17. カノジョ作らないの?


 神社での悪魔化騒動から数日。


 「おはよー、水野くん」

 「おはよう羽畑さん」

 「……あれから、結衣里ちゃんの様子はどう?」

 「今のところ、特に変わったことはないよ。学校でも上手く隠せてるみたいだし、問題は起こってないみたいだ」


 朝、教室に着くまでの廊下で出会った羽畑さんが司に結衣里のことを気にして訊ねてくれた。


 「そっか、よかった。もっと力になれたらよかったんだけど……」

 「充分助けになってくれてるよ。結衣里とも仲良くしてくれてるみたいだし」

 「アハ、私こそ結衣里ちゃんと仲良くなれて嬉しいよ。良い子だし、水野くんが可愛がるのも分かる気がする」

 「……そうかい」


 あの日以来、結衣里と羽畑さんは連絡を取り合っているらしい。

 司としても結衣里の事情を理解している羽畑さんが気にかけてくれているのはありがたかった。


 それにあの姿のことを抜きにしても、友達があまりいない人見知りの結衣里に仲の良い相手が増えるのは喜ばしいことだ。

 そのせいで司がこうして揶揄からかわれる機会が増えるとしても、この程度なら必要経費みたいなものだろう。


 「でもやっぱり、結衣里ちゃんにとってはお兄ちゃんが一番なんだなぁって。まだ一人では学校の教会にも相談できてないみたいだし」

 「だろうなぁ」


 親にすら言えてないわけだし、という言葉は飲み込んだ。


 結衣里は両親に対してやけに甘え下手というか、妙に気を遣うところがある。

 そのぶん司に対しては遠慮なく甘えてくるし頼ってくれるのだが、他に本音をさらけ出せる相手がいるのか時々心配になる。

 司の知る限りだと、親友である早川さんくらいだろうか。


 だから、そこに羽畑さんが新たな一人として加わってくれるのなら、これほど頼もしいことはない。


 「空いている日があったら、結衣里のこと遊びに誘ってやってよ。あの子友達少ないし、女の子同士でしか話せないこともあるだろうから」

 「う~ん、やっぱりお兄ちゃんというよりお父さんみたいなんだよねぇ、水野くん。もっと言うなら、奥さんのことを心配する旦那さんみたいな」

 「うるせえ。あいつ私生活がけっこう悲惨だから、どうしたって過保護にならざるを得ないんだよ。ちゃんと部屋片付けろとか小言も言うし、ああ見えて割とウザがられてるんだよ? もし結衣里が彼氏を作るとしても、好みは俺とは真逆のタイプなんだろうな」

 「ふうん」


 家族だからこその親しさもあれば、家族にしか分からない嫌になる側面もあるものだと、司は肩をすくめながら羽畑さんにこぼす。


 本人はそんなこと露ほども思ってないみたいだけど、という羽畑さんの呟きは、司には聞こえなかった。




 ◇ ◇ ◇




 「────というやり取りがあってね」


 その日、帰宅した司は朝の羽畑さんとのやり取りを結衣里に話していた。


 「……お兄ちゃん、やっぱり羽畑さんと仲いいんだね」

 「仲良しというか、結衣里のことを相談できる唯一の相手だからさ。結衣里のこと気にかけてくれてるみたいで…………結衣里?」


 話しているうちに、結衣里がツーンと不満そうな顔になっていることに気付く。


 「……別に、羽畑さんとは特別なにかあるわけじゃないよ? 結衣里のことがあるから話す機会があるだけで、普段から接点は」

 「べ、べつにお兄ちゃんが誰と仲良くしててもわたしには関係ないもん!」

 「とか言いながら明らかに不機嫌そうにされても。邪推されるようなことは、何も」

 「バカぁ!」


 もしかしなくても、司が羽畑さんと親しげにしていることに嫉妬心を抱いているらしい。

 ムスッとした態度で不満を表してくる程度には分かりやすい。

 結衣里も自覚はあるのか、顔を赤くしながら照れ隠しのようにポカポカと司を叩いてくる。


 「…………やっぱりヘンだよね…………兄妹なのにヤキモチ焼くなんて」

 「んー、別に普通のことだと思うけどな。俺だって結衣里が俺以外の男子と仲良さげにしてたらモヤモヤすると思うし。結衣里可愛いから、その気になれば彼氏の一人や二人、簡単に作れそうだしな」

 「なっ……もお! バカにしてるでしょ。二人って、わたしそんなふしだらなオンナじゃないもんっ!」

 「分かってるよ。あくまで物の例えで…………痛い痛い! キックはやめて!」


 割と本気で脛に蹴りを入れられて、司は悲鳴を上げる。


 そういうとこなんだから……まったく、とため息をつきながら結衣里がこぼすのが聞こえた。

 揶揄うのも程々にしておいた方が良いのかもしれない。


 「……お兄ちゃんこそ、カノジョ作らないの? お兄ちゃんだったら、よりどりみどりとは言わなくても、付き合ってもいいって人はいるんじゃないかなぁ」


 少し声のトーンを変えて、結衣里が訊ねてくる。


 「誰でもいいわけじゃないからね。俺だって相手を選ぶ権利はある。それにどうも俺、妹一筋ひとすじキャラ扱いされてるっぽいから敬遠されがちなのかも……」


 司も年相応の男子として、彼女が欲しいという気持ちは人並み程度にはある。

 だが形振なりふり構わず恋人が欲しいとがっつくほど異性に飢えているわけでもない。

 ヒカルなどは「日常の潤いが欲しいから彼女作りたい」なんて言っているが、そもそも司の場合異性というなら結衣里が身近にいるので、十分に潤っているのだ。

 加えて今は結衣里が大変なことになっているので、彼女のことなんて考えている暇は無かった。


 「……だったら、やっぱりお兄ちゃんは羽畑さんがお似合いだと思う」

 「…………結衣里?」


 若干声を震わせながら、絞るように結衣里が小さな声で言った。


 「お兄ちゃんは…………カノジョ、作るべきだと思うの」


 深刻な雰囲気でそう言う結衣里に、司は怪訝そうな顔をした。

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