13. お誘い


 「おかえり、お兄ちゃん」


 家に帰ると、いつものように先に帰っていた結衣里が、制服姿のまま出迎えてくれる。

 徒歩通学の結衣里の方が先に家に着くのは当たり前の話だが、こうしてわざわざ玄関まで出てきてくれるのは、まるで夫婦にでもなったかのようなくすぐったさがあった。


 「ただいま。学校では問題なかったか?」

 「うん。羽と角は消してたし、しっぽは隠してたから大丈夫。とりあえずは普通に過ごせたよ」

 「そうか、よかった。あのまま保健室登校になってたらどうしようかと」


 先週の金曜日は、角の隠し方が分からず教室に行けなかったというから心配していたのだ。

 少なくとも角と羽だけはきちんと制御できているようで、安心する。


 「ちなみにしっぽはどうやって隠してるの? けっこう長かったような、アレ」

 「うん、太腿ふともものところに巻き付けててね……見たい?」

 「え? あ、いや」

 「ふふー。ほら、これ」


 そう言って結衣里はドヤ顔で制服のスカートを少したくし上げて、左の太腿に巻き付けたしっぽを見せてきた。

 1メートルほどもある長いしっぽとはいえ、かなり細いので巻き付けた状態だといわゆるガーターリングのような見た目になっていて、不自然さはさほど無い。


 ただ、すらりとした脚に巻かれた黒いリングというのは、視線を釘付けにするには十分な破壊力があった。

 司は結衣里の健康的な脚線美や危うくあと少しで見えそうなスカートの中身の方につい目が行ってしまい、赤くなりつつ目を逸らす。


 「ちょ、結衣里……さすがにそれは、目の毒というか」

 「え? あっ!?」


 自分が何をしているのかに気付いて、結衣里はあわててスカートを押さえて頬を染めた。


 「……えっち」

 「ご、ごめん……って、今の俺なんか悪いことしたかな!? 完全にもらい事故だったよね!?」


 恥ずかしそうに口を尖らせる結衣里に、思わず反論する。


 「ううう〜……」

 「ごめん、ごめんって」


 だが照れ隠しのようにポカポカと殴ってくる結衣里の反応を見て、司は素直に謝った。


 結衣里が考えなしに見せようとして盛大に自爆しただけのような気はするが、それでもまじまじと見つめてしまったのは司なのだ。

 何であれ、女の子に対して失礼な態度だったことは事実なのだから。


 「こほん……それより、結衣里。これから出かけられる? ちょっと行ってみたい所があるんだけど……」



 そう言って、お互い私服に着替えた後に結衣里を連れ出した先は、地元の神社。

 舞月神社といって、電車で一駅ぶんほど歩いた先にあるそこそこ大きめの神社だ。

 国内外から観光客がバンバン訪れるような有名さはないものの、土地の氏神様としてはそれなりに知名度があり、オフシーズンでもまばらになら参拝客も見かける程度の大きさ。


 「お兄ちゃんがお出かけに誘ってくれるのって珍しいけど……なんで神社?」

 「ほら、結衣里いま大変なことになってるじゃん、現在進行形で。人の常識では理解できないことが起こってるのなら、いっそのこと人間以外のものを頼ってみたらどうかなってね」


 人間にしっぽが生えるなんて、明らかに普通じゃない。


 「天使だか悪魔だか分からないけど、常識的に考えたら普通の人間じゃあり得ないことだからね」

 「……うん」

 「……ああ! 結衣里が人間じゃないとか、そういう意味じゃなくて!!」


 司の言葉に少し俯きがちに目を逸らす結衣里に、司はしまったと内心で反省する。


 「あっ、べ、べつに気にしてるわけじゃないよ? お兄ちゃんがわたしのことを心配してくれてるって、ちょっと感動してただけで……」


 あわてて取り繕おうとする結衣里だが、その僅かなぎこちなさだけで、司には結衣里の気持ちが伝わってしまう。

 自分の身体のことで、一番心配になっているのは結衣里なのだ。


 司は、結衣里の肩をがしっと掴んで、目を見つめる。

 いきなり顔を近づけられた結衣里が、「お、お兄ちゃん……?!」と動揺するのもお構いなしだ。


 「改めて言っておくけど、俺にとっては結衣里のことが一番大事なんだ。結衣里は世界でたった一人の俺の妹で、たとえ天使だとか悪魔だとか、はたまた他のナントカやカントカでも関係ない。結衣里が側にいてくれるためなら、俺は何だってするよ。結衣里が安心するためなら、してほしいことがあるなら何だって言ってくれればいい」


 司の真剣な眼差しに、結衣里はのけぞり気味にたじろいだ。


 「……あ、あの、お兄ちゃん……分かったから、ちょっと離れて…………こんなに近づかれると、ドキドキして安心できないから……」

 「ああ、ごめん」


 気がつけば肩を掴む手にも相当力が入ってしまっていたようで、結衣里は肩を手で押さえながら向こうをむいてほうっと息を吐いていた。


 「そ、そんなに痛かった?」

 「うっ、ううんっ、そうじゃなくてっ…………あっ、あれ! 見て、お兄ちゃんっ! あっちの方に綺麗な巫女さんがいるよっ!」


 何故か焦った様子で話題を逸らすように向こうを指差す結衣里。

 あまりに大声で叫んだものだから、当の指を差された巫女装束の女性も結衣里の方を振り向いていた。


 たしかに、結衣里の言う通り綺麗な人だった。

 紅と白の特徴的な巫女さんらしい装いに、頭には精緻で煌びやかな飾りを載せている。

 これから神楽舞かぐらまいでも踊りそうな出立いでたちの、若い巫女さんだった。


 振り返ったまま、まじまじと司たちを見つめてくる巫女さん。

 が、やがて口を開いた。


 「…………え…………もしかして、水野くん……?」

 「え?」


 その声は、つい昼間に聞いたばかりのクラスメイトと同じ響きをしていた。

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