14. 奉納の儀


 「えっと……水野くん?」

 「羽畑さん。いやその、違うんだ」


 巫女装束姿のクラスメイトを目の前にして、司は慌て気味に釈明をしていた。


 司が彼女、クラスメイトである羽畑さんが神社の娘で、巫女さんをしていると知ったのがつい昼間のこと。

 クラスに知れ渡ったら面倒なことになるからと、他言しないようにその場でお願いされたのだ。

 無論司とて迷惑をかけるつもりはなく、そんな司だから羽畑さんも信頼して打ち明けてくれたのだろうが、その司が舌の根も乾かぬうちに他人を連れて、自分のいる神社にその日のうちにやって来たのだ。

 彼女からしてみれば、信頼関係をぶち壊されたと感じたとしてもおかしくない。


 「羽畑さんの家がここだなんて思ってもなくてさ……」

 「うん、それはいいんだけど……その子は?」


 幸い、司の懸念とは違って彼女の顔には非難の色は見られない。


 「お兄ちゃん……えっと、その」

 「ああ、この子が結衣里。言ってた妹だよ」

 「ふふ、やっぱり。はじめまして結衣里ちゃん。羽畑はばた四乃葉よつのはです。お兄さんとはクラスメイトとしてお世話になってます」


 深々とお辞儀をして、自己紹介をする羽畑さん。

 衣装もあってか、彼女の優雅で品のある物腰に、人見知りがちの結衣里は完全に委縮してしまっている。


 「そ、その……水野結衣里です。お兄ちゃんがお世話になってます……」

 「うふふ、よろしくね。実際に見ると、ホントに可愛いなぁ。お兄ちゃんが妹一筋ひとすじになるのも分かるっていうか」

 「なんかまた馬鹿にされてる気がする……俺そこまで結衣里の話しかしてないってわけじゃないだろ?」

 「う~ん、でも何回か話したうちの半分くらいは結衣里ちゃんの話だったような。きっと頭の中は結衣里ちゃんのことでいっぱいなんじゃないかな」

 「ぐっ……」

 「あはは……」


 ぐうの音も出ない司に、結衣里も苦笑しつつまんざらでもなさそうな顔をしているあたり、似た者兄妹だ。


 「まあ、とにかく……昼休みに話してて、たまには神社に行ってみるのも悪くないって思って、来てみたんだ。まさか羽畑さんの実家の神社だったとは思わなかったけど」


 神社というのは、大小を問わなければあちこちにたくさんある。

 地域に根差した信仰の拠点であり、地域のお祭りなどの中心地にもなってきた場所なので、大体の土地にはひとつやふたつ神社があるもの。

 たまたま立ち寄った神社がクラスメイトの実家だったなんて、偶然にしては出来すぎだろう。

 狙って訪れたのだと思われても仕方がない。


 「ふふっ、大丈夫だよ。水野くんがわざわざ私を探しに来るとは思ってないし。……この格好を見られたのは恥ずかしいけど」


 そう言って羽畑さんは頭飾りを直しながらはにかんだ。


 クラスでも一、二を争う美少女の巫女服姿。

 司でも思わずグッとくるほどに綺麗だった。


 「その……似合ってるよ。さすがは神社の娘さんというか……な、結衣里?」

 「あ、うん……似合ってます」


 照れを隠しながら褒める司に、結衣里が緊張のためか少し硬めの声音で同意した。


 「ありがと。私はこれから奉納だけど、よかったらゆっくりお参りしていって。うちは水の神様で、縁結びとか願掛けとか、あと厄除やくよけなんかにご利益があるから」


 そう言って奥の社殿の方へと去っていく羽畑さん。

 セールストークじみた案内をしていくあたり、年季の入った巫女さんっぷりだ。

 長年ここの娘としてやってきた、堂々たる立ち去り方だった。


 「……綺麗な人だったね」

 「そうだね」


 結衣里も、羽畑さんの後ろ姿を見送りながらそう呟いていた。


 「さ、どうせならお参りしていこうか」


 結衣里と連れ立って、境内を歩いて回る。

 お手水をして、拝殿に回りお賽銭を入れて柏木を打ち、手を合わせる。


 困った時の神頼みとはよく言ったもので、結衣里の身にこれ以上何も起こらないことを切実に祈った。

 普段は神社へのお参りなんて初詣の時くらいしかしないのでどれほどご利益があるかは分からないが、もし必要だとホンモノの神様が言うのならば、百度参りでも何でもする覚悟である。


 「ちなみに、何か身体に変わったことはある?」

 「ううん……特に何も。神社の神様でも悪魔は管轄外なんじゃないかなぁ」

 「そういうもんかね。厄除けっていうんだから、何か影響があってもよさそうだと思ったんだけど」


 結衣里がスカートの下からちろちろとしっぽを覗かせる。

 霊験のありそうな場所ということで大きめの神社に来てみたのだが、お参りをしたくらいでは今のところ変化は見られないらしい。


 「……むしろお祓いなんてされたら、わたしごと祓われたりしないよね?」

 「それは困るな。たとえ神様でも結衣里を連れてくのは断固として拒否するぞ」


 なんとなく悪魔をやっつけるのは教会の悪魔祓いエクソシストみたいな人の役目だと思ったのだが、神社にもそういう人や方法があってもおかしくない。

 藁にも縋る思いで来てみたものの、逆に結衣里に危害を加えられてしまう可能性は考えていなかったので、今更ながらに緊張する。


 場合によっては宗教関係者ということで羽畑さんに相談することも考えていたのだが、本当に相談しても良いものか不安になってきた。

 というか、結衣里は教会系の学校に通い、なんなら学校の敷地内に教会があってお祈りの時間もあったりするらしい。

 そう思うと、俄然心配になってきた。


 「あれ……お兄ちゃん、あっちのお社の方にさっきの人……」

 「ん? ああ、あっちが本殿なのか────」


 結衣里が指差した方にあるのは、「立ち入り禁止」の掲示とともに入り口を封鎖された、この神社の本殿。

 そのお社の前に、まばゆい黄金色の鈴を手にした羽畑さんが、まっすぐ社殿の方を向いて佇んでいるのが見える。


 そして。



 「────」



 しゃらん。


 目の覚めるような透き通った音とともに、少女の腕が宙を舞う。

 しゃん、しゃん、と幾度か鈴を鳴らした後、一度その鈴を三方に置くと今度は真っ白な紙でつくられたぬさを手に取り、社殿を払うようにさっ、さっ、と大きく振り祓う。

 そこで大きくお辞儀をすると、もう一度鈴を手に清廉な音を響かせた。


 「……すごいね」

 「……うん……」


 目が、離せなかった。


 先ほど“奉納”と言っていた通り、動きとしてはあくまでただの祈祷にすぎないシンプルで単調な神事。

 だが、彼女の浮世を離れたかのような静謐で神秘的な立ち振る舞いに、司は思わず息を吞んだ。


 「綺麗だ」


 司は結衣里の手が、小さく袖を掴んでくるのを感じた。


 やがて、巫女は何かを掴もうとするように手を伸ばし、諦めたように胸元に寄せる。

 そしてその場に座り込むと、天を仰ぐように空を見上げ、掲げた鈴を打ち鳴らした。


 まるで、舞いのような奉納の儀式が終わり、少女は立ち上がると再び社殿の方へ深々と頭を下げる。



 「────ふぅ……」



 と、ため息とともに、一転していつもの親しみやすい雰囲気を纏い直した羽畑さんが、袴の裾を気にしながらこちらを振り返った。


 「────あ」

 「あ」


 当然、司たちと目が合った。


 「……見てたんだ」

 「あ、えっと……ごめん」

 「別にいいんだけど……ちょっと恥ずかしいな」


 はにかみながら少し頬を染める彼女は、先ほどまでとのギャップもあってか、いつもより増して可憐さに磨きがかかっているように感じられた。


 「…………あれ? 結衣里ちゃん……泣いてる?」

 「え?」


 近づいてきた羽畑さんが、結衣里の顔を見て怪訝そうな顔をする。


 「あ、あれ……? なんで…………」


 結衣里が司の袖を掴んでいた手で自分の頬に伝う涙を拭う。

 一体何が悲しかったのだろうか?

 それとも、羽畑さんの神事にそれほど感動したのか。


 だが、そんな司の疑問は一瞬にして掻き消えてしまう。

 直後に羽畑さんが上げた、驚きの声によって。


 「────まって。結衣里ちゃん、その頭…………!?」

 「頭……って!」


 彼女が見上げる結衣里の頭には、消えていたはずの小さな角。

 そしていつの間にか背中に現れていた漆黒の羽としっぽが、まるでさざめくようにゆらゆらと動いていた。

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