、並大抵の男など完全にスルーである。


 「いつか結衣里ちゃんがお兄さんに泣かされないか、本気で心配なんですが」

 「お兄ちゃんがわたしを泣かせるようなことなんてしないよ。嬉し泣きならあるかもだけど……」

 「でも、いつかお兄さんに恋人ができたり、結婚とかになったら、寂しいでしょう?」

 「それがお兄ちゃんの幸せなら、わたしは祝福するよ。今のところ相手が出来そうな気配はないけど……」


 良くも悪くも、司は妹第一主義を徹底し過ぎているきらいがある。

 一度うしないかけたものに執着するのは当然ではあるし、結衣里としても嬉しい気持ちはあるのだが、そのせいで恋人が出来る気配が一向に無いのも妹としては心配になる。

 もし仮に自分に恋人がいたとして、その人に自分以上に大切にしている女の子がいたとしたら、いい気持ちにはならないだろう。


 「でもその人、お兄さんのクラスメイトなんでしょう? クラスメイトで、しかも大事な自分の妹とも仲が良いなんて、親しくならないわけがないと思うんですけど」

 「あはは、ないない。お兄ちゃん、割と気軽にお世辞とか言ったりするけど、大体が冗談半分だったりするし。お兄ちゃんが、本気で女の子に見惚れるなんて────」



 『綺麗だ』



 しかしその時、なぜか結衣里の脳裏につい最近、彼の優しい声を聞いた記憶がよぎった。


 あれは確か、あの人の舞を見たときの────


 「…………え?」


 そこまで考えた結衣里の顔から、ふっと表情が消えた。

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