12. オカルトにはオカルトを


 「よう司! 朝から辛気臭い顔してんな?」


 週明けの月曜日、登校するや否や教室で顔を合わせたヒカルがやかましく声を掛けてくる。


 「おはようヒカル。忠治。そんな顔してるか? 自覚無いんだけど」

 「まあ、なんとなく? 結衣里ちゃんとケンカでもしたか?」

 「ケンカなんてここしばらくしてないけど……ってか、なんで結衣里のことなのは確定みたいに話すのか」

 「そりゃ、司の半分は結衣里ちゃんのことでできてるからなー」

 「ああ。司といえば妹ちゃんだろう。一年も一緒にいれば嫌でも分かる」


 忠治からも指摘されては、司としては黙るほかない。

 実際、悪魔の姿になってしまった結衣里がちゃんと登校できているか心配なのが原因なので、ある程度的を射ているのがまた反論しづらいところだ。


 「大丈夫? 水野くん。体調が良くないとか?」

 「ああ、羽畑さん。おはよう。別に体調は問題ないから心配はいらないよ」


 先週、クラス委員として司に文化祭の実行委員の仕事を振ってきた羽畑さんも、司の顔を見ると声を掛けてきた。


 「というか、羽畑さんにまで心配されるほど俺って調子悪そうに見える?」

 「そうじゃないんだけど……先週も私のせいで迷惑かけちゃったんだし」

 「それは別にいいんだよ、俺も実行委員の役割を果たしただけで…………待って。先週“も”、って?」


 羽畑さんの言葉に、何やら見過ごせない含みニュアンスを感じて聞き返す。


 「あっ、その、今日もちょっとやらなきゃいけないことがあって…………あの、別に! 手伝ってとは」

 「あー、いいよいいよ手伝う。そこまで助けてオーラ出されて放っておける性質たちじゃない」


 案の定、手伝って欲しそうな彼女の雰囲気を嗅ぎ取り、今日も昼休みを返上で作業を手伝うこととなった。



 「……思ったんだけど、放課後に残ってやるのもアリなんじゃない?」


 お昼休み、またしても図書室で羽畑さんと顔を突き合わせての作業に勤しむ。


 その中で気付いたのは、別に急いで仕上げなくても良い作業内容じゃないかということだ。

 宿題は先に終わらせるタイプというのは理解できても、ここまで切羽詰まって追い立てられるほどのものでもない。

 放課後に少し残って片付けたとしても問題はなく、その程度なら自分も居残りしてもいいと司は言った。


 たしかに結衣里のことは心配ではあるが、どのみちお互い学校にいるならどうしようもないし、あの姿のことを話してくれた今では、もし何かあった時も司への連絡は躊躇ためらわないだろう。


 「……実は、家の用事があって。放課後はできるだけ早く帰りたいんだよね」

 「もしかして、金曜日もそれで?」

 「うん……ごめんね、私の事情で急がせちゃって」

 「だったら分担せずに、俺に全部押し付けてくれてもよかったのに」

 「ううん、それは悪いよ! ただでさえ私のせいで負担をかけてるのに、私だけがほうり出すなんて。これは元々、私が任されたことなんだし……」


 先週も思ったが、羽畑さんはとてつもなく良い子だ。

 責任感が強く、何でも自分で抱え込む。

 しかもそれがある種の自己肯定の手立てというか、自尊心になっている節もある。


 なんというか、存外に生きづらい性格をしている気がする。


 「まあいいか。何にせよ二人でやれば────はい、終わり。放課後までに片付いたから、結果オーライだよね」

 「うん……ありがとう水野くん」


 今日の分の仕事も晴れて終了。

 これでしばらく新しい作業は無さそうだとのお達しで、司は安堵した。

 急に時間を取られる心配がなくなることもそうだが、羽畑さんが下手に抱え込んだりしなくて済むようになることにも。


 「ちなみに、家の用事って?」

 「あ、その……」

 「ああ、別に言いたくないなら無理にとは。単なる興味だから」

 「…………まあ、水野くんにならいいかな。この前の大雨と嵐で、ウチのおやしろが壊れちゃって……私の家、神社なの」


 羽畑さんの口から、意外な情報のカミングアウト。


 「神社って……へぇ、初耳。ってことはアレだ、巫女さんの格好したり?」

 「言われると思った。……あの、みんなには言わないでね?」

 「あー…………ごめん、そういうことね。大丈夫、誰かに言ったりしないから」


 苦笑いを見せる羽畑さんに、司は遅ればせながらその理由を理解する。


 羽畑さんほどの美少女が巫女さんをしている神社。

 それを知ったクラスメイトが、彼女を目当てに冷やかしに行く可能性は十分にある。

 誰だって家での様子を、特別親しくもない相手に見られたいとは思わない。


 「にしても、お社が壊れたってそれ、結構な大事おおごとだよね。大丈夫なのか?」

 「うん。一般の参詣を受け付ける拝殿じゃなくて、奥の方にある本殿の一部だから、参拝客とかに影響はないんだけど……一応ほら、神社も宗教施設だから、神様をおまつりしている本殿が壊れてるってなったら直るまでは毎日特別な儀式をしないといけなくて」

 「一応もなにも、この国では一番身近な宗教施設でしょ、神社って。でもそうか、毎日って……大変だね」

 「お祈りとかお祓いは普段から毎日やってるから、そこまで大変ってわけでもないんだけどね。お父さんとかは、それが仕事だし。ただ本殿に何かあったときの鎮めの儀は、宮司の家系の成人前の子がやらないといけないって決まりが伝わってるらしくて……」

 「はあぁ……神社の子って大変なんだな」


 司もそういったことには詳しくないが妹が教会系の学校に通っているので、宗教にはそれぞれ独自の決まりというか伝統があるということは理解している。

 何も知らない人間からしたら「何でそんなことを」と思うこともあるが、大抵はそういったものの背景には故事などに由来する象徴的な意味合いがあるものなので、疎かにはできないのだろう。


 「そこまで大変な神事じゃないんだけどね。基本は正装してお祈りするだけだし。ただあんまり遅くなると夜になって危ないからって、お父さんが心配して」

 「そこは、普通の感覚なんだね」


 ちょっと鬱陶しそうに話す羽畑さんに、ついふふっと笑ってしまう。

 宮司さんも人の子、自分の娘の心配をするのは当たり前なのだろうが、それで娘にウザがられるのはどこの家庭も同じなのだと可笑しくなったのだ。


 それにしても、毎日神事を手伝わないといけないというのは大変だ。

 現代の倫理観にそぐわないようなあまりに理不尽な規則を強いるのはどうかと思うけれども、毎日とはいえお祈りをするだけなら横暴とは言えない微妙なライン。

 人々の心の支えでもあり、神様をお祀りする神社としては仕方のないことなのだろう。


 あるいは、神様なんて本当にいるのかと疑うこともできるのかもしれないが、こと司に限っては今やそういう人ならざる存在を疑うことはできなかった。


 「……羽畑さんって、やっぱり神様っていると思う?」

 「どうしたの急に? ううん、そうだなぁ。科学的に言ったら、神様なんていなくても世界は回ってるのかもしれないけど……神様はいると思うよ、私は。宮司の子だからってだけじゃなくてね。世の中には人間ではどうにもならないことが溢れているし、きっとそういうモノから私たちを守ってくれている優しい神様もいると思う。今回みたいに、バチを当ててくる神様もいるとは思うけど」


 神社の娘さんだけに、羽畑さんの言葉には不思議とそうだと思わせる深みがあった。


 司も現在進行形で、人智を超えた不可思議な事態に直面している最中だ。

 悪魔のような姿になった妹がいるのだ、他に天使や神様だっていてもおかしくはない。


 「……って、そうか。その手があったか」


 とそこで、急に何かをひらめいた司がポンと手を叩く。


 「え、な、なに?」

 「ああいや、ごめん。なんでもないよ」


 急にテンションを上げた司に羽畑さんが怪訝な顔をしたので、司はあわてて誤魔化した。


 結衣里があの姿になって以来、どうしたものかと司は考えあぐねていたのだ。

 実害があるわけではないものの、明らかに異常な状態の妹を放置しておくわけにもいかず、かといって誰に相談したらいいのか分からなかった。


 ことは人の常識を超えた超自然的な事態。

 ならば頼るべきなのは、同じく人智を超えた存在なのかもしれない。

 神秘オカルトにはオカルトを。

 近場の神社に行ってみるのはどうだろうか。

 相談はできないにしても、何かしらの手がかりは掴めるかもしれない。


 「水野くん? 何か心配事とかがあるのなら、相談に乗るけど……私もこんなに助けられちゃってるから、お返しというか」

 「ああいや、大丈夫だよ。ありがとう。…………んー、やっぱりもしかしたら相談するかも。そのときはよろしく」


 いきなり「神様っていると思う?」なんて聞いて黙り込んだからか、羽畑さんに心配されてしまった。


 だが、彼女が神社の娘さんだというのは僥倖ぎょうこうだった。

 結衣里のことを相談するわけにはいかないが、そう言われたことは嬉しいし、本当にどうしようもなくなった時には相談できる相手ができたかもしれない。


 結衣里を襲った謎現象の解明に、一条の光が射したことに司は大きく胸を躍らせていた。

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